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薩摩が来る!  作者: ahorism
第二章 アルレーン防衛戦編
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第二話 雨中の行軍

 しとしとと雨が降り続く中、わたしたちはアルレーン地方の中心、オルレンタントへ向けて馬足を進めていました。わたしにとっては慣れない馬での移動ですが、志願した以上は泣き言を言ってはいられません。


 そんなわたしの不慣れな様子を見てとったのか、キーレは横にピタリと自分の馬をつけ、わたしの馬が暴れないよう並走してくれています。


「バスティアン様、オルレンラントまでは幾日ほどかかりそうでしょうか」

「急げば十日だが、俺の見立てだと二週はかかるだろうな。行軍に不慣れな面子も多いだけに、何ヶ所か街道沿いの村々を経由せざるを得まい」


 隊の先頭でバスティアン様と言葉を交わしているのは、ローターさんです。ヴィルマゼン伯爵家の嫡子であり、魔法科の五回生でわたしの先輩にあたります。


 馬と武具の両方の扱に非常に長けているため、帝国でも極めて珍しい魔法騎士をこなすことができます。バスティアン様曰く、士官学校内でも一対一では最も強いのではないか、とのことです。


「しかし道中路銀が持ちますかね」

「心配ありませんぜ、若がオルレンラント侯爵家の代理印を持ってますんで。これさえ見せればアルレーン内での支払いは全てつけにできるらしいんでさあ」


 二人の後ろでギドさんと話しているのはフィリップさん。こちらはビットリール子爵家の出で、三人のお兄様に続いて一般兵科に所属しています。わたしとは同学年の四回生ですが、兵科が違うこともあり交流は多くありませんでした。


 ◇


 初日の行軍はなかなか思うように進みませんでした。わたしのように馬の扱いに不慣れなものも多く、おまけにこの雨です。


 馬車は度々泥道に足を取られ、その度に皆で車輪を持ち上げる作業を繰り返しました。馬の跳ね上げる泥と馬車の復帰作業で、皆制服を泥だらけにしています。外套も雨水を吸ってかなり重たくなってしまいました。


 日が暮れ始め、馬上で身体中が悲鳴をあげ始めた頃、ようやく村落らしき灯りが前方に見えました。


「よし、なんとか予定通りだな。今日は向こうの村で一泊する。ギド、先行して手筈を整えておけ」

「承知です、若」


 雨漏りのする馬場に馬を繋いで手配された宿屋に入ると、バスティアン様が配慮してくれたのか、わたしには一人部屋が用意されていました。


 どうやら今日は屋根の下、ベッドの上で一夜を明かせそうです。


 心地よい、とはまったく言えない旅路の疲れをとるべく、わたしは水浴びも早々に寝床についたのでした。


 ◇ ◇ ◇


 オルレンラントに向けて馬を進めること数日間。雨は続くものの道中で目立った問題ごとはなく、いたって順調に街道の村々を巡る日々が続いていました。若干の疲れはあるものの、わたしもようやく馬の扱いに慣れ、なんとか遅れずに隊の皆について行けています。


