124 エピローグ
私はフランシスカ・リエール、三十路手前の新進気鋭の勇者アトラ研究家だ。
ボンジョール王国の王都バリスで、商家の三女として生まれた私だが、10歳のときに馬車に轢かれ、その短い生涯を閉じることになった。
一瞬そう思ったが、気が付くと教会の祭壇の上に寝ていた。つまり、私は勇者アトラと同じ、死に戻りのスキル持ちということだ。ボンジョール王国で初めての死に戻りのスキル持ちで、当時は新聞各紙で大々的に取り上げられた。その昔には、その能力を軍事目的に悪用された歴史があり、勇者アトラの願いに従って、手厚く保護されることになったのだ。
簡単な経緯を説明されると私は深く勇者アトラに感謝した。勇者アトラの死後300年は経過しているが、その教えは今も大切に守られているらしい。普通に商家の娘として人生を終えると思っていた私だったが、これを機に大きく人生が変わる。
今後の人生を考えて、貴族学校に入学が認められ、おまけに学園都市スパイシアへの留学も許可された。もちろん費用は国が出してくれた。深く感謝して、誰よりも勉学に励んだ。そして、将来のことを考えたときに私の人生を変えてくれた勇者アトラの研究をしたいと思うようになった。アトラを研究すればするほど、本当に彼女に惚れてしまった。もし彼女が居なければ、私は人間兵器となっていたかもしれない。
「・・・ということで、勇者アトラの功績を学ぶことは、これから国を背負う立場になる皆さんには本当に大事なことです。専門家の私のように細かい事実を深く研究する必要はありません。しかし、基本的精神である「平和を愛する心」「他種族の共存」は絶対に忘れないようにお願いして、この講義を終わることとします」
大ホールでの講義を終えて、私は研究室に戻った。毎年行っている新入生向けの講義だ。
研究室に戻り早速、最近発見された勇者パーティーの船長で、勇者アトラの夫を自称する人物の手記を読み込んでいく。不意に助手の女学生に声を掛けられた。
「教授は、その手記についてどのような見解をお持ちですか?僭越ながら、史実とかなり異なる部分もあり、今まで習った勇者アトラ像と違い過ぎます。私としましては、創作物だと思うのですが・・・」
「そうね・・・・でも、全く史実と違うとは言い切れないのよ。例えばだけど、勇者アトラが麻薬取締りに力を入れた経緯について、こちらの手記が本当であると仮定しても矛盾はないのよ」
「でも・・・勇者アトラが我儘で、人に迷惑を掛けてばかりなんてあり得ません!!絶対に勇者アトラを貶めるために書いた創作物に違いありません!!」
「興奮しないで。私も一勇者アトラの信望者として許せない面があるけど、研究者としては事実を公平な目で分析するのも大事よ。史実と手記の一致から考えて、真偽のほどはともかく、勇者アトラに近しい人間だった可能性は高いと考えているわ」
「し、失礼しました・・・」
「気にしないで。ただ、この人物は勇者アトラについて悪く言っているようで、実は愛に溢れているわ。素直になれない男子学生のような感じがするわ。特に最後のページなんか、創作物だとしても、少しホロっとくるしね」
「それはそうですけど・・・・」
学生との会話を打ち切り、私は手記を読み込んでいく。やはり、最後のページは少し感動する。
~手記より~
もう俺のお迎えも近い。自分の体は自分が一番よく分かる。多分これが最後の日誌になるだろう。長年、船長としてやって来た職業病で、航海日誌を書かないと落ち着かない。引退してからもその習慣は健在だ。だが、もう無理そうだ。
昨年、アトラが死んだ。病死だった。あれほど「死んでやる」と言っていた奴の最後の言葉が
「ネルソン!!死にたくない。もっと一緒に居たい」
だったのは少し笑える。
カーミラとデイジーはまだ元気だ。しばらくお迎えは来ないだろう。俺の思いは二人には伝えてある。
アトラだが、最後の最後まで我儘で好き放題だった。だが、俺は多分愛していたんだと思う。居なくなって初めて、アトラへの思いに気付いた。俺の落ち込み様は見ていられないとカーミラやデイジーも言っていたからな。
まあでも、もうすぐアトラに会える。天国に行けるか地獄行になるかは分からない。ただ、アトラと一緒のところには行くだろう。ずっと一緒だったからな。
向こうで会えたら、アトラはきっと、こう言うだろう。
「遅いぞネルソン!!一体いつまで待たせるんだ!!危うく死んでやるところだったぞ!!」
今回で物語は終了となります。ここまで読んでくださいまして、本当にありがとうございました。また機会があれば後日談などを書いていこうとも思っています。
ここで新作を紹介させてください。
転生した底辺OLが、雑用スキルで異世界を無双する話 https://ncode.syosetu.com/n9181jx/
三十路手前のOL佐藤直子は、一流商社で出世もできず、万年雑用係だった。事故に巻き込まれ、その短い生涯を終えるが、剣と魔法のファンタジー世界にクララ・ベルとして転生した。しかし、そこでも悲劇が訪れる。与えられたジョブが「雑用係」だったのだ。
打ちひしがれるクララであったが、家族の支えもあり、その才能が開花する。「転写」「表計算」「資料作成」のスキルを駆使して、異世界を無双する。そして、戦闘力はほぼないが勇者パーティーにも選出されてしまう。
これは雑用のスペシャリストとして恐れられた転生OLが、異世界を無双する物語である。
よろしければ、こちらのほうもお楽しみください。