79 戦闘準備
バカール伯爵がやって来た。また、不当な要求をしてくる。
「今すぐに拘束した商人を釈放しろ。そして我が領に多大な損害を与えた賠償をしろ。さもないと武力で決めるところとなるだろう」
領主のドーガンも答える。
「もうそうしてくれ。何なら今からここで一騎討ちでもいいが、どうだ?」
「圧倒的に戦力は我らの方が上だ。それを一騎討ちをするなど考えられん」
「一騎討ちを断った臆病者と理解した。それでは決戦場所を指定したい。カースラ草原でどうだ?我は民に被害を出したくないからな」
「まあいい、それぐらいは呑んでやろう。それでは、戦後の条件を・・・」
決戦場所の指定ができた。これで勝ったも同然だ。相手もそう思っているようだが。
それで、これから戦後の大まかな取り決めが始まる。
こちらの要求は、賠償金、旧ドルドナ王国の領土の割譲だが、相手は、賠償金、商人の釈放、更なる領地の割譲だった。
強欲すぎると思うが、これはこちらが承認した。だって、どうせ勝つからな。
今回のような貴族間の紛争は、国家間の戦争とは違う。被害を最小限にするために予め、決戦をする場所を決め、勝負がついたかどうかを判定する見届人を立てる。この見届人が戦後、調停者となるのだが、バカール伯爵はなんと海兵隊長を用意してきた。
海兵隊長は、主戦派を代表する軍部のトップだ。なので、このままでは、調停もバカール伯爵有利に進むだろう。たとえ勝ったとしても、相手の兵を殺し過ぎたりすれば、「領主としての資格なし」とされて、バカール伯爵の条件を呑まされてしまう。
そうならないように手は打ってある。ゴーストを通じて、対策はしているからな。
後は決戦場所が決まったので、そこの準備だ。決戦場所はドルドナ自治領だから、地の利はこちらにある。それにハープとデイドラがいるから、相手がどんな戦力で攻めて来るのか丸分かりだからな。
★★★
決戦場所のカースラ草原はだだっ広い場所だ。普通に考えれば圧倒的に兵数が多いほうが有利だ。それにこの草原であれば、馬のほうがドート鳥よりも上だ。スピードとパワーで圧倒する。軍略に明るくなくても、騎馬隊を編成し、多くの歩兵を用意して力押しが基本だと分かるだろう。
そのような場所なので、こちらが決戦場所に指定しても断らなかったのだ。
ここまで話したのは、何も手を加えなければという条件つきだ。ゴーストから渡された貴族間の紛争の手引書には、決戦場所に簡易の砦を築いたり、防護柵を立ててもいいことになっている。罠を仕掛けてもいいが、あまりに非人道的な罠だと、それは好ましくないそうだ。戦闘に勝つことも大事だが、「領主に相応しい」ということが重要なのだ。
この「領主に相応しい」というのは、絶妙の言い回しだ。
単純な戦闘の結果だけではないということは、見届人の匙加減でどうにでもなるということだ。見届人になれるのは軍の要職に就く者か、侯爵以上の上級貴族なのだが、当然賄賂というものが存在する。戦闘に勝つよりも如何に見届人に気に入られるかが重要となるのだ。
なので、ここ最近は貴族間の紛争自体が行われていない。そこに至る前に上級貴族が仲裁に入るのだ。もちろん多額の賄賂を貰ってだが。
そんなことは十分承知しているバカール伯爵は、見届人を同じ主戦派の海兵隊長に頼んだのだろう。
どちらに転んでも負けがないと思うのも当然だろうな。
実際はそうはならないのだが。
★★★
俺たちがまずやったことは、カースラ草原に防護柵の設置し、併せて簡易の砦を作った。これだけで防ぎきれるとは思っていないが、これからやる作戦のカモフラージュになる。敵も俺たちが何かやろうとしているのは、諜報員を使って知っているだろうからな。
本命はアトラのほうだ。
「進め!!アトラクター!!」
ポーラが開発した農機具アトラクターで、せっせと耕している。そして、100メートル四方ごとに囲いを作り、水を溜められるようにしている。アトラには本当のことは言わず、東の大陸で主食として食べられている米を栽培するのに必要だと言っているのだ。
虎王国を訪れたとき、アトラは、かなり米を気に入っていた。それに米からは酒が作れる。独特の甘い酒は、ベイラも気に入り、アトラと共に水田づくりに励んでいる。
他の水夫や領民たちも総出で手伝っている。
領主のドーガンが言う。
「戦の準備をしているようには見えんな。なんとものどかな雰囲気だ」
「こういうのが日常的になればいいですよね。西大陸では米を栽培しているところは、ほとんどありませんので、特産品となるかもしれませんよ」
「まあ、勝負に勝てばだがな・・・何度も言うようだが、戦闘だけなら勝てるだろう。相手を皆殺しにして、こちらも大損害を負う覚悟があればだが・・・」
「敵は油断しています。戦闘で勝てなくても、その後の調停で何とかなるとね。でも、俺たちは、更に大きな視点で戦っているんですよ。本来なら率先して戦闘に参加するルーチェ殿がこの場にいないこともそうですがね。この貴族間の紛争も手段の一つと考えているんですよ」
そもそもの話だが、意味不明のルールが多すぎる。なので理解に苦しむ。戦争なら徹底的にやればいいし、戦争をしないなら話し合いで何とかすべきだろうに。クリスタ連邦国にはそのような風習がないから余計そう思うんだけどな。
だから俺は、この紛争を交渉の一部として考えた。そう考えていないバカール伯爵たちは、びっくりするだろうけどな。まあ、戦闘でも負ける気はないんだが。
「まあいい、我らの運命を未来の婿殿に託すこととしよう」
「もう、冗談はやめてくださいよ」
「我は本気だぞ」
そんな和やかな雰囲気の中、決戦当日を迎えることになるのであった。
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