6 クラーケン
クラーケンの目撃情報が多い海域までやって来た。ここからは一瞬も気が抜けない。あの大きな触手で掴まれたら一溜りもない。冒険者ギルドの紹介で潜水士のマーマンとリザードマンを2名ずつ臨時で雇い、24時間体制で水中も監視させている。
10日程この海域を探索しているが、遭遇していない。見付かるのは船の残骸だけだ。サドラと臨時に雇った潜水士達が小遣い稼ぎで積荷を回収しているので、それなりに儲けにはなっているのだが、集中力が限界だ。乗員たちの疲労も限界に近い。
俺だってそうだ。トイレと食事以外は、操舵室に張り付いていて、仮眠も碌にできない。寝てました、襲われて沈みましたでは、笑い話にもならないからな。
そんな中、一時寄港を考えていた日の早朝、けたたましく魔道具が鳴り響く。
船内は緊張感に包まれる。待機していたザドラが確認で水中に潜る。すぐに浮上して来て、報告する。
「居やがった!!5時の方向に1キロの地点だ!!完全に姿は確認できなかったけど、墨で偽装しているから間違いない。大きさも報告にあった通りだ」
すぐに拡声の魔道具で指示を出した。
「総員戦闘態勢!!潜水士は速やかに乗船しろ!!」
★★★
戦闘開始だ。
「リュドミラ、お前はこの作戦の肝だから、何もしなくていい。集中力を高めてくれ」
「了解」
「船内指示はベイラに託す。操船に全神経を集中させる俺は、細かい指示は出せないからな」
「了解ッス!!」
「ザドラ、今回お前が一番危険な任務だ。無理はするな」
「無理をさせて、無理するな、か・・・本当に無茶だな」
「ハープ、サポートを頼むぞ」
「分かってるよ~」
クリスタリブレ号の動力をスクリューに切り替え、クラーケンに近付く。すぐに巨大な触手が飛んできた。これを間一髪で躱す。
「こりゃあヤバいな・・・軍艦でも大型軍艦じゃないと一撃でお陀仏だ」
更に水中からの触手攻撃が来た。これも躱す。水中の状況もスキルである程度は分かる。まあ、魔力の消費が半端ないけどな。魔力回復ポーションをがぶ飲みすれば、2~3時間は何とかなる。
「ゴブリン隊、コボルト隊砲撃開始ッス!!」
こちらも魔道砲や発射式の銛などで応戦するが、なかなか当たらない。このまま、我慢比べだ。こっちも無傷というわけではない。メインマストが破れ、お守りで取り付けていた女神の船首像が吹き飛んでいる。マストはまた張り直せばいいし、女神像は俺達の身代わりになってくれたと思おう。
しばらくして、クラーケンの触手攻撃が弱まった。時を同じくして、水中活動をしていたザドラ達潜水士が乗船して来た。
水中で発射式の銛を持ち、次々とクラーケンに銛打ち込んで帰って来たのだ。銛にはそれぞれ鎖が取り付けられていて、これで引っ張り上げるのだ。
「苦労したけど、何とかなったよ。後は引っ張り上げるだけだけど」
「了解ッス、必要人員を残して全力で引っ張るッス!!インプ隊は触手の届かない空中から作戦通り引っ張るッス!!」
何とか海面まで、クラーケンの胴体が出て来た。余談だが、タコは上から胴体、頭、足の構造になっている。一般的に皆が頭と思っているところは、実は胴体なのだ。
「行くよ~アップドラフト!!」
上昇気流が巻き起こり、中心部にある頭も海面に出て来た。頭にある目は異様に輝いていた。何か目が合った気がする。
そんなとき、巨大な銛がクラーケンの目と目の間に突き刺さった。タコで言う急所、クラーケンの魔石あるとされている場所だ。一般的に魔物は魔石が破壊されたら、動かなくなる。冒険者なんかは魔石も買い取り品なので、傷付けないようにするのが常識のようだが、今回ばかりは、そうは言ってられない。
しばらくして、クラーケンは動きを止めた。予想通り、魔石はそこにあったみたいだ。
