80 決戦
決戦に先立ち、見届人の前でバカール伯爵と最後の挨拶を行う。これもルールで決められているのだ。
見届人は海兵隊長だが、今回は観戦希望ということで、ヤマット海軍大将とノーギー陸軍大将も立ち会う。ノーギー大将が言う。
「勇者殿がどう戦うのか?陸軍としても興味があってな。死に戻りと自爆攻撃以外は大したことはできんというのが、部下どもの見解だったからな。流石にこのような場で、それはそぐわないから、どうするか興味があってな」
ヤマット大将が答える。
「海軍でも同じ意見じゃ。それに竜騎士の実力も見てみたい。ただ、竜騎士もやり過ぎてはいけないルールでは、活躍できんかもしれんのう。どう思う?海兵隊長殿」
「海兵隊としても同じ意見です。我は勇者や竜騎士がやり過ぎるようならば、介入しなければならんと思っております。そのために精鋭を連れてきておりますからな」
まあ、そう思うのも無理はない。
見届人とただの観戦に来た二人は立場的には違うが、あまりにも戦闘結果とかけ離れた裁定を下せば、流石に待ったを掛けてくれる。そのためには圧倒的な勝利が必要なんだがな。
バカール伯爵を見ると目の前の光景に絶句していた。辺り一面が水田になっているからな。アトラクターで耕し、水は近くの川から引き込んだ。足らずは水砲とデイドラの水流ブレスで補った。ゆくゆくは、用水を整備すればいいんだが、戦闘で壊れてもいけないので、戦後のことになるだろう。
「これは一体どういうことだ?草原だったはずでは・・・」
領主のドーガンが答える。
「米の栽培に着手してな。開発したのだ。ルールとしては問題ないはずだし、領地をどうしようと勝手だからな。これは食糧事情の改善策でもあるのだ。そうだ、水田の賠償金も新たに請求してやろうか?」
「うるさい!!お前らが勝ったのなら呑んでやろう。それにこちらの騎馬隊の動きを封じたと思っているようだが、数はこちらが圧倒的だ。降参するのなら今のうちだ」
「それはこっちの台詞だ。御託はいいから、早く始めよう」
これで自陣に戻って、戦闘開始となる。バカール伯爵としては、騎馬隊で蹂躙してやろうと思っていたのだろうが、思惑が外れたようだ。それが顔や態度に出るということは大した奴ではない。それに次に打つ策も予想はできるしな。
自陣に戻る途中にヤマット大将から声を掛けられた。
「期待しておるぞ。軍師殿」
俺は船長で、軍師じゃないんだけど・・・
まあ、今は船に乗っていないけど。
★★★
戦闘が始まった。
こちらはドート鳥に騎乗する騎鳥隊が30、歩兵が300、弓兵と砲兵が150と500人に満たない戦力だ。一方、バカール伯爵はと言うと5000を用意してきた。内騎馬隊は500騎のようだが、水田地帯では使えない。歩兵として運用するか、騎兵として待機させるかだろう。バカール伯爵の軍勢は、数は多いが、実際戦力となるのはこの500の騎兵だけだ。これも自分の派閥の領からかき集めたようだが。
残りは徴募兵で、普段は農民や職人をしている者たちだ。大した軍事行動は取れない。この中に徴募兵を指揮する指揮官はいるだろうが、難しい戦術が取れないことを考えると使ってくる戦術は、予想できる。それにこちらは領内だ。食料も豊富にある。何だったら1ヶ月でも2ケ月でも戦える。相手は寄せ集めの上、補給も脆弱だから、今日のうちに決着をつけたいのだろう。だから、無理やり数を揃えたのだ。
開始してすぐ、バカール伯爵の軍は1000人規模の部隊を4つ作り、徴募兵に長槍を持たせて、進軍を開始した。もちろん、徴募兵達は膝位まで水と泥に埋まっている。それでも気にせずに進んでくる。こちらから見れば大きなハリネズミがゆっくり進んでいるように見える。
「流石は人命軽視の帝国ですね。彼らが死ねば、領の生産力が落ちるとかは考えないんでしょうか?」
「そうなのだろう。また増やせばいいくらいに思っているのだろうな。そうでなければ、あんな指示は出せん」
徴募兵たちには同情する。しかし、今回は殺すわけじゃない。ちょっと、痛い思いはしてもらうがな。
「アトラ、デイジー、出番だ!!デイドラも頼むぞ」
「任された!!」
「キュー!!」
「待ちくたびれたよ」
水田を進んでいたバカール伯爵の兵たちが陣と陣の中間付近まで来たところで、デイドラに乗ったデイジーとアトラが飛び立つ。自陣から歓声が上がる。
そして、上空からアトラが「七色の勇者砲」の一つ、電撃砲を水田に向かって撃ちまくる。細かく狙う必要はない。水田に撃てば、水を伝って電撃は伝わる。この電撃砲は威力が弱く、痺れさせるくらいしかできない。実際、魚を獲るくらいにしか使えなかったので、アトラの評価も低かったのだ。しかし、今回のルールでは抜群に力を発揮する。殺す恐れもなく、相手を無力化できるからだ。それに徴募兵だから痛みにも弱い。拡声の魔道具で降伏を促すと多くの者が武器を捨てて投降している。
ここまで来れば、水田に水を張った意味が敵にも分かるはずだ。
後は待機させていた騎兵をどう運用するかだが・・・
「何と愚かなことを・・・兵が可哀そうだ。殺す気はないが、戦場なら無駄死にだ」
「ええ、もっとやりようはあったはずなのに」
バカール伯爵が取った選択は、一か八かの騎兵突撃だった。これも電撃砲の餌食にはなるのだが、問題は、身動きの取れない徴募兵の集団だ。下手をすると踏みつぶされてしまう。早めに対処しないとな。
「アトラ!!散弾砲に切り替えろ!!騎兵を近付けさせるな!!
マルカ!!ライトボールで目くらましを頼む!!」
「分かっているよ!!喰らえ!!散弾砲」
散弾砲も使えない武器の一つだ。通常砲は小型の魔道砲に劣る位の威力なので、使い方によれば魔物退治や戦闘にも使える。というか、これ以外はほとんど使えないのだ。散弾砲は通常砲の威力を3分の1にして、10倍の数のエネルギー弾を発射する。だから威力は投石くらいなのだ。だが、この局面では絶大な威力を発揮する。
突然の散弾砲の攻撃とマルカのライトボールで、どんどんと騎兵隊は落馬していく。泥まみれになるくらいで死にはしないだろう。ここにリュドミラを中心に鏃に電撃魔法を付与した矢を水田に打ち込んでいく。更に痺れさせて動けなくするためだ。
そんな攻防が続き、バカール伯爵の本陣には、ほとんど兵はいなくなっていた。
「ドーガン様、そろそろ参りましょうか?露払いは任せてください」
「うむ、皆の者!!我に続け!!」
俺はニコラスと一緒にポチに乗り、畦道を疾走する。後ろにはドート鳥に跨った領主のドーガンを筆頭に騎鳥隊が突き進んでいる。馬では無理だが、ポチやドート鳥なら狭い畦道でも余裕で高速移動ができる。
ポチは、フェンリルだけあって魔法障壁も張ることができる。本陣から矢が飛んで来たが、すべてはじき返し、俺たちは敵本陣にたどり着いたのだった。
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