30 勇者の麻薬捜査 1
俺たちは帝国海軍沿岸警備隊詰所を訪ねた。応対してくれたのは、レーガン海軍大尉だった。30前のスラっとした好青年で、沿岸警備隊第一艦隊の隊長をしている人物で、俺達が初めてベルダンに訪れた際、臨検に来たうちの一人だった。
「お久しぶりです。またお会いするなんて、運命的なものを感じますね。それに勇者様とお仕事をご一緒させてもらえるなんて、感激です」
好青年だが、勇者信者という残念な人だった。一般には勇者のヤバさが知られていないので、仕方ない面もある。
「君もそんなに緊張しなくていいよ。僕が勇者砲で解決してあげるから」
魔道砲で解決出来たら苦労はしない。怪しい船を片っ端から沈めれば麻薬の密売は無くなるだろうが、ベルダンという町自体がなくなってしまうだろうけど。
「それで、取締りのほうはどうなんだ?」
「結果は全くです。月に一度くらいは摘発できているのですが、焼け石に水です。それに突き上げ捜査もできてません。逮捕した被疑者が獄中で病死したり、嫌疑不十分で釈放されたり、トカゲの尻尾切り状態です。まあ、言いたくはありませんが、組織とつながっている者がこの中にもいるのでしょう。だから、沿岸警備隊長ではなく、現場で取締りを行う私を訪ねるようにヤマット大将は依頼したのでしょうね」
これはかなり深刻だ。レーガン大尉は真面目で職務に励んでいるようだが、結果は出ていないみたいだ。レーガン大尉が隊長を務める沿岸警備隊第一艦隊は10隻の警備艇で運用している。しかし、警備艇の数も捜査官も鑑定士も足りていない。本当に怪しい船を調べるだけで、片っ端から調べるなんて、普通にやれば、まず無理だ。あくまでも普通にやればだが。
「それで仕事のほうは、こっちの好きなようにやっても構わないんだな?」
「もちろんです。帝国法だけ守ってもらえればですが」
「それで、報酬なんだが、出来高払いでいいか?」
「本当にそれでいいんですか?検挙できなければ、報酬がかなり減ってしまいますけど」
「十分だ」
★★★
早速海に出る。
レーガン大尉にはクリスタリブレ号に乗船してもらい、配下の7隻の警備艇に指示を出してもらうことになっていた。
「じゃあ、やるか。西から来た3隻全部止めてくれ」
「それは無茶です。1隻臨検するのに1時間は掛かるのですから・・・・」
「大丈夫だ。考えがある」
「分かりました。
1号艦、2号艦、3号艦、西から来た3隻を止めろ!!
3隻の商戦に告ぐ!!直ちに停船せよ。停船しなければ、敵意ありと見做して砲撃する!!」
これを聞いた馬鹿勇者は、主砲の砲撃手席に座ろうとする。
「止まらなかったよね?沈めていいってことだよね?」
「駄目に決まているだろうが!!しばらく大人しくしてろ」
「早く勇者砲を撃たせろ、そうしないと死ぬぞ!!」
トラブル防止と思って、俺の側に居させたが、余計に危険だ。明日からは現場に回そう。
「勇者様、物語だといきなり勇者砲を撃ったら、話が続きませんよ。こう小さな小競り合いとかやってピンチになってからだと思うんですが・・・・」
「言われてみればそうだね。分かったよ。クライマックスまで待つとするか」
何とかなった。
停船している3隻にインプ達がコボルトを搬送して、臨検する。臨検自体は10分で終わった。
「もう終わりですか?もっとちゃんと見ないと・・・・」
「大丈夫だ」
そんな感じで、航行する船を片っ端から臨検すること2時間、コボル隊長から拡声の魔道具で連絡が入る。
「船長!!こっちに応援を回してださい!!」
「了解した。じゃあ、クリスタリブレ号を横付けするぞ。帝国での初検挙だから俺も行く。勇者様もご一緒にどうでしょうか?」
「もちろん行くさ」
★★★
クリスタリブレ号を商船に横付けして、乗り込む。商船の甲板では、予想通り揉めていた。商船の船長がゴネにゴネている。
