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神と呼ばれる魔王(ケイトの話)

 森を歩いていたらポールの声が聞こえた。


「ケイト、おはよー!」

「おはよう。朝から元気ね?」

「まあね。ケイトは今日も綺麗だよー!」

「・・・」


 私とポールのいつもの会話だ。ポールは森で暮らすようになった。

 何がきっかけだったかは分からない。森に生息している植物の研究で頻繁に来ていたのだが、気付いた時には森の中に勝手に小屋を作って住んでいた。きっと、自分の家に戻るのが面倒になったのだろう。


 ポールは森で暮らす魔物たちと上手くやっていた。

 ポールは強くない。はっきり言って、私の周りにいるどの魔物よりも弱い。この森で最弱。でも、コミュニケーション能力は異常に高い。だから、魔物たちと少しずつ仲良くなっていった。


 ポールが森で暮らし始めてからしばらくした頃、人間と魔物の間でちょっとした抗争が起こった。きっかけはゴブリンが縄張りにしている地域に人間が侵入したことだったと思う。森にあった果物を採取したい人間と住処を荒らされるのを嫌がるゴブリンとの間で小競り合いが起こった。


 人間は弓矢をゴブリンの群れに放ち、その弓矢の一つが近くで植物採取をしていたポールに命中した。戦闘時の流れ弾に当たった不運な一般人だ。矢を放った人間も、ゴブリンではなく人間に当たると思っていなかっただろう。

 ゴブリンは弓矢で傷を負ったポールを私のところに運んできた。幸運にも傷は深くなかったが、私は直ぐにポールを治療した。


「ケイト、ありがとう。流れ弾に当たったみたいだ」

「重症じゃなくて良かったじゃない」

「僕って本当にドジだね・・・」

「まあ、運が悪かっただけよ」


 この戦闘でゴブリンの負傷者が数名、人間にも負傷者が数名出たのだが幸いにも死者は出ていない。


「人間はこれからも何度も何度も攻撃してくるよね?」私は傷が回復したポールに言った。


「その可能性はある。逃げていった人間は魔物に襲われたと言いふらしているだろう。そして、前回よりも大人数でやってくる」

「そうだよね。話し合いで解決することは難しいかな?」

「ある程度、戦闘が行われた後であれば、人間が話し合いに応じる可能性はあると思う。でも、『人間が戦闘しないうちに話し合いに応じるか?』と言われれば、どうだろうな?」

「そう。最低限の戦闘は必要になるのか・・・。こちらからは、あまり攻撃したくないんだけどね」

「それは分かるよ。もし、魔物が攻撃して人間が死んだら、人間は魔物を恨むようになる。そして、人間は魔物に復讐するだろう。人間の攻撃で魔物が死んだ場合も同じだ。魔物が人間に復讐する」