 旅程では、今日の目標は宿場町アムマイン。帝都とアルレーン地方を結ぶ街道では最大の、商人や出稼ぎの労働者で溢れる活気づいた街。


 の、はずでした--。


「何やら異様な雰囲気ですねえ、若」

「そうだな。お前は事情を探ってこい。フランツ殿、悪いがギドに同行してもらえるか」

「自分も、でしょうか? いえ、承知しました」

「すまない。それからゲルト、傭兵団との交渉は、お前に任せる。金に糸目はつけん」


 いつもは旅人向けの露店が並び、通りがどこも人で賑わうこの町は、大量の疲れ果てた兵士で溢れていたのです。


 ◇


 幸いにも宿を取ることができたわたしたちが旅中の疲れを癒しているところに、情報収集に走っていた二人が、疲労困憊している兵士を伴って帰ってきました。


「若。まずいことになってます。人払いを」

「いや、ここでいい。話せ」

「エンミュールが、陥落したそうです」

「--!」


 息が止まるのがわかりました。覚悟は、してきたつもりだったのです。それでも、まさかそんなことはないだろうと、考えないようにしてきたことが。


「えんみゅーるとは、確かおんしの里でごわしたかの」


 キーレの無感情な声が届かないほど、わたしは動転していたようです。


「そうか、報告を続けろ」


 虚ろな目をしたわたしをよそに、報告は続いていきました。


 エンミュールが、リガリア軍の侵攻によって陥落したということ。


 伯父上、エンミュール辺境伯や父、エンミュール子爵の安否は不明。


 敗れた兵士たちは、何とかこのアムマインの町まで落ちのびて来たのだそうで。


 そして、エンミュールを陥したリガリア軍は、目下オルレンラントへ向かって進軍しを続けている、と。


「マリアンヌ。お前はもう、休んでおけ」


 見かねたバスティアン様は、キーレに命じて半ば強引にわたしを部屋へと連れて行かせました。


 ◇


 階下から、議論の声が聞こえてきます。


「オルレンラントを狙うということは、ガラル砦で迎え撃つことになりますでしょうか」

「おそらくは、な。父上もそうするはずだ」

「ここに集まっている兵士たちはどうしますかねえ」

「連れて行かざるを得まい。ここで腐らせておく余裕は、今のアルレーンには、ない」

「では俺が、彼らを集めて指示を伝えてきます」

「頼む、フィリップ。これを、代理印を持っていけ」

「了解です」

「あとは、ゲルトが傭兵団と話をつけられればな」

「はい、ある程度戦力が整えば我々も戦力になりましょう」

「ガラルに、向かわざるを得んか」


 話し合いは、夜遅くまで続いていました。


 ◇


 コンコン、とドアを叩く音がします。誰かと思い扉を開くと、立っていたのはなんとも難しそうな顔をしたキーレでした。


「キーレ、どうかしましたか」

「どうかしちょるのは、おんしの方じゃ」


 まったくもって、その通りです。わたしを心配して、わざわざ様子を見に来てくれたのでしょうか。こんな心配りができるとは、思ってもみませんでした。


「おいは、政治(まつりごと)のことはわからんがの」


 ベッドに腰掛けるわたしを前に、慣れない顔をして、話を続けます。


「おんしの父君ば、立派(ジッパ)じゃったと聞いとる」

「っ……」

殿(しんがり)ばして、最後まで戦ったとぞ」

「……」

「よか、武士(サムレ)でござった」

「それだけ、ですか」


 あの時のわたしは、本当に余裕がなかったのでしょう。心無い言葉を、この優しい少年に何度も何度もかけてしまいました。


「あなたにとっては他人かも知れませんけど、わたしにとっては、ただ一人の、父親なのですよっ……」

「それを何ですかっ、父が好き好んで死にに行ったとでも?」

「生きていれば、それだけで良かったのにっ……。どうして……ううっ……」


 気づけばわたしは、頭を彼の肩に預けるように、涙混じりに言葉を発していました。


 キーレは胸を叩かれながらも、じっと黙って話を聞いてくれていました。


 ◇


 それからしばらく涙を流しているうちに、自分が随分とはしたないことをしていることに気がつきました。


「すいません、キーレ。取り乱しました。もう、……大丈夫です」

「うむ」


 キーレは珍しく、まだ話し足りなさそうにしています。


戦場(イクサバ)で命ば散らすのは、(ほまれ)でごわ。おいの親父殿(オヤッドン)も、兄上(アニサァ)も、そうでごわした」

「キーレ……?」

「おんしは女子(オナゴ)ゆえ、泣いてもよか。じゃっども」

「……?」

「じゃっども、悲しまんと、せめて、讃えてたもんせ。そいが、弔いじゃ」


 それでは、と声をかける間もなく去っていってしまったキーレに、わたしは扉の向こうから、お礼を述べるのでした。


「ありがとう、キーレ」

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