11 皇帝の前で
船着場では人だかりができていた。勇者パーティーが下船すると大歓声が上がる。勇者は笑みを浮かべて、手を振っている。中身はクズだが、外見だけは美少女だからな。
「勇者様!!こっちを向いてください」
「ああ、目が合った!!」
「なんでも魔王が放ったクラーケンを討伐したらしいぞ」
この馬鹿はクラーケンを討伐していないし、クラーケンも魔王は関係ないと思う。30年に一度は突然変異で出現するからな。
勇者たちには歓声が上がる一方で、この船に敵意を向けて来る奴も大勢いる。
「この船の所為で親父は・・・」
「勇者様の船じゃなかったら、沈めてやるのに」
そう思う気持ちも分かる。ドレイク領に我が物顔で帝国の軍艦が停泊していたら、俺だってそう思う。戦争ってそういうもんだ。
勇者たちは簡単なセレモニーに参加し、俺たちは船で待機を命ぜられた。途切れ途切れではあるがセレモニーのアナウンスが聞こえてくる。
「あの憎っくき「クリスタの亡霊」を手中に収めた勇者様は・・・・慈悲の心で船員達に接し・・・なんとクラーケンも討伐されたのです・・・」
ほとんどが嘘だった。
クリスタリブレ号を手中に収めてもいなし、あの馬鹿はクラーケンも討伐していない。
「これもすべて応援してくれている国民みんなのお陰だ!!」
そもそも何もしていないんだから、お陰も何もないだろうに・・・
その日はそれで終了した。俺たちは港に停泊してはいるものの、下船はまだ許されなかった。デイジーとセガスが気を遣って、酒と食事を差し入れしてくれたのは有難かったけどな。
次の日、俺だけは船長として皇帝に謁見することを命じられた。行きたくないんだけどな。
★★★
皇帝との謁見は、謁見の間ではなく、迎賓館の大ホールだった。ホールの中央には俺たちが討伐したクラーケンが剥製にされて展示されていた。ただ、触手が2本しかなかったけど。
また誰かが盗んだんだろうか?
ギルドに渡した時点で、俺たちの物じゃないし、好きにしてくれたら構わないんだけどな。
出席者が揃ったところで、皇帝が登場した。かなり若い、12~13歳位の少年だった。金髪で整った顔をしている。お付きの者に耳打ちをされて話始める。多分この少年を裏で操っている誰かがいるのだろう。
「勇者殿。あの名高い「クリスタの亡霊」を手中に収め、配下とするとは素晴らしい。余にどうやったか聞かせてほしい」
手中に収められてもないし、配下になったつもりはサラサラない。それにクリスタリブレ号はいい船だが、お前たちは船の性能に負けたわけじゃない。船乗り達の技術と能力、その心意気に負けたんだ。
まあ、コイツらからしたら、敗戦の象徴であるクリスタリブレ号を配下にしたってことが大事なんだろうけど。
「陛下、それはですね。僕が切実に世界平和を訴え、魔王討伐の必要性を説いたんだ。最初は反発していた船長達も心を入れ替えて頑張ってくれてるよ。最近では『勇者様、絶対に死なないでください』ってうるさく言われてるからね。慕われてるってことかな?まあ、そんな感じです」
何をどうしたら、そういう答えが導き出されるんだ?
この女は虚言癖でもあるのか?まあ、「死ぬな!!」とは口うるさく言ってはいるがな。
「なるほど、勇者殿は慈悲深い。未開の土地の者にもその教えを説くとは・・・。そうだ、クラーケンを討伐した話も教えてほしい」
それは無理だろう。だって現場に行ってないのだからな。
「詳しいことは軍事上の機密だからこの場では言えないですけど・・・・」
「ざっくりでいい、皆、期待しているからな」
「ざっくり言いますね。一言で言えば、僕一人で倒したってことかな?急所を一突きにしてね。船なんて、本当は何でもいいって思ったね。だって、船長以下乗員はブルブル震えていただけだったよ。まあ今回は大した相手でもなかったけど、仮にも勇者パーティーの一員なんだから、しっかりしてほしいね。と思います」
急所を一突き以外はすべて嘘だ。流石に腹が立ってくる。
「流石は勇者殿だ。頼もしいな」
これには出席していた貴族達が騒ぎ始める。
「クリスタの亡霊も形無しだな」
「大層な名前だけど、只の海賊と変わらんからな」
「あのときの海軍は何をやってたんだ?敗戦の責任を幽霊話にすり替えたんじゃないのか?」
流石に俺も我慢の限界だ。必死で感情を押さえつけているが、無理そうだ。
そう思ったところ、怒号が響く。大柄で赤ら顔の初老の男が若い貴族の胸倉を掴んで投げ飛ばしていた。
「何を寝ぼけたことを!!戦争を知らん小童どもが!!あの戦いを経験した者として言わせてもらうが、当時の海軍は大将を筆頭に精強で、大陸最強と言っても過言ではなかった。ただ、世界最強ではなかったというわけだ。いくら敵でも侮辱することは許さん!!それは命を懸けて戦った帝国軍人すべてを侮辱することになる。文句があるなら前に出ろ!!拳で教えてやる」
会場は静まり返る。これで俺の怒りも吹っ飛んだ。
「マレックス、その辺にしといてやれ。陸軍大将マレックス・ノーギーにこの場で喧嘩を売るような馬鹿はおらんぞ。おったらおったで、それは面白いがな」
激怒している男を納めたのは、臨検で会った海軍大将のイソック・ヤマットだった。
というか、あのデッカイおっさんは陸軍大将だったのか・・・陸軍だけで言えば、間違いなく世界最強だろう。
「もういい、興がさめた。我は帰る。皇帝陛下、失礼しました」
「儂からも謝ります。馬鹿がすいません」
そう言うと二人は去って行った。
勇者と皇帝とのやり取りは、それで終わってしまった。そこからは料理が運ばれ、パーティーがスタートした。俺はというとセガスに促されて退出した。
「予定では、ネルソン様を壇上に上げて、「クリスタの亡霊」の船長の息子と紹介し、もう一煽りするみたいでしたが、あのお二人のお陰で、中止になったようです。ここに居ても仕方ありませんので、船に帰りましょう」
「どういう趣味をしてんだ全く。本当に神に守られたアタリ屋だな」
「旨い事を言いますね。こちらでは、「不死身の自爆テロリスト」ですね。同じようなものですか?」
俺達が迎賓館を出ようとしたとき、声を掛けられた。ヤマット大将とノーギー大将だった。
「少し飲みに行かんかな?何も食べておらんじゃろ?」
なんとお食事の誘いだった。しかし、このアウェーでは落ち着いて飲めない。
「俺達の船に来てくれるなら、歓迎する」
するとノーギー大将が言う。
「クリスタの亡霊に乗せてくれるのか!!だったら、遠慮なくそうしよう。酒や飯はこちらで手配する。ワインから火酒まで樽ごと運んでやるさ」
ベイラとかは大喜びするだろうな。
「有難い。乗員たちも喜ぶと思う」
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