12 帝国の事情
船内は大宴会となった。町が目の前にあるのに下船できないなんてと、ストレスが溜まっていた乗員達は大喜びだった。すぐにみんな酔いが回って来た。酒好きのドワーフのベイラが言う。
「帝国の酒も旨いッスね。帝国はクズッスけど、酒に罪はないッスから」
「ここには帝国人もいるんだから、その辺にしておけ」
「ハイハイ、ところでそっちの二人は誰ッスか?」
今まで気にしてなかったのか・・・・酒が飲めればそれでいいのか?
「申し遅れたな・・・我は帝国陸軍大将マレックス・ノーギーである」
「知っている者もおるだろうが、再度言おう。帝国海軍大将イソック・ヤマットである」
そうしたところ、水夫たちが騒ぎだした。
「敵襲だ!!しかもなんか偉い奴っぽいぞ」
「でも大丈夫だ。二人しかいないし・・・」
リザードマンのザドラが一喝する。
「何を今更言ってんだい!!さっきまで楽しく飲んでいただろうが!!」
「で、でも・・・・」
「だったら何で最初から、どういう奴か調べなかったんだい?」
「船長が連れて来た人達だからいい人だと思って・・・それにお酒もくれたし・・・・」
これにはノーギー大将が噴き出した。
「ワハハハ、ネルソン殿、若いのに信頼されておるようだのう!!これは愉快だ」
「まあ、そんなところだ。ところで、俺に話があったじゃないのかい?」
「ああ、そうだ・・・久しぶりの楽しい酒で、用件を忘れるところだったわ」
★★★
ノーギー大将が言うには、帝国も一枚岩ではないらしい。大きく分けると主戦派と穏健派の二つの派閥があり、勇者誕生までは、勢力が拮抗していたのだが、聖神教会を味方につけた主戦派に穏健派は押されているようだ。
「軍のトップが言うべきことではないかもしれんが、帝国は大きくなり過ぎたのだ。国境線を守るだけでも相当の部隊が必要で、国家予算を圧迫しておる。この状況で更に国土を広げるなど考えられん」
「マレックスよ。お主の言うとおりじゃが、分らん奴が多すぎる。特に教会と手を組んでからは更に酷い。略奪も神が許したと言えばそれでお仕舞じゃ。略奪を許すような神などおりゃあせんわ」
「ところで、今度はどこと戦争しようってんだ?魔族か?」
「恥ずかしい話、我らにも分からんのだ。最近では神のお告げに従って命令が来る。我らはそれに合わせて軍を送るだけなのだ」
陸軍、海軍のトップも把握できないって、正常な状態ではないな・・・
「ただ、推測はできるぞ。それは勇者パーティーの活動からな。上手く行かなかったが、ボンジョール王国とクリスタ連邦国を戦わせるとかな。それでネルソン殿も巻き込まれたんだろう」
とんだととばっちりだ。
「マレックスよ。ネルソン殿と話してみてどうじゃ?信頼に値する男であろう?」
「そうだな、そうと見込んで、我らから一つ依頼をしよう。どうか、戦争を防いでほしい」
★★★
俺も軍人だから、戦争があれば祖国のために戦わなくてはならない。だが、戦争がしたいわけではない。
「できれば俺も戦争はしたくないが、とりあえず詳しく聞こうか?」
「まず、個人的な理由だが、もうあんな戦いはしたくはない。懲り懲りだ」
「儂もじゃな。あんな戦いは二度とご免じゃ。ネルソン殿も先の大戦でご両親を亡くされておるし、我らの気持ちも分かるじゃろ?」
許せない部分もあるが、今すぐ帝国と戦争をしたいかというとそれも違う。
「まあ、10年前といってもそう簡単に恨みが消えるものではないしな。少し話は逸れるが、年寄の昔話をしてやろう」
そう言うとヤマット大将は語り始めた。
