塩顔
まだ少しのきまずさはあるものの、ご飯を食べているおかげもあってか、会話もそこそこに弾んでお昼休みの時間は過ぎていく。
思えば、俺達は出会ってまだ一日も経っていないんだよな。そりゃあ、探り探りな会話になる分、きまずい雰囲気を感じるのは当たり前か。
「それじゃあ、槙原君は何かしたいこと、ありますか?」
どんな話の流れでこうなったかは覚えていない。
ただ、軽井沢さんは大層楽しそうにそんなことを俺に尋ねてきた。
「一人旅がしたい」
「一人旅、ですか?」
「うん。一人で電車に乗って、そのまま揺られるがまま、思うがままに旅をしたい。そして、もうここに帰って来たくない」
遠くを見ながら俺は言った。
大学受験、就職、ブラック企業。今はまだ良いが、今後の人生を思うと希望は何もない。
「そ、そんな悲しいこと言わないでください」
仲間内なら笑ってくれそうなブラックジョークだが、軽井沢さんは慌てふためくばかりだった。
「ごめん。ジョークのつもりで言ったから、あまり真に受けないで」
まあ、三割はジョーク。
「もう、あまり人をからかわないでください」
からかうつもりは三割くらいしかなかったのだが、まあ良いだろう。
「ごめんごめん」
もう一度、俺は謝った。そろそろ話を逸らそうと思った。
「それで、軽井沢さんは何かしたいことあるの?」
「そうですね。槙原君と付き合うことです!」
「あまり人をからかうことを言わないでください」
心臓がドキドキしたが、さっきのお返しとばかりに即答した。
「からかってません。本気です!」
しかし、また彼女は怒った。
プリプリと可愛らしく怒る人だ。ただ、本気だからこそ、はぐらかされたら怒るわけか。
まあ、それは当然の話か。
いつぞやからか、あまり他人に自分の本心を吐露することがなくなった。それは何故だろうか。多分、恥ずかしいと思うようになったからだ。
大人になればなるほど、多分人って自分の本心を口にすることがなくなると思う。
我慢して、割り切って、そして老いて死んでいくのだ。
なにそれ、地獄かな?
まあそれはともかく、実に不思議だ。
何が不思議って、それは軽井沢さんの態度。
一体、俺のどこにそこまで彼女を惹き付ける要素があったのか。
だって俺、若干肥満児のブサイクだぞ? 自分で言ってて悲しくなってくるけど。
彼女程の美人なら、それこそ男なんてよりどりみどりだろう。
イケメン。
資産家。
政治家。
石油王。
そんな満漢全席なら、なんでこんなゲテモノを選ぶのか。
「君は本当、変わり者だね」
色々すっ飛ばして、しみじみと俺は言った。
どういう意味? そう言いたげに、軽井沢さんは可愛らしく小首を傾げた。
「いや、君可愛いじゃん」
「か、かかか……」
顔を真っ赤にしてフリーズしちゃったよ。
「……か、からかわないでください」
「からかってません。本気です」
話が進まないのでツッコミは受け付けず、俺は話を続けた。
「君程に可愛い子なら、今も言い寄られたりしてるんじゃないの?」
「……それは」
「いるんかい」
目を逸した軽井沢さんに、俺が思わずツッコんでしまった。
「なら、余計に不思議だ。本当、その人じゃ駄目なのかい」
「……下心が、見え透いているんです」
ほう。
「それは嫌かも」
「そうでしょ? ……正直、気持ちが悪いです」
「それは言い過ぎだ」
その人だって、本心は下心ありきで軽井沢さんに迫っているわけではないのかもしれない。
意中の人と話すあまり、ただ性欲が爆発してしまうだけかもしれないじゃないか。
それなのにそんな言い方、可哀想だ。
……まあ、会ったことないからこそ言えるんですけど!
「それに、俺だって君に下心を持って接しているかも知れないだろ?」
「そうなんですか?」
「いやぁ、ないよ」
……どっちにせよ酷い言い草だった。
「……少しくらい、持ってください」
軽井沢さんは、また怒っていた。
これは何を言ってもまた怒らせるやつだと思って、俺は黙った。
「何か言ってくださいよぉ!」
ただ、黙っていても怒らせるやつだった。
後、俺に出来ることは、平謝りだけだった。
しばらく、彼女のご機嫌を伺いながら謝罪を続けた。
何という地獄の時間か。
一体、誰のせいでこうなったと言うんだ。
……あ、俺だった。
じゃあ仕方ない。誠心誠意、謝るしかない。
「ごめん。本当ごめん。マジごめん」
彼女に早く機嫌を直してもらいたくて、俺は必死に謝った。
そんな時だった。
「軽井沢さん。こんにちは」
文芸部の部室である社会科教室に、来訪者がやってきたのだ。
尋ね人は、どうやら軽井沢さんらしい。
性別は男。
身長は一七五センチくらいか。
体重は……六〇キロくらい?
スラッとしたモデル体型の……BMIは約十九の男だった。
顔は、昨今流行りの塩顔イケメン。
……そんな人が、軽井沢さんに会うため、ここにやってきた。
……彼氏じゃん。
美人と美男子。
そんな二人が昼休み、同じ教室で二人きり。
……彼氏じゃん。
「探したよ、こんなところにいたんだ」
彼氏じゃん。
美人を探すイケメンなんて、まごうことなき彼氏じゃん……。
彼氏は一瞬、俺の方をチラリと見た。
何こいつ。そんなことを言いたげな敵意しかこもっていない視線だった。
彼氏は、軽井沢さんの方に向き直った。
顔は、満面の笑みにクルッと豹変したのだった。
「軽井沢さん、もうお昼食べちゃった? 俺、まだなんだよね、ここで良い?」
……俺、おじゃま虫かな?
空気の読めるブサイクである俺は、この場からさっさと退散した方が良さそうだ。
当て馬にされた感が否めないが、これも人生経験と思って笑い話に昇華しよう。
「帰ってください」
軽井沢さんは言った。
言われずとも、そうします。
「あたし、あなたとお昼食べたくないです。だから、帰ってください」
……ん?
さすがの俺も、様子がおかしいことに気がついた。
見ると、軽井沢さんは彼氏を睨みつけていた。
「……どうして? 良いじゃないか、お昼ご飯くらい」
そーっと、彼氏は軽井沢さんに手を伸ばした。
パチン。
彼氏の手は、軽井沢さんにより弾かれた。
「触らないで!」
それは、軽井沢さんの本気の拒絶。
……あれ?
もしかして君、彼氏じゃないの?
彼氏って呼ばれているのに、彼氏じゃないの?
……誰だよ。
誰だよ!
彼氏のこと、軽井沢さんの彼氏って言ったの!
……俺じゃん。
BW時代から使い続けたカイリューの全盛期が今来ているのは嬉しい限り。渦アンコ飽きたから鉢巻飛行テラバを使いたい。
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