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翌朝

 数度に及んだ嘘告白の末にされた本気の告白。その告白結果を、俺は無下にした。その日の晩は、告白されたことに対する興奮か。はたまた、その告白を無下にした罪悪感か。とにかく、中々寝付くことが出来なかった。

 翌朝、大あくびをかましながら、俺は学校に向かった。


「おはよう、槙原君」


「あ、おはよう。果歩ちゃん」


 通学路、俺は同じクラスの果歩ちゃんと会った。

 彼女は、最近された最後の嘘告白、恵美ちゃん事件の時に、恵美ちゃんの傍らにいた少女である。口数が多い子ではないが、どっかの誰かにも負けずとも劣らない美貌の持ち主で、口数はあまり多くないがミステリアスな雰囲気を持った人である。

 朝、彼女の朝練がない日は、通学に利用する電車の時間が俺達は被っている。故に、学校最寄り駅を降りると、こうして喋りながら学校へ向かうこともしばしば。


「大丈夫?」


 そんなそれなりの関係を築けている彼女は、何やら心配そうな顔で俺を見ていた。


「え、何が?」


「何だか、目の下の隈が凄いから」


「……あー」


 心当たりのある話に、俺はわかりやすく目を逸した。

 そんな俺を見て、果歩ちゃんは何だか楽しそうにニヤニヤしていた。


「いけないんだ、槙原君」


「何が?」


「昨日の夜、随分と楽しんだんじゃないの?」


「反応し辛いこと言わないでくれる?」


 朝だからか、いつものような冗舌は出てこない。代わりに、うんざり顔で果歩ちゃんに言ってあげた。

 アハハ、と果歩ちゃんはいたずらっ子のように笑っていた。そう無邪気に笑われると、毒気が抜ける。


「そういう理由じゃないなら、なんで寝れなかったんだろう。……悩み事とか?」


「惜しい!」


 そう言っておけばはぐらかせるかなあと思って、俺は言った。


「正解かー」


 なんでわかるねん。エスパーか?


「一体、どんな悩み事かなあ」


 俺を無視して、果歩ちゃんは一人頭を捻っていた。こうなると彼女は、もう止まらない。答えを導くか聞き出すまでは、絶対に引かないだろう。

 朝から面倒なことになったなー。


 元がお気楽な性格だから、そこまで深くは受け止めなかったが、少し辟易としたことは間違いなかった。


「あっ、嘘告白の件かな?」

 

