41 鬼畜の所業
最後の作戦会議に移る。場所は特大の揚陸艦のブリッジだ。レオニール将軍が最後の確認を行う。
「手筈どおり、クリスタ連邦国軍とボンジョール王国軍で港を砲撃していただき、注意がそちらに向いたところで、この「アトラ要塞」で島の反対側の砂浜に乗りつけて上陸、一気に拠点を制圧します」
ザーフトラ総司令官が答える。
「一番厳しい役目を押し付けてしまってすまんが、我らは我らの任務をこなす」
そんなとき、偵察に出ていたハープが帰って来た。
「なんか、いっぱい砂浜に人がいるよ~獣人や魔族ばっかりだったよ~」
どういうことだろうか?
しかし、それはすぐに分かった。
首脳陣をクリスタリブレ号に乗船させ、砂浜にかなり接近する。
歴戦の猛者たちである一同が絶句している。女王陛下が吐き捨てるように言う。
「まさに鬼畜の所業じゃな・・・アイツらが信仰しておるのは悪魔か邪神のたぐいか?」
獣人たちが鎖に繋がれ、申し訳程度の武器を持たされて立たされている。その後ろには弓を構えた神官騎士風の男たちが50人程控えている。逃げさせないためだ。
「本当に反吐が出ますね。そして、こちらの情報が洩れているというのも腹立たしい」
それもそうだ。
例えば、ロゴスに密偵を仕込んでおいて、俺たちの動きから襲撃を予想したのであれば、砂浜から上陸するなんて分かるはずがない。情報を洩らしたのはコツボン伯爵かその配下の者だとは思うが確証はない。しかし、女王陛下も第三王子も軍と同行しているのにコツボン伯爵だけが、本国と連絡を取るという理由で同行しなかったのだから、疑われる要素は十分にある。
レオニール将軍が苦悶に満ちた表情で言う。
「こちらに大きな損害が出るでしょうが、砂浜ではなく、反対側の港からの上陸を提案いたします。奴隷を解放しに来て、大勢の奴隷を我らの手で殺したとなっては、本末転倒です。よって、つらい決断ですが、港から上陸しましょう」
「レオニール将軍、本当にいいのか?我がボンジョール王国軍もクリスタ連邦国軍も上陸部隊は連れて来ていない。被害のほとんどを帝国に押し付けるようになってしまう。帝国とは因縁はあるが、兵士達に罪はないからな」
「しかし、他に手は・・・海上封鎖だけでは、いずれ獣人たちが疲弊して倒れてしまうでしょうし・・・そうだ!!勇者様、何かお知恵はありませんか?」
絶対に聞いてはいけない人物に質問をしていることにレオニール将軍は気付いていない。この馬鹿勇者が言うことなんて、真に受けてはいけないし、それを実行したら命がいくつあっても足りない。
「そうだなあ・・・うーん・・・ピューっと空を飛んで、拠点まで行けばいいんじゃない?そうすれば、普通に上陸するより楽だしね!!」
さも名案のようなことを言うが、荒唐無稽で実現不可能な話だ。虚言癖の妄想馬鹿女が言いそうなことだ。
周りを見てみろ!!お前の信者のレオニール将軍でさえ、落胆しているじゃないか!!
そんな、空を飛ぶなんてできるわけがないんだ。できるわけが・・・・
「いや、できる。無理やりで一か八かの賭けにはなるが、できなくはないですね・・・」
「ほう、ネルソン坊。他に手はない。聞くだけ聞いてやるから話してみよ」
俺は首脳陣を前に案の説明をする。一同驚愕しているが、実現しようと考えて検討している。
「なるほどのう。しかし、妾に戦場に立てなどと、ネルソン坊も偉くなったものじゃ。まあ、それぐらいであれば、やってやれんことはない。タイミングはシビアじゃが・・・」
ザーフトラ総司令官も続く。
「陛下の護衛は任された。水中ならまだまだ若い者には負けはせんからんな」
第三王子も言う。
「我が軍は、予定通り港の方を攻撃する。囮も必要だしな。成功すれば、世界初だ。勇者殿の近くで見られないのは残念だが、我らはやるべきことをやるよ」
最後にレオニール将軍も決意を固める。
「奴隷たちの命、兵士たちの命、この「アトラ要塞」の命、比べるまでもないだろう。これで我が壊す戦艦は6隻となる。もう慣れておるからな」
「あれ?ボンジョール王国で壊したのは4隻だったはずでは?」
思わずツッコミを入れてしまった。
「実は訓練中に1隻、大破させてしまっておる。ワハハハハハ」
笑い事じゃないだろうが!!
