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琴線

 色々と思ったことはあったが、とりあえず一番今思っていることは、なんで俺、この居た堪れない現場にいるんだろう、ということだった。

 美男美女の喧嘩。

 それはとても絵になるが、絵だからこそ魅力的なのであって、こんな至近距離で見るとただただ辛い。だって、これ間違いなく飛び火するだろうもの。


 ……それにしても、触らないで、とは、一日満たない少ししか知らない軽井沢さんだが、ここまでの物腰と違い、中々強い言葉を使う。

 相当、彼氏君に積もる感情があるらしい。


 そう言えばさっき軽井沢さんは、言い寄られている人がいることを匂わせて、かつその人に下心があってきついみたいなことを言っていた。

 なるほど。合点がいった。


 つまり、あの彼氏君が軽井沢さんの言う下心のある言い寄る人なのだろう。

 だとしたら、触られることさえ拒みたくなる、その気持ちはわからなくもない。


「軽井沢さん、そちらの人は……?」


 軽井沢さんに拒絶されたが、まだ居座る根気のある彼氏君は俺を見ながら尋ねてきた。

 彼のこと、俺はあまり知らないが、何だかチラリとこちらを見る時、鼻で笑われた気がした。


「誰だっていいじゃないですか」


「いいじゃない。少しくらい。……駄目?」


 ……優しい言葉を使うが、中々引き下がらない男だ。

 あれだけ明確な拒絶をされたのだから、あまり頑なだと余計イメージ悪くするだけだと思うんだけど。


 ほうら、軽井沢さんが敵意ある瞳で、彼氏君を睨んだぞ。

 怖い怖い。


 何が怖いって、これ恐らく俺に飛び火する展開だって、容易に想像がつくからだ。


「あたしの恋人です……っ!」


 おい、盛るな。

 口に出して言いそうになったが、軽井沢さんと敵対し、この男側に付く理由がないので、俺は黙っていることにした。


 彼氏君は、呆気に取られたように目をパチクリさせていた。


「え、この人が……?」


 信じられない。

 とてもそうは思えない。


 彼氏君の口から漏れ出た言葉は、言外にそういう意図が多分に含まれていた。


「どういう意味ですか?」


 そんな言い方をすればどうなるか。少し考えればわかりそうなものだが……彼はそこに考えが至らなかったようだ。

 それはつまり、俺と軽井沢さんが恋仲であるということを、あまりに非現実だと捉えた、ということだ。


 当然、そんな言い方をすれば、軽井沢さんの琴線に触れるに決まっている。

 ある意味、軽井沢さんが理由を尋ねた理由は、彼氏君に対する最後通告なんだろう。


 ……仮に俺が今、彼氏君の立場にいるなら、ごめんと謝って釈明して、尻尾を撒いて逃げるだろう。

 いやそもそも、意中の人であれ昼休みの間に追い回すようなことはしないし、接触を試みようとも思わないし、仮に接触したとて怒らせた時点で半泣きで逃亡する。


 今、まだここに立っていられる時点で、彼氏君の胆力には感嘆するばかりだ。

 でも、もう失敗は許されないぞ。

 ……頼むぞ。


 面倒事に、これ以上巻き込まないでくれ……!


「いやだって、二人は明らかに釣り合ってないよ!」


 そりゃ悪手じゃろ、彼氏君。

 

 彼氏君の発言に、この場で頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。

 対面に座る軽井沢さんの手は、プルプルと震えていた。


「あなたに何がわかるんですかっ!」


 ……昨日から、彼女は俺に相当な物言いをされたはず。怒りを見せる場面もしばし遭った。ただ、あの時は怒っていながら、まだセーブしていたんだな、というのが今わかった。

 火山が噴火でもしたかのような迫力で怒った軽井沢さんに、俺も、彼氏君も、驚愕していた。呆気に取られてしまったのだ。


「二人が釣り合わない? そんな発言が出る時点で、他人を品定めしている時点で、あなたは見下しているんです! あたしだけじゃない! 彼も! あなたは、あたし達を見下しているからそんな発言が出来るんです! そんな上から目線で見ている人に、あたしがなびくと思いますか!? 不快じゃないと、思いますかっ!??」


 素で見下される、か。

 それが常時続くのであれば、確かにまあ、関わり合いになりたくないと思うのが普通か。


 それでいて彼氏君、下心もあるって言うのなら……まあ、顔が良い分近づいてくる人は多数いるかもしれない。ただ、見誤ったんだろう。

 軽井沢さんも、彼に付いてきてくれる人種だと、彼氏君は見誤ったのだ。


 ……今更だけど、彼のこと彼氏君と呼んでいるけど、彼は軽井沢さんの彼氏ではないのだから、この表現って正しくないわ。


「行きましょう、槙原君!」


「うおおっ」


 立ち上がった軽井沢さんに強引に手を引かれ、俺は教室の扉の方へと歩き出させられた。

 あまりに強引すぎて転びそうになったが、怒りのあまり気付いていないのか、軽井沢さんは俺を気遣う様子はなかった。


「……見る目ないよ」


 彼の隣を通り過ぎる時、小さな彼の声が聞こえた。


「見る目ないよ、軽井沢さん。そんなブサイク! 絶対、釣り合ってない。間違っている! 間違っているよ!」


 また癇に障りそうなこと言っている。

 もうやめてくれ。これ以上、俺を巻き込まないでくれ。


 ただ、彼に背を向けた軽井沢さんはそれ以上、彼に返事をする気はないようだった。

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