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薩摩が来る!  作者: ahorism
第一章 士官学校編
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序話

 泗川(しせん)は、朝鮮半島の南にあり、釜山と光州のちょうど中間の地点になる。南方を海に面した、水陸両方の要衝であった。


 慶長三年(1598年)、秋。


 この場所は、明・朝鮮連合軍と島津軍、両軍の屍に溢れていた。俗にいう、慶長の役、泗川(しせん)の戦いである。


 見渡せば足の踏み場もないほどの死体が、戦場を埋め尽くしている。そのどれもが血に浸っており、敵味方の区別など付けようがない。


 いや、残酷な方法ではあるが、区別することはできた。明・朝鮮軍の兵士は、名のある者ほど耳や鼻を切り取られている。


 ところどころ地に突き刺さった長槍や刀が、あたかも墓標のように佇んでいる。それでも、墓標にするには数が足りなさすぎた。とにかく、死体が多い。


 満天の星が数多の敵味方の骸を照らす中、ずさり、ずさりと動く小柄な影が一つ。


 いわゆる当世具足や、背格好に不釣り合いな長刀を腰に下げているところを見ると、島津家の兵なのであろうか。鞘に収めた刀を杖代わりに突き、体を引きずるように歩いている。黒い髪を後頭部に無造作に括っていることからして、元服前の少年なのかもしれなかった。


 よく見ると籠手も佩楯(はいだて)も、少年の身につける具足の中で、傷のないところは無かった。兜の代わりに額に付けている鉢金にも、無数の刀傷が見て取れる。加えて返り血か出血かも判断つかないほど、少年の具足は鮮やかな朱色に染まっていた。


 どうやらこの少年は、幼く見える風貌にもよらず、歴戦の武者らしいのであった。


「泗川の新城ば、戻らねば」


 口に出してはみたものの、血まみれの体はもうこれ以上動きそうにない。夜の戦場には、(シャー)鬼石曼子(グイシーマンズ)と怒鳴る声が、そこかしこから聞こえてくる。敵兵が付近を探しているに違いなかった。


「腹ば、切りどきでごわすかなあ」


 半ば諦め気味に呟く少年の目は、どこか寂しげに見えた。


 ◇


 数歩ほど体を引きずっていると、都合よく体を横たえられそうな(いわお)が目に入った。何やら()()()()らしきものが描かれているが、今の少年がそれに気づくことはない。


 少年が路傍の(いわお)に寄りかかり、刀を抜こうとした、その瞬間。


 突如、目を覆うばかりの激しい光が、少年を襲った。


 すわ、火箭か、と体を起こそうとするが、たったそれだけの力ですら、今の少年には無い。


 全身が、白色の光にのまれていく。身体中の力が抜け、不思議な浮遊感に包まれていく。


 黄泉路というのはこんなものか、と思いながら、少年の意識は暗闇へと消えていった。


 ◇ ◇ ◇ 


 気がつけば少年は、古びた石畳の上で横になっていた。頬から流れていた血が乾き、敷石に張り付いてしまっている。随分と長い間、意識を失っていたらしい。


 伏せたまま周囲に目をやると、そこはどうやら相当に年季の入った建物の中であるようだった。石でできたらしい装飾の施された柱や、御影石を積みあげた壁面が見える。そのどれもが、ところどころ欠けている。


 視界には入らないが、おそらく苔の類もそこら中に生えているのだろう。湿った藻のような匂いが少年の鼻腔をくすぐる。


戦場(ユッサバ)で狂いて夢ば見るもんがおるとは聞いたが」


 自分もその一人であったか、と少年が独り言ちた時。


 足音が、聞こえた。音から察するに、駆けているのは四、五人だろうか。


 ()()()少女が、--少女というにはいささか大柄だが--、逃げているのが見えた。数人の男に、追われている。


 男どもは剣を抜き、異国の言葉で何やら少女を怒鳴りながら追走している。このままでは、じきに追いつかれるだろう。


「そん知れん奴、なんをしよっ! 女子(オナゴ)ば襲うとは、おんしら賊か、賊か?」


 こちらの問いかけに、反応はない。


 体が、動く。足先から指先まで、全身の隅々にまで活力が満ちていくのがわかる。少年はこれ以上思考することをやめた。


 そして刀を抜いて右頬の横に高々と構えると、()に向かって咆哮とともに走り出した。

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