船内はお祭り騒ぎになる。
「やっぱ凄いぜ!!リュドミラの姉御!!」
「いや、水中で奮闘したザドラ姐さんや潜水士達を褒めてやれよ」
「みんな頑張ったッスよ。損害も軽微だし」
メインマストも予備を取り付ければすぐに何とかなるし、船首像は・・・特に運航に必要なものでもない。それに重傷者も出なかった。魔力切れを起こしたインプが3人落下して、骨折したくらいだ。これ位ならリュドミラの回復魔法とポーションですぐに治る。
クラーケンは大きすぎて、当然保管庫や冷凍室には入らないので甲板に放置の状態だ。突き刺さった銛を抜いたりして、最低限の処置を済ませる。仕方がないので、塩漬けにすることにした。
「触手は全部で8本か・・・タコの足は旨いから、これも旨いかもな。だったら1本くらいみんなで食べるか?」
「「「やったー!!」」」
航行に必要な最低限の人員を残し、触手をみんなで美味しくいただいた。当然食べ切れる量ではなかったので、残りは冷凍室に適当に切って保管した。
★★★
ロゴスまで戻って来た。既に情報は伝わっているようで、クラーケンは冒険者ギルドに預けた。ポコ総督もしばらくしてギルドにやって来た。
「流石はクリスタ連邦国の特任大佐殿であらせられる。報酬は弾ませてもらいます。是非とも実物を見て見たいものです」
ギルマスとともにポコ総督、ひょっこり現れたミケと共にクラーケンが保管されている倉庫に向かった。なぜか、ギルマスが青ざめていた。
その理由はすぐに分かった。クラーケンの触手が4本になっていたのだ。俺達が1本食べたから、このギルドの誰かが3本切り落としたに間違いない。
状況を知らないポコ総督はご満悦だ。しかし、少し沈んだ声に変わり言った。
「実は3日前に勇者殿が到着されているのです。打ち合わせをしたいので、こちらの手続きが終わり次第、総督府に顔を出してもらえませんか?」
「分かりました」
ポコ総督が帰った後、ギルマスに部屋に呼ばれた。
「こちらが報酬になります。この中には追加報酬も含まれています。原形をある程度は留めてますからね。それでお伺いするのですが、戦闘で触手を何本か切り落とされたということで間違いないでしょうか?」
何を言っているんだ!!
ギルマスは更に金貨の入った小袋をテーブルに置く。
「そういうことですよね。ええ、そういうことにしませんか?」
やっぱりコイツが犯人だった。俺が怒りに震えているとミケが会話に入って来た。
「ところで、他国の貴族達を集めてパーティーをされると聞いたのですが、本当ですかニャ?」
青ざめたギルマスは、更に金貨の入った小袋をテーブルに置く。
「食べたこともない料理が出てくると聞きましたニャ」
ギルマスは、金庫から金塊を持って来て、泣きながら言う。
「どうかこれでお許しを!!お願いいたします」
こちらを見てミケが頷く。
これが落としどころだろう。
「1本は食べたが、後は分からん。そっちの依頼通りに持ち帰ったんだから、後はそちらで好きにしてくれ」
まあ、臨時収入で儲かったし、触手は船にいっぱいあるからこれ以上はいらないからな。
この後、ギルマスは拘束されたようだ。
ミケに聞いたら、すべてポコ総督の指示らしい。度重なる不正の疑惑があったギルマスを処分するのに騙されたフリをしたようだった。ミケも陰でしっかり仕事をしていたようだ。
因みにこのギルマスと結託していたグレイティムール大帝国の貴族は既に出国してしまっているそうだ。
「トカゲのしっぽ斬りならぬ、クラーケンの触手斬りニャ!!」
上手い事?を言って誤魔化そうとしているが、1本はミケが切り取ったことは知ってるからな。
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