「復讐の連鎖だよね」

「そうだね。戦闘は一方が壊滅的な被害が出るまで続く・・・」


 戦争が始まると長期間継続してしまう。生産的なことは何もないから私は避けないと思っている。

「本当に、戦闘せずに人間に攻撃をやめさせる方法はないかな?」と私は再度ポールに聞く。ポールは少し考えてから言った。


「森の入り口に結界を張るか、バリケードを作るのはどうかな? 人間が入ってこなければ争い事は起こらないでしょ?」


「結界か。結界の中にいる魔物は安全だけど、結界に触れたらケガするから危ないよ。それに一度結界を張ってしまうと解くまで誰も出入りできなくなる」

「転移魔法で作ったゲートをどこかに設置して、結界の中と外を出入りできるようにするのはどう?」

「そのゲートを人間が使ったら?」

「人間が利用できないように、ゲートは警備するしかない。バリケードを設置するよりも人間に侵入される可能性は低くなるし、何よりも境界を明確にすることができる」

「まあ確かに・・・」


***


 私は他の種族の長とも話し合った結果、森と人間の村の間に結界を張った。結界によって人間と魔物が接触する機会が減り、両者の戦闘は大幅に減少した。

 ただ、これは人間と魔物の間に壁を作っただけで根本的な解決にはならない。私はそう考えていた。


 人間と魔物がお互いに交流すれば相互理解が生まれる。だから、私は森の外の緩衝地帯と呼べるような場所に公園を作った。公園の入り口には、次のように掲示した。


【人間と魔物の双方が利用できる公園 ― ここでは争いを禁じる。争いが起こった場合は厳正に対処する】


 人間と魔物は見た目が違うし、文化も違う。だから、人間も魔物も最初は相手が攻撃してこないか半信半疑だったと思う。でも、私が人間の言葉を魔物たちに教えたことが功を奏した。公園内で人間と魔物がコミュニケーションを取れるようになり、日常的な食糧や物資のやり取りがされるようになった。所謂、人間と魔物の間の貿易だ。


 公園での人間と魔物の交流が開始して数カ月が経った頃、ポールが「人間の子供が重症だから助けてほしい」と私のところへやってきた。


 ポールの話によれば、人間の子供が公園の遊具から落ちて大怪我をしたらしい。遊具は安全性を考慮して作られていたものの、遊具を固定している杭に子供の後頭部が直撃した。不幸な事故だったとしか言いようがない。


 たまたまポールが公園に行っていてその現場を目撃した。人間の親が揺するものの子供は意識を回復しない。このまま子供が死ぬのは可哀そうだと思って私に頼んだ。

 交流の場所である公園で子供が死ぬと、人間と魔物の関係性が悪化するかもしれない。そう考えた私はポールと一緒に公園に向かった。

 私たちが公園に駆けつけたら、辛うじて人間の子供は息をしていた。


―― よかった。まだ助けられる!


 私は子供に駆け寄って回復魔法をかけた。すると、子供の後頭部の傷は一瞬で完治した。

 しばらく様子を見ていると、子供は意識を取り戻した。


「助かってよかったね」と言うポールと私がその場を去ろうとすると、瀕死の重傷だった子供の親は私に「ありがとうございます!」と涙ながらに礼を言った。

 その場にいたほとんどの人間は『もう子供は助からない』と思っていたのだろう。信じられないことが起きたような目で私を見ている。

 そして、その場にいた一人がこう言った。


「奇跡だ! 神よ!」


 驚いた私は「私は神じゃないわよ。とにかく、気を付けて遊ぶのよ!」と言って、転移魔法で森に戻った。


「消えた!?」

 人々は目の前で起こった現象に困惑を隠せない。


 私が公園を立ち去った後、人間は魔物に私のことをしつこく質問したようだ。公園にいた魔物は、私が魔物の王であること、私は不思議な力を使えること、などを簡潔に人間に説明した。

 人間が特に興味を持ったのは私の力についてだ。この世界には魔法を使える者がほとんどいない。人間の中にもいるにはいるのだが、この世界でも数名だ。だから、実際に魔法を見たことがある人間はほんどいない。


 公園で子供のケガを治した直後から、私のところに助けを人間が求めて頻繁にやってくるようになった。

 ケガを治してほしい、病気を治してほしい、日照り続きなので雨を降らせてほしいなど、依頼内容は様々だった。私は魔物と人間の交流のために、助けを求めてきた人間の頼みを可能な限り聞いた。

 しばらくすると、私のところに訪ねてくる人間たちは私のことをこう呼ぶようになった。


「神よ!」


 私の存在や力はあっという間に人間に広まり、私は人間たちの崇拝の対象となった。


***


「まずかったかな?」とポールが私に聞く。


「私が人間に神と呼ばれること?」

「そう、僕が余計なことしたから・・・」

「別にいいわよ、魔王よりはマシでしょ」

「そうだね」


 その時の私とポールは『人助けができて良かった!』くらいの感覚だった。

 でも、後になって思い返せば、人間との関係がおかしくなってきたのはこの時期からだったと思う。


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