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謝罪

「ごめんなさい。槙原君!」


 昼休みが終わりの予鈴が鳴る中、人気のない廊下で、俺は軽井沢さんに謝罪をされた。

 一体、何に対する謝罪なんだろうか。

 諸々か?

 ……諸々か。


 まあ、あれくらいのこと、別に構いやしない。

 ただ、そう言ってももしかしたらやせ我慢に聞こえるかもしれないなあ、と思った。


「まあ、そういう日もあるよね」


 だから、適当にはぐらかすことにした。

 今回は運がなかったね。これは仕方ない。割り切っちゃおう、と、承認欲求高めな不謹慎野郎が好きそうな考えから言った。


「……でも、あたしが連れてきた人のせいで、傷つけてしまった」


「え、なんのこと?」


「ブサイクだって……罵らせてしまった」


「あー、まあ事実だし、気にしてないよ」


 クラスメイトにキレのある自虐ネタをかちこみまくった結果、身体的悪口ならノーダメージになってしまった。

 身体的以外の悪口は大ダメージだよ?

 ひもじそう、とか、将来乞食してそう、とか。あれは泣きそうになったなあ……。


「少しは怒ってください」


 そう言って、口調を荒らげたのは、軽井沢さんだった。

 彼女からしたら、罪悪感から責めてほしいのかもしれない。彼を俺がいる場に招き入れてしまったのは、どんな形であれ彼女。

 もし、彼女が彼を引き連れて来なかったとしたら……あの暴言はなかっただろう。


 まあでも、それはただの結果論でしかない。

 それをとやかく言うのは、失敗するなって言うのと一緒だし、彼女を怒る理由にはならない。


「まあ、一つ文句を言うのなら、恋人だって騙るのはやめてほしかったな」


「……ごめんなさい」


 さっきまでの威勢はどこへやら。途端に萎縮した軽井沢さんに、俺は首を傾げた。

 え、そこまで凹む? 怒ってほしそうだったのに。


 とそこまで考えて気付いた。

 これだと根底に、俺が彼女と恋仲になるのが嫌みたいに思っていると捉えられるではないか。


 恐らく、彼女はそう捉えてしまったのだ。


「いや、違うからね? そういう意味じゃない。……ただ、嘘は付く必要なかったよねって言いたかっただけ」


「ごめんなさい。ああ言った方が、諦めてくれるかなって咄嗟に……」


「咄嗟でも、嘘を付くのは良くないよ」


 さっきお昼は食べたと、軽井沢さんに嘘を付いたことを棚にあげて、俺は続けた。


「特に、叱責する立場にいる時に、嘘はいけない。後々それがバレた時、言葉に詰まることもあるかもしれない。向こうがそれをネタに強気に出てきた時、立場が逆転して、押し通される理由になるかもしれない」


 つまり、弱味を握られないように、嘘はやめましょうって話だ。


「適当に笑って立ち去るのを待つのじゃ、駄目だったの?」


 試しに、俺の常套手段をあの場のスムーズな対応策として提案してみた。


「……嫌でした」


「どうして?」


「だって、槙原君と二人きりでいれる時間、減るから……」


 ……それやめろ。何も言えなくなるだろ。


「……まあ、トラブルを防ぎたいなら、誰かを傷つけたくないと思うなら、やっぱりそういう処世術は覚えた方がいいよ。適当にやり過ごすのも一つ。誰かに仲裁や助けを求めるのも一つ。ちなみにあの場で俺は役に立たなかった。つまり実質、選択肢は適当にやり過ごすの一つしかなかった」


「……もう。なんですか、それ」


 落ち込んでいた軽井沢さんだが、ようやくふふっと笑みを見せた。

 

「優しいんですね、槙原君は」


 今の情けない話を聞いて、優しいと思えるの?

 そう言いかけたが、それを言った時の答えはなんとなくわかってしまった。


 まだ、軽井沢さんと関わって一日も経たないが、彼女は酷く……俺に、妄信的だ。一瞬、邪な感情に囚われそうになるくらい、妄信的で愚直だ。

 だから、そんなことを尋ねたが最後、俺はまた照れさせられるのだ。


「そうだよねー。わかる人にはわかると思ったよ」


 同じ轍は踏まない。

 俺はドヤ顔で、はぐらかすように適当なことを言った。

 

「はいっ! わかります! ……槙原君は、優しくて、格好いいです!」


 どっちにせよ、カウンター食らったわ。

 本当に……この生真面目さは、やりづらくてたまらない。


 本鈴が鳴る直前、俺と軽井沢さんは互いの教室に戻った。

 放課後、彼女はまた俺の元に姿を見せた。

 まだ何かあったか。と思ったら、入部届を持参された。そう言えばさっき、色々あって文芸部に入ると約束させられたのだった。


「よろしくお願いします! 槙原君!」


 大層嬉しそうに、軽井沢さんは笑っていた。

 その顔には、俺が同じ部活に入ってくれて嬉しい。そう書かれていた。


 ……まあ、これまで面倒そうだから部活に入って来なかった俺だが、俺の入部一つで彼女がここまで喜んでくれるのなら、入って良かったかな、と少し思った。


 そうして、文芸部に入部して、部長である軽井沢さんと二人で放課後を過ごすようになって、一週間が過ぎた。


「ねえちょっと、槙原君って誰!?」


 昼休み前のやる気の伴わない時間だった。

 教室に、一人の来訪者がやってきたのは。


 敵対心むき出しの少女が呼びつけた男は、まごうことなき俺。


 名も知らない少女の登場に、俺は自席で困惑するしか出来なかった。

 彼女の知り合いのクラスメイトが、扉の前で俺を指差していた。


 ドスドス、と音が聞こえるくらい、怒った様子の少女は俺の元へ歩み寄ってきた。


 胸ぐらを掴まれそうなくらい、敵意を孕んだ視線だった。


「どちら様でしょうか?」


 とりあえず尋ねることにした。ただ、俺の尋ね事に答えてくれる様子はない。


「あんたか! 水原君の彼女寝取ったって奴は!」


 それどころか、少女は大声でそんなことを宣い出した。

 教室で叫ばれた結果、クラスメイトから俺は酷く白い目をされるのだった。

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