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友達

 返事を待つ軽井沢さんの瞳は潤んでいた。ただ、誰かの責任の強要のおかげで、少し気分は落ち着いていた。

 

「君のファーストキスを奪ってしまったところ悪いんだけど、その……いきなりこんな形となると、まだ何も言えないのが本音だよ」


 彼女の思いは、暴走した彼女のおかげで疑う余地はなくなった。

 だけど、だからと言って、彼女の望む責任を俺が取るかと言ったらそれは別の話。


「俺は、君のこと……全然、まだ何も知らないから」


 嘘告白は嘘告白で胸が痛いが、告白を断るのもまた、胸が痛い。

 いつもなら適当に茶化してはぐらかしそうなものだが、相手の本気を前にすると、それも出来ない。


 いつもの自分のペース通りに話せないからか、気持ちが悪い。


 しどろもどろに告げて、視線を泳がせて……しばらくして俺は、ようやく軽井沢さんを見た。


「ひっ……」


 子供のように下唇を噛んで、俺をきっと睨んで……軽井沢さんは、ガチ泣きしていた。


 そんな目で睨まないでほしいんだけど……。

 だって、仕方ないじゃないか。仕方ないじゃんかぁ。


 いくら顔立ちが整っているとはいえ、俺に嘘告白をした連中を摘発しようとしたり、不貞腐れる俺にキスをしてきたり、そのキスの責任を強要してきたり……っ!


 あまつさえ、この俺にいきなり本気の告白してくんだぞっ!?(動揺)


「そ、そもそも、君は俺のどこに惹かれたって言うんだ!?」


 そうだ。

 そうだった。

 俺は、自分で言うのもなんだが所謂モテる人種ではない。


 BMI二十六の若干肥満児で、顔だってイケメンってわけではない。


 日頃の発言だって、適当な奴と思われることは、本来人としてマイナス要素に違いない。誠実さの欠片もない奴、と思われたら、途端人は信用を失うのだから。


 ……なのに、彼女は一体、どうして俺なんかを相手に暴走したんだ。


 何故か、軽井沢さんはもう一度俺を強く睨んだ。

 その瞳に臆していると、じゃあ言ってやると言わんばかりに挑発的に、軽井沢さんは涙を拭って、俺を見据えた。


「数えだしたらキリがないです」


「数えだしたらキリがないっ!?」


「あたしから見たら、槙原君は魅力の塊です」


「魅力の塊っ!???」


 人間って、思ってもいないことを言われると思わず声を荒らげて聞き返してしまうんだな。

 また一つ、賢くなっちまったぜ……。


「槙原君、あなたは自分のことを過小評価しすぎです」


「我ながら、自分の評価は適正だと思っています」


「それは、見る目がないですね!」


 また怒られた。

 ご立腹そうに、フンッと軽井沢さんは頬を膨らませてそっぽを向いた。


 ……どうして告白されただけで、俺は彼女とこんなに口論を繰り広げているのだろう。

 最近では特に、事なかれ主義の権化みたいな振る舞いをしていたから、ここまで他人と口喧嘩をするのも久しい気がする。

 まあ、これを口喧嘩というのは少し違うか。基本、俺がボコられてるだけだし。


 ただ、薄々俺は気づき始めていた。


 折角、覚悟を決めて告白をしてくれた彼女に……ここまでの俺の態度、言動、行動は……あまりに酷いものだった。


 まあ、そもそも彼女が俺を好きになったことだって勘違いの一種に違いないだろうが、これはきっとその勘違いも冷めてしまったのだろう。

 つまり、この告白は成就するどころか……多分、俺は彼女に愛想を尽かされた。


 そうに違いない。


 再び軽井沢さんを怒らせて、結果、俺達は喧嘩別れをするんだろう。

 他クラスで、軽井沢さんは俺に告白したのに、無下にされるどころかあんまりな態度をされたことを言いふらして、俺は途端、矢面に立たされ、野垂れ死ぬに違いない。


 ……まあ、嘘告白に怯えて本気の告白に面と向かって相対さなかったのだから……誠実さに欠けたのだから、それも仕方のない話か。


 こう見えて俺は、結構割り切りが良い。


「……じゃあ、もう良いです」


 軽井沢さんの口調は、依然荒い。


「……まずは、友達から始めさせてください」


 そして、軽井沢さんは俺を突き放す言葉を……。


「ううん。……友達から、始めさせてくれませんか?」


 突き放す言葉……?


「え?」


 思わず、首を傾げてしまった。


「友達も、駄目なんですか?」


「え? いや、それは良いけど……」


「やった!」


 大層嬉しそうに、軽井沢さんは飛び跳ねた。


「……よ、よく俺と友達になりたいだなんて思えたね」


 そんな軽井沢さんに引きつつ、俺は尋ねた。

 飛び跳ね終えて、また不快そうな顔に彼女は成った。


「い、いやだって、告白を無下にされたんだよ? というか、無下ですらない。嘘告白だと勘違いして、君を馬鹿にしたと言っても過言ではないことばかりを俺は宣った」


 でも、今回はちゃんとした理由があるから、俺は慌てて弁明をした。


「なのに、……よく、俺と友達になりたいだなんて思えたね」


 言葉が尻すぼみになったのは、どうして俺は自分に不利な話ばかり、彼女にしているのかがわからなくなったからだ。

 

「当然じゃないですか」


 しかし、どうやら俺と友達になりたいこともまた、彼女から見れば不問らしい。


「だってあたし、君のことが好きだから」


 好き。

 なんと便利な言葉だろうか。


「そっか」


 俺は、盲目的な彼女に苦笑した。

 もし俺が他人に恋をしたとして、ここまで他人に優しくなれるか。そんなことを、ふと考えた。


 導いた答えは、否だった。


 ……ただ、否であっても、その怒りを口にすることはないだろう。徐々に距離を取って、疎遠になるように取り図るとか、そんなところか。


 どちらにせよ、彼女のように歩み寄ろうだなんて、絶対に思わない。


「……ごめん」


 俺が頭を下げて謝ったのは、告白に対する返事というわけではない。

 彼女の告白に対して……優しい彼女の告白に対して、あんまりに誠実さに欠ける行動をしたことへの、謝罪だった。


「もう、いいんです」


 どうやら、俺の謝罪の意図は伝わったらしかった。


「……でも」


「何度も嘘告白をされたのなら、そりゃあ、女性不信になりますよ。きっと槙原君は、今回も思ったんでしょう? また、嘘告白かもしれないって」


「……それは」


「でも、君はここに来てくれたんです」


 いつの間にか、軽井沢さんは泣き止んでいた。


「あたしに君への想いを伝える機会を、与えてくれたんです」


 晴れ渡った毒気のない顔で、彼女は言った。


「ありがとう。これからよろしくお願いします」


「……うん。こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺達は、丁寧に頭を下げあった。

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