★★★
~勇者アトラ研究者の論文より抜粋~
後年、クリスタ連邦国女王は回顧録の中でこう語っていた。
「レオニールという男は、帝国の中枢にいて欲しい人物だ。我が国では持て余す。奴がいるうちはクリスタ連邦国は帝国と戦争はせん。馬鹿の相手は出来んからな」
これをどのように解釈するかは意見の分かれるところではあるが、本稿ははこう解釈する。
真の英雄とは、敵にも味方にも扱い難い者なのだろう。
★★★
偵察に出ていた。ハープからボンジョール王国軍が砲撃を開始したとの報告を受けた。
俺は勇者と共に「アトラ要塞」の操舵室で最後の打ち合わせをしている。
「お前は何も考えず、全力でスクリューを回せ」
「全力って、壊れてもいいのかい?」
「どうせ壊れるんだ。早いか遅いかの違いだけだ」
「まあ、別にいいけど、くれぐれも僕の足を引っ張るようなことはしないでよね」
相変わらず人の気も知らないで・・・本当にこっちは責任重大なんだぞ。
「じゃあ行くぞ。スクリューフル回転!!」
「アイアイサー!!なんか演劇みたいでカッコいいね」
こんな状況で、よく軽口が叩けるもんだと感心する。
「アトラの要塞」はフルスピードで砂浜に向かって進む。砂浜の獣人たちが悲鳴をあげているのが、ここからでも分かる。大丈夫、絶対にお前たちには当たらないから。
トップスピードになったところでベイラが叫ぶ。
「スクリューがはじけ飛んだッス!!」
もう大丈夫だ。予定地点まで来たからな。予定地点には大きな魔法陣が海面に浮かび上がっていた。
「女王陛下、頼みますよ。外さないでくださいね」
船体が魔法陣の上に乗ると同時に海面から水柱が立ち、船体が大きく空中に浮きあがった。
「流石は「濁流の魔女」様だ!!」
女王陛下の戦場での二つ名は「濁流の魔女」だ。
マーマンは自身の周辺の水を水流として自在に操れる。それが水中活動が得意な要因でもあるのだが、女王陛下は魔力が膨大なので、大きな水柱を起こすこともできる。これで帝国との戦争では、自ら戦場に立ち、多くの帝国船を沈めたらしい。
今回のような大掛かりな水柱を起こすには、海面に大きな魔法陣が浮かび上がるので、戦争後期には、それが帝国軍に知れ渡り、撃破数ランキングで親父達の乗るクリスタリブレ号に抜かれたらしいけど。
ここまでは順調だ。俺は魔力を込め、「アトラ要塞」の船首を持ち上げ、角度を45度くらいにした。この大きさの船をスキルで動かすのは、魔力も神経もかなり使うんだけどな。
勇者はというと、呑気なことを言っている。
「凄いなあ!!僕の船は空も飛べるんだ。これで壊れちゃうのはつらいなあ。また作ってもらおう」
二度と作ってもらうな!!
すぐに物凄い強風がマストに当たる。ハープの風魔法だ。
「こっちも全力だよ~」
いい感じだ。しかし・・・
「ヤバいっす!!マストが折れたッス!!」
ベイラが叫ぶ。
「こんなに色々と豪華な装備を付けてんだから、マストぐらい頑丈に作れよ!!」
そう怒鳴っても、状況は変わらない。周囲を見回すともう獣人たちは飛び越え、丁度、獣人達を逃がさないように督戦隊として配置されていた神官騎士の上にいる。計算よりも少し飛距離が短いが、仕方がない。ここに着陸しよう。
「マルカ!!頼む!!」
「了解です。ウォーターシールド」
マルカの魔法で水の障壁が展開された。着地の衝撃を少しでも和らげるためだ。
そして「アトラ要塞」は、丁度、神官騎士たちの上に着陸した。
これが後々伝説となる演劇、「勇者アトラと空飛ぶ戦艦」の元ネタとなった事件であった。
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