二度
しばらくして起きてきた両親に、俺は軽井沢さんとの関係を根掘り葉掘り尋ねられることとなった。その時の両親の顔といったら、完全に息子を茶化そうとするそんな顔だった。
酷いもんだ。
実の息子のことだから、彼らはとっくに気付いていたのだろう。
うわっ、俺達の息子、モテなさすぎ……?
昔、ネットに貼られていたバナー広告を彷彿とされるそんなことを、彼らは思っていたに違いない。
そんな両親に、俺は得意げに言ってやったのだ。
彼女は真那の友達。俺ではなく真那と遊ぶために家にやってきた。連想しただろう俺との交際関係はない。そもそも、俺に女友達が一人出来たとして、それで俺のモテ期が来たかと言えばそんなことはない。俺はモテない。それだけははっきりしてる。
圧倒的事実……!
嘘偽りない、まごうことなき事実!
両親は項垂れた。
息子から告げられた目を逸したい事実に直面し、朝から言葉を失ったのだ。
軽井沢さんは、俺から告げた事実に少し怒っていた。
事実を伝えたのに、怒るのは一体何故……?
名探偵でも解けそうもないミステリーである。もしかしたら、氷点下の中、限られた時間で氷橋を作るくらいの無理難題かもしれない。
それでも犯人はそれをやり遂げたんだから、すげえよ……。本当、マジ、すげえよ……。
そんなわけで、あの場で唯一人浮かれず事態を客観視出来ていた俺は居た堪れなくなり、少し早めに病院へと向かうことにした。
病院にたどり着くと、俺は項垂れていた。
朝から非日常的な事態に何度も遭遇したせいで、すっかり忘れていたのだ。
そう言えば俺、痛いの苦手って設定だった。
どうしよう。
今日も聞かれるのかな。
槙原君の泣いてる顔唆るから、ちょっと痛い風にするねって言われるのかな。
これ、パワハラだと思うんだよねー?
まあ、先生の治療のおかげで予定よりも早く通院終わらせられそうだし、文句も言いづらいのだが。
今、俺の前には二つの選択肢があるわけだ。
一つは、すごく痛いのを我慢して早く怪我を治すか。
もう一つは、そこそこ痛いのを我慢して予定通り怪我を治すか。
そしてもう一つの選択肢は、痛いのから逃げるか。
うん。
最後のにしよう。
そんなことを考えていると、丁度院内放送で診察室に入るように呼ばれた。
渋々、俺は三十分くらい、痛いのを我慢するんだった。
半べそを掻きながら、俺は診察室を後にした。
「あれ」
診察室前の待機椅子の前で、聞き覚えのある声がした。
見れば、そこにいたのは鈴原さん。
そう言えば彼女、俺と通院の日付が被っていたっけ?
「こんにちは、鈴原さん」
「こんにちは。真桑君」
「はい、真桑です」
「こっちから振って何だけど、違うでしょ」
自分から偽名を名乗ってそれをいじられたのだから、やめてとは言えない。いじられるのは自業自得。だから俺は、槇原だけでなく真桑も名乗って生きていく。
しかし、それを良しとしなかったのは鈴原さんだった。
「こんにちは、槙原君」
もう一度、鈴原さんは挨拶をしてくれた。
「これから診察ですか?」
「うん。診察室の外にも、悲鳴が聞こえたよ?」
「今日の平井さん、とても機嫌が良いみたいです」
「あらら、それはあたしも心配だ」
平井さんとは、この前俺の頭を叩いてきた医師である。
「ねえ槙原君、診察後に少し時間ある?」
時間?
……時間があるかと言われれば、家に待たせている人もいるのでないのだが、まあ、あるか。
「はい。大丈夫です」
「なんか少し間があったね」
「気のせいではないですよ」
「気のせいではないんだ。……日を改めた方がいい?」
「いえ、まったく大丈夫です」
「そう……? じゃあ、また待っててくれる?」
「わかりました。タイタニックに乗った気持ちでいてください!」
「それ、豪華客船だけど沈むから。欠陥だから」
呆れた様子の鈴原さんだったが、まもなく診察室に呼ばれて、治療へ向かった。
お会計を済ませた俺は、しばらく鈴原さんを待つことにした。