44 勇者と宣教師
「とっておきの傑作な話があるんだ。聞かせてやるよ」
そう言うのはザドラの兄でクリスタ連邦国海軍少将のリザドだ。女王陛下の勅命でコボルト、インプ、ゴブリンの捜査官をここまで連れて来たのだ。それに合わせて捜査官の入れ替えを行うため、小さな酒場を借り切って歓迎会と送別会を一緒に行っている。新しい仲間を歓迎している一方、別れを惜しんで涙を流している者もいる。沿岸警備隊のレーガン大尉以下の部隊員も参加しいるため、大盛り上がりだ。
「兄貴!!勿体ぶらずに早く話しなよ」
「相変わらず、俺には厳しいな。まあいい、それでな女王陛下はあれから、ゾロタス聖神国や聖神教会に今まで見たことない位にブチギレしていてな。そしてこう指示したんだ。
『イカれた宣教師をこの国から一人残らず叩き出せ!!そして目障りな教会施設はすべて取り壊して更地にせよ!!』
ただ、女王陛下も少し短気だったと反省して、『一応宣教師の言い分も聞いてやる。連れて参れ』と指示をしたらしい。数日後、指示を受けた大臣が女王陛下に報告に来た。
『女王陛下、実はもうこの国には一人も宣教師はいないのです。数年前に最後の宣教師が病死したことで、誰もいなくなったのです』
『分かった、居ないのなら仕方がない。では即刻教会施設を取り壊せ!!』
『それがその・・・それもできないというか、しない方が・・・』
『お主は妾の指示が聞けんのか?やれと言ったらやれ!!』
『では申し上げます。教会施設はすべて他の施設として利用されています。図書館だったり、治療院だったり、警備隊の詰所だったりと・・・陛下のお気に入りの酒場も教会施設を改装して営業しているのですが・・・』
『そ、そうか・・・迷惑をかけたな・・・今日はこれで公務は終了じゃ。もう飲んでやる』
てな話だ。傑作だろ?」
久し振りに大笑いした。流石に女王陛下でも、いない相手に嫌がらせはできないからな。
「クリスタ連邦国自体が宗教にあまり興味がないからな。海の神や山の神なんかは信仰というか、そういうもんだって感じかな?」
「ネルソンは無信心だな。俺は神様を信じているぜ」
「どんな神だよ?」
「酒の神だ」
「聞いた俺が馬鹿だった。それならベイラはその宗教の聖女様で、女王陛下は教皇様だな。ついでにクリスタ連邦国は宗教国家、クリスタ酒聖国だろうさ」
宴会はまだまだ続き、夜も更ける。楽しい夜は続き、俺ははしゃいでいた。これがフラグになるとも知らずに・・・・
★★★
次の日ギルドを訪ねるとゴーストから手紙が届いていた。
「麻薬工場壊滅後の現状を少し伝えておく。クリスタ連邦国のことは、よく知っておると思うから割愛するが、ボンジョール王国は、教会の不正を厳しく取り締まった。そしてスニア派を粛清し、新たに清貧を旨とするカルタン派を厚遇し始めた。少数の派閥で孤児院の運営や治療院を細々と運営している奴らで、今のところ問題も起こしてないし、政治的な野心もない。それに国が徹底的に金銭面も管理するようになったから、ボンジョール王国で聖神教会が悪さをする可能性は低いじゃろう・・・・」
第三王子がやったんだな。まあ、嫁さんの同郷の者に酷い扱いをしたのが、余程腹に据えかねたのだろう。
「一方帝国はというと、スニア派とべったりじゃったから、すぐに厳しい処分は行えなかった。それもそうじゃろう。勇者を認定し、麻薬の密売で甘い汁を吸っていたんじゃからな。だから、謹慎や要職からの解任くらいがほとんどじゃった。儂らも目を光らせてはおるが、また良からぬことを企んでいるかもしれん。
それで仕事の話に入るが、1人宣教師をクリスタ連邦国へ送り届けてほしい。表向きはクリスタ連邦国への布教のためだ。しかし実際は厄介払いじゃな。その宣教師はパウロという男で、スケープ派に所属しておる。スケープ派というのは、お前の船の船首像と同じ、女神スケープを崇める宗派で、厳しい鍛錬と自己犠牲を旨としている。パウロは良くも悪くも真っすぐな男じゃ。今回の事件を受けて、スニア派を厳しく糾弾し始めた。あまりにも苛烈なため、クリスタ連邦国へ派遣されることが決まったのじゃ。そちらの女王陛下は、『来てもらってもよいが、すぐに耐えかねて、お帰りいただくことになるじゃろう』と言って、この話を受けている・・・」
昨日の話では、文句の一つでも言ってやろうと思って、受け入れを許可したんだな。
「今回は国からの依頼という形になるので、これくらいの任務としては破格の報酬が出るので期待していい。後日、皇帝陛下から直々に勇者殿に勅命が下るだろう。
そして最後に忠告じゃが、パウロとは深く関わるな。悪い奴ではないし、むしろいい奴じゃ。例えるなら、勇者殿とレオニール将軍を足して2を掛けたような男と思ってくれ。旅の無事を祈る。
ゴーストより」
流石に勇者より酷いことはないだろう。ヤマット大将も大袈裟だな。
でも一応情報だけは集めておくか。
船に帰り、パウロのことをニコラスに聞いてみた。ニコラスは教皇と養子縁組しているから、その辺は少しは分かるだろうと思ってだが、名前を口にした瞬間、パニックになってしまった。
「ぱ、ぱ、パウロ様がこの船に!!こ、殺される・・・船長!!僕は今日からコボルトになります。だから、ニコラスは死んだとお伝えください。大丈夫、少しの間ならバレない。なんならポチと一緒に犬のフリをしようか・・・そうしよう」
数日後、勇者がパウロを連れてやって来た。
パウロは25歳で、金髪青目、がっしりした男だった。爽やかな好青年で神官騎士の経験もあり、剣の腕も回復魔法もそれなりに使えるようだ。
「パウロです。少しの間ですが、よろしくお願いします。神の教えを広めることも私の大きな使命の一つです。旅の間、船長をはじめ、皆さんのお役に立てるように頑張ります」
「お客さんみたいなもんだから、あまり気にしないでくれ」
「そういう訳にも行きません。客だとは思わないでください。一人の仲間として接していただければ十分です」
警戒していたが、思ったよりも礼儀正しく、紳士な感じがする。ニコラスもビビり過ぎだ。それに何日かだけだしな。
これが大きな間違いだった。
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