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美味

「槙原君、こっちです」


 快活に、楽しそうに、軽井沢さんは俺を先導していく。向かっていく場所は、一階にある食堂とは真逆。階段を登っていく方向だった。

 昼休みが始まったばかりの時間のせいか、皆が階段を下る中、俺と彼女は一歩一歩、階段を登っていく。


 その際、階段ですれ違った人達に時折好奇な目で見られていた気がする。

 まあ、そんなことを気にする程、俺は子供じみた人間ではない。まっすぐな好意には日和るけど!


「ここです!」


 軽井沢さんが案内してくれた場所は、四階の最果て教室。一段と広いこの教室は、社会科教室。まあ、社会科教室を名乗っているものの、この学校に入学して半年くらい。この教室を授業で利用した試しは一度もない。

 どちらかと言えば、模試とか、学年集会とか、そういう時に用いられることが多い。学年集会の際は、格技場よりも椅子がある分、社会科教室でやることになった時などは生徒達のウケが良い。


「勝手に入っていいの?」


「大丈夫です。あたし、文芸部なので」


「文芸部の部室なんだ」


「はいっ!」


 ならば、納得だ。

 ただ、不思議なものだ。文芸部の活動内容は、本を読むことやそれの感想文を書いたり、その本の良さを周りに伝えたり。

 何が言いたいかって、こんなだだっ広い教室を占有する必要のない部活だよねってことだ。


「ふふふ。今の槙原君の考えていること、わかりますよ」


「そうなの?」


「はい。文芸部がこの部室をもらえている理由は、この学校内でもある程度の実績を持っているからなんです」


「なるほど。この学校、実績至上主義だったのか」


「はいっ! ……ただ」


 ただ……?


「実は今、文芸部の部員、あたし一人だけなんです」


 この広い教室に一人。

 ……教員はよく、他の部活にこの教室を明け渡さないな。


「そこで、槙原君!」


「えー……」


「なんで、もう嫌そうな顔をするんですか?」


「いや、この流れ、入部してってことでしょ?」


「さすが槙原君! なんでもお見通しですね!」

 

 恐ろしく強引なヨイショ。

 俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。


「でも槙原君、部活動に所属してないですよね?」


「そうだね」

 

「なら、大丈夫ですね」


「うん。そうだね。やる気が伴えば」


 口をへの字にして、抗議の視線を送るのは、軽井沢さん。

 だって、仕方ないじゃないか。


 本気の好意を持たれている相手とこの教室で放課後毎日二人きりなんて、死ぬぞ? 俺。


「頼みますよぉ、槙原君」


「無理なものは無理」


 ぶー、と、軽井沢さんは頬を膨らませた。


「……そんなに、あたしと一緒にいたくないですか?」


「ん?」


「……あたしのこと、嫌いですか?」


 しばらくの抗議の末、軽井沢さんは項垂れた。今にも泣きそうな声だった。


 あわあわしたのは、俺。


「いや、別にそういうわけでは……」


「じゃあ、いいじゃないですかっ!」


 グイッと顔を近づけた軽井沢さんに、俺は臆した。近い。近いから……。

 緊張して、口から五臓六腑が飛び出しそう。


「……わ、わかった。わかったから」


「入ってくれるんですね!」


「入る。入るよ……」


 いつもなら適当にはぐらかして逃げるところなのに、本当に、この子の前だとそれが全然出来ない。逃げ場を塞ぐようにゴリ押ししてくるから、曖昧な言葉ばかりを口にする俺は、すぐに追い込まれてしまうのだ。


 ……本当に、調子が狂う。


「あっ、お昼ごはん食べましょうか」


「そうだね」


 文芸部への入部を口約束させられ項垂れながら、俺は彼女の促す椅子に腰を落とした。


「ふふっ」


 何だか魅惑な笑みを見せたのは、軽井沢さんだった。


「広い密室の教室に、二人きりですね」


「扉開いてるから密室じゃないよ?」


 はぐらかすように言うと、軽井沢さんは再び頬を膨らませた。なんでわざわざ挑発的なことを言うのか。


「わーっ、槙原君のお弁当、美味しそうですね」


「ありがとう。君のお弁当も、美味しそうだね」


「いえいえ。実は、今日はあたし、自分でお弁当作ってきたんです」


「そうなの? じゃあ、俺と同じだ」


「エヘヘ。……え?」


 軽井沢さんは、オーバーリアクションに立ち上がった。


「槙原君、お料理出来るんですか?」


「出来るよ、程々にね」


 軽井沢さんは、自分のお弁当と俺の弁当を数度見比べた。

 そして、また膨れた。


「あたしより、お上手ですね」


 ……これは、謙遜した方が良いのだろうか?

 いつもならイキり散らすんだけど……。


「そんなことあるかもしれないし、ないかもしれない」


「どっちです?」


 どっちでしょう。

 俺も、わからない。


 彼女との交友を始めて一日を少し満たさないくらい。


 俺はまだ、彼女とのコミュニケーションの正解がわからない。


「お弁当、交換しましょ?」


 軽井沢さんは提案した。


「いいよ。じゃあ……卵焼きもらえる? 唐揚げあげるよ」


「えっ」


「え?」


「唐揚げと卵焼きって、釣り合ってないです」


「どっちも鳥だよ?」


「生物基準で考えないでください。……まあ、槙原君がそれで、いいのなら」


 卵焼きはシンプルな料理故、料理の得手不得手がはっきりと出やすい食べ物である。

 つまり、これを食べれば軽井沢さんの料理の腕前はおおよそわかる。


 俺は、卵焼きを口に含んで、咀嚼した。


「……どうですか?」


 心配そうに俺を上目遣いで見上げるのは軽井沢さん。


「うん。美味しい」


 普通に上手い。

 もう一個もらいたいレベル。


 パーっと、軽井沢さんの顔が晴れた。

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