「何の権限があって、我が商会の船を調べているんだ!!うちは真っ当な商会だぞ。こっちは海軍や上級貴族にも伝手がある。もし何も出てこなければ、そのときの覚悟はできてるんだろうな!!」
勘だが、こういう高圧的な奴は大体持ってるもんだ。
「コボル、間違いないのか?」
「船長室からプンプン匂いがしてます。相当な量を持ってるでしょうね」
クリスタ連邦国法だと、コボルトの鼻は信頼されていて、捜査官の資格を持っていればこれだけで、マストの上から船の底まで調べることができる。帝国法ではそんな規定はないようなので、考えて来た手を打つ。
「権限、権限とうるさい奴だな。貴族を知っている?関係ねよ!!こっちは世界を救う勇者様がいらっしゃるんだ。勇者様がいいといったらいいんだよ。
そうですよね。勇者様?」
「もちろんだよ。隅々まで調べるように。まあ僕の目に狂いはないだろうけど」
お前の目というよりは、コボルトの鼻だけどな。
当たり前の話だが、帝国法に勇者の捜査権についての記載はない。ただ、勇者がしてはいけないとは書いていない。そもそも勇者のことなんて書いてないのだ。だから、この馬鹿勇者をとことん利用する。
「そういうことだ。船底をひっくり返してもいいから、徹底的にやってやれ!!」
しばらくして、1キロを超える禁止薬物が船長室から発見された。
レーガン大尉は驚きの声を上げる。
「そんな・・・凄すぎる。これが世界一のクリスタの麻薬捜査官の実力か・・・・」
「まあ、世界一だけど、本国にはもっと凄い奴がいるけどな。それとこれは推測だが・・・・」
レーガン大尉たちも、それなりに押収はしていた。だが、禁止薬物を押収した船には特徴があった。1隻で航行する小汚い、いかにも怪しい舩だ。それで固定観念が生まれたのだろう。カツカツの人員や装備でやっているレーガン大尉たちはそういった船しか臨検しないようになっていた。
多分これも密輸組織の策略だろう。多少、当局に押収させることでメンツを保たせることが狙いだ。押収した船からは少量しか押収できなかったみたいだしな。そいつらを臨検している隙に普通の商船のフリをして堂々と港に入っていたというわけさ。
「そんなことが・・・・我々が囮に引っかかっている間に堂々と・・・許せん」
「やられたらやり返す。それが海に生きる者の心意気だ。だったらやってやろうじゃないか」
「そうです。やりましょう!!目にもの見せてやります」
「よし!!その意気だ。これから1ヶ月が勝負だぞ。だから、1ヶ月は陸に上がれないと思ってくれ」
なぜ1ヶ月かというと、情報の伝達速度を考えてのことだ。1ヶ月あれば他国や遠方の港にも知れ渡り対策もしてくる。裏を返せば、それまでは呑気に堂々とこっちに来てくれるということだ。
1週間が経過した。
かなりの数を摘発した。それに勇者パーティーだけで摘発したこともあった。一応アドバイザーとしてコボルトとゴブリンを1名ずつ補助に付けているが、見ているだけでよかったと報告にある。
これは勇者の力が覚醒したのか?
そうではなかった。
ポチの活躍だ。コボルトが見てもかなり優秀だという。あっという間に匂いを嗅ぎ分けるらしい。コボル隊長も感心していた。
「それで僕はピーンときたんだ!!コイツは怪しいってね。だからポチに指示して・・・」
さも自分が大活躍したかのように、延々と自慢する馬鹿勇者。当然無視だ。
「ちょっと船長、聞いてる?」
「もちろんですよ。勇者様は凄いなって思ってました」
「そうか、もっと話を聞きたいってことだね。じゃあ、僕がクラーケンを討伐した話をしてあげよう」
お前は討伐してないし、討伐した本人にしていい話ではない。
ただ、それを言うと無駄に怒らせるので、聞くに堪えない想像の話を延々と聞かされることになってしまった。
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