「……それは多少、あるかもね」


「皆も酷いこと考えるよね」


 この言い振りから見て、なんとなくあの嘘告白に対する果歩ちゃんの立ち位置を理解させられた。

 彼女のクラス内での立ち位置は、上位に君臨するだろうが、さすがに他の女子に徒党を組まれたら太刀打ちが出来ない、ということだろうか。


 今更ながら、嘘告白をされる度、果歩ちゃんはグループに必ず混じっているものの、彼女に嘘告白をされた試しは一度もなかった。

 否定的な今の言い振りから考えると、彼女もまたあの行いにうんざりしている一人なのかもしれない。


「あれでも、最近はあの嘘告白も行われてないよね」


「そうだね」


 と言っても、ほんの一週間程度の話だが。

 まあ、この期間が心の安寧の期間になったことは、また事実。


「それじゃあ、違うかー」


「……そんなに俺の悩み事を考えるの、楽しい?」


「うん。楽しいよ」


 ふふっと、果歩ちゃんは笑った。


「だって槙原君、いつも笑っているから。憂いなんてなさそうな人が一体どんなことで悩んでいるか、興味あるじゃん」


「なるほど」


「納得するんだ」


 果歩ちゃんは一層笑った。

 まあ、我ながら大概のことは笑って済ませられるし、いくら凹んでも三歩歩けば立ち直れるし。


 そんな俺が一晩中悩む、というのは、確かに結構珍しい。


「……新しい友達が出来たんだ」


 隙あらばの精神で、俺は切り出した。


「へえ……?」


 なんとも言えない顔で、果歩ちゃんは首を傾げていた。それが一体、どう悩みに繋がるのか。彼女にはまだ検討が付いていないらしい。


「でも、いきなりやらかしちゃってさ」


 告白されたことは言えないから、何だか少し的を得ない話になってしまった。


「……それは、酷いことを言ったってこと」


「それだ。いやあ、頭良いね、果歩ちゃん」


「学年一位の君には劣るよ」


 学力なんて、なんの足しにもなりはしないよ。ただ、俺が言うと皮肉めいて聞こえると思ったからそれは言わなかった。


「いやあ、それほでもあるよ?」


 だから、とりあえずおどけておいた。こういう時は下手に謙遜するより、おどけて自惚れた風を演じた方がウケがいいのだ。仮に、後々学年一位の座から失墜したとて、これで笑い話にも昇華できるって寸法だ。


「とにかく、そんなわけで酷いことを言ってしまって……。少し、きまずいってわけだね。うん」


「……へえ」


 少し、果歩ちゃんの声が冷たくなった気がした。


「その子ってさ、同じクラス?」


「うん?」


 果歩ちゃんの方を見ると、彼女の視線は少し鋭かった。


「ううん。隣のクラス、と言っていた」


「へえ」


 何だか少し、俺は居た堪れない気持ちになっていた。


「ねえ槙原君、今度その子、紹介してよ」


「え?」


 どうして、と聞こうと思ったが、ニコニコ微笑む果歩ちゃんは何故か圧が強くて、俺は黙って頷いた。

 眠気は未だ収まる気配はないが、背筋が少し冷たくなったおかげで、僅かな緊張感を抱きながら俺は学校へと足を進めた。


 そこからの果歩ちゃんとの会話は、取り留めのない会話ばかりだった。


 彼女が、今度勉強教えてよと言えば、俺はいいよと言ったし。

 彼女が、今度参考書を買いたいから一緒に本屋に付いてきてと言えば、俺はいいよと言ったし。


 とにかく、おおよその願い事は拒絶せず、受け入れた。

 何事も、フランクに他人に合わせる。願い事は金銭が絡まない程度には大体受け入れる。

 これが、陽気な陰キャのスタイルである。

 まあ、友達と遊ぶこと自体は楽しくないことはないし、嫌でやっているわけではない。


 いつも通りのスタイルを貫いていると、ようやく学校の校門が見えてきた。


「槙原君っ!」


 そして、校門に着いて気づいたが、そこには一人、待ち人がいた。

 その人は他でもない……さっき、陽気な陰キャは大体のことを受け入れる、と言ったのに、昨日願い事を拒んだ人。

 

 つまり、今、一番会いたくない人。


「げ」


「なんですか、そのぞんざいな返事は」


 軽井沢さんはぷりぷり怒った。

 また怒らせてしまった。ただこれは仕方ない。俺が悪い。弁明の余地がないくらい、俺が悪い。


「ごめん。……おはよう、軽井沢さん」


「おはようございます。槙原君」


 丁寧な会釈。

 端正な顔立ちも相まって、その姿はとても気品に満ちていた。


「……こんなところで、どうしたの?」


「待ってたんです」


「誰を?」


「槙原君を」


「え」


 どうして?

 そう言うまでもなく、笑顔の彼女は俺に解を与えてくれる気らしい。


「友達、なので」


 普通、友達を校門前で待ったりするだろうか。

 要は、今の発言に、軽井沢さんが友達以上の何かを俺に求めている気がして、俺は不服にも頬を染めてしまうのだった。


「……ねえ、槙原君」


 そんな照れる俺に冷たい声を浴びせたのは、隣を歩いていた果歩ちゃんだった。


「この子が、さっき言ってた友達?」


「……うん」


 誤魔化すことは、彼女の纏う迫力に気圧されて出来なかった。


「そっか。……軽井沢さんだよね、隣のクラスの」


「はい。田中果歩さんですよね。槙原君と同じクラスの」


「うん。よろしくね」


「はい。よろしくお願いします」


 ……後になって思うと、この時二人は、目線でバチバチと火花を散らしていたが……件の軽井沢さんのサプライズ登場で余裕のなかった俺は、そのことに気付くことは出来なかった。

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