「儂は平民の漁村の出でな。四男坊であったため、食い扶持を減らすために12で海軍に入隊した。漁村育ちで、それなりに船は扱えたから、そこそこ出世はした。ただ、平民だったので、40過ぎで少佐だったがな。丁度その頃、クリスタ連邦国との戦争が始まる。儂も従軍することになり、最初はしがない補給艦の艦長じゃった。しかし、知ってのとおり、戦況は最悪じゃった。軍艦がどんどんと沈められていくからな。3回目の出撃では大佐に昇進して、大型戦艦の艦長となり、最後のドール海海戦のときには、少将で艦隊まで率いていたのじゃ。
軍艦1隻すら沈めておらんのに、上の者がバタバタ戦死していくからな。陸軍と違って素人のお貴族様が名ばかりの指揮官になることはできんというのもその理由じゃ。そもそも、海に出たがるお貴族様も珍しいしのう。最終決戦のときは当時の海軍大将から直々に特別任務を仰せつかっておったから助かったようなもんじゃが・・・・あの任務に就いていなければ、生きてはおらんじゃろうな。
まあ、そんな感じじゃ。特に何もしておらんが上が抜けただけで、今の地位に就いたようなもんじゃ」
ここでノーギー大将が話に入る。
「そう自分を卑下するな。大将となったのは、ボンジョール王国との戦いで英雄的活躍をしたからだろうが、それも言ってやれ」
クリスタ連邦国との戦争が終結した1年後、ボンジョール王国が艦隊を率いて攻めて来たそうだ。そうなることを予想していたヤマット大将は、廃艦寸前の軍艦を再編成し、防衛線を敷いた。孤島や領有権を巡って争っていたサウザン諸島からは潔く手を引き、本土防衛に集中させた。海軍は壊滅状態だったが、世界最強の陸軍は健在で、ワザと上陸しやすい箇所に誘い込み、そこを陸軍に叩かせるなど、今までになかった陸軍との共同作戦も交えて戦った。
その結果、ボンジョール王国は撤退した。そもそもが弱り切っている帝国海軍を蹴散らし、大陸本土を少し割譲してやろうくらいに思っていたのだが、思わぬ反撃を受けて、早々に撤退したのだ。領有権を主張したサウザン諸島を手に入れたのだから、面目を保てるくらいの戦果があったこともその理由の一つだ。
「クリスタ連邦国の戦い方を参考にさせてもらった。いくらのろまな亀でも、陸に張り付いていれば使いようがあるからな。それにこの戦の功績で大将となったのは儂だけでないぞ。そこのマレックスも功績を上げたからな」
「クリスタ連邦国との戦争では戦闘さえもできなかったから、鬱憤が溜まっていたのだ、少しやり過ぎたと反省するくらいに苛烈にやってやったわ」
ノーギー大将は大柄で赤ら顔なので、ボンジョール王国では、今でも「赤鬼」と恐れられているそうだ。
「そういう我も、クリスタ連邦国の戦い方は参考にさせてもらった。あんな戦い方があるなんて、今でもびっくりだ。我もあの戦では、クリスタ連邦国兵に刃を向けることはなかったからな・・・・」
遠い目をしながら、ノーギー大将は語り出した。
★★★
「当時の儂は血気盛んであった。上陸部隊の隊長として従軍していたのだが、島を10程攻め落とした。攻め落としたとは言うが、実際は少し砲撃戦をしたらクリスタ連邦国軍は撤退して行ったし、上陸しても、兵はおらず、住民も村や町の責任者が数人いる程度だったからな。その責任者達は協力的で、更に食料も自発的に差し出すなどしていた。部下などは『今回は楽勝だ。早く本土に上陸しないと海軍の奴らに手柄を取られる』と言っていた。
今にして思えば、油断だったな。ある時占領した島々から、住民が忽然と消えた。全員マーマンかリザードマンだったのもおかしかった。それに怯えた様子もなかったので、軍人だったのだろう。彼らは泳ぎが得意だからな。
それが地獄の日々の始まりだった・・・・」
ノーギー大将は火酒を一気に飲み干した。
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