多分
一日一話投稿になっているけど、まだバレていないよな…?
「美味しかったです、槙原君!」
軽井沢さんに朝ごはんを振る舞うと、彼女は朝ごはんを大層喜んでくれた。
それだけ喜んでくれるのであれば、こちらとしても作った甲斐があるってもんだ。
「それにしても、今日は随分と早い時間に来たね」
二人分の皿洗いをしながら、俺はさっきも聞いたことを軽井沢さんに尋ねた。さっきの回答は、遊びの約束をしたことだけを伝えてきたが、こんなに朝早く来た理由にはなっていなかった。
「……その、槙原君に早く会いたくて」
まだ朝早くて、いつもの調子が出ていないらしい。
いつもなら、こんな墓穴を掘るような質問しないのに。やらかした。やれやれ。
「君一応、真那に会いに来たんだよね?」
「そうです。真那ちゃんと遊ぶために今日は来ました」
うんうん。そうそう、それで良いんだよ。
「でも……同じくらい、槙原君と会うのも楽しみで、昨日は全然寝れませんでした」
話を戻すな。求めてないんだから。
「遠足の前日に浮かれて寝れないみたいな感じです。エヘヘ。まったく、駄目駄目ですね、あたし」
「あー、俺も遠足の前日は寝れなかった。翌朝寝坊するんじゃないかってさ。寝坊した試しはないけど!」
「そうですか。流石です、槙原君!」
そこは、あるある、だとか、心配しすぎです、だとか、そんな返事を求めていた!
「……それに比べて、あたしは駄目駄目ですね」
なんで急に思いつめるの?
裏を感じるんだけど。
「……槙原君」
「はい」
「今、この部屋にはあたしと君の二人きりです」
「そろそろ両親も起きてくると思いますがね」
「密室です」
「そんなやり取り、過去にもしたことありましたよね」
「……駄目駄目なあたしに、お仕置きをするべきではないでしょうか?」
「そっかー。まあ、そういう日もあるよね」
早朝の我が家に二人きりだからか、いつにもまして軽井沢さんのテンションがおかしい。いつにもましては失礼か。
まったく、俺以外の男だったら今頃君……好き放題されてたよ?
俺で良かったね、俺で。
軽井沢さんは、適当にはぐらかす俺に、頬を膨らませていた。
……そもそも、だ。
ボケたがりの俺に、ツッコミをやらすな。
君はいつもそうだ。
俺には俺の流れがある。
適当にはぐらかすことも、過剰な前フリからの逆張りも。全部、君は受け付けてくれない。
非常にやりづらくて仕方がない。
なんで俺は、内心で今軽井沢さんに怒っているんだっ!?
「悪いけど今日、俺行かないといけない場所があるんだ」
「え?」
そんな泣きそうな顔しないでもらえる?
仕方ないじゃない。予定があるんだから。
項垂れる軽井沢さんを見ながら、俺は思った。
あたしと予定どっちが大事なんですか、とか軽井沢さんなら聞いてきそう。
まあ、俺も鬼ではない。
もし、軽井沢さんにそう聞かれたら予定を変えようと思う。
具体的には……予定通りの時刻に出かけて、帰宅が遅くなる方への予定変更だ。
「び、病院に行くんだよ」
軽井沢さんの項垂れ具合がガチで、そんな冗談を言うことも出来ず、俺は焦りながら取り繕った。
仕方ないだろう?
口の中、まだたまに痛いんだから。
この怪我直さないと、俺もっと痩せちゃうんだよ。
これ以上痩せたら俺……骨と皮と脂肪しか残らないよ。今となんも変わってなかったわ。
「槙原君槙原君」
「はい」
「あたしも病院、一緒に行っていいですか?」
「なんで?」
病院は、治療をするための場所だぞ?
君、なんか怪我していたっけ?
「……待ってます」
「ごめんね」
珍しく高圧的に言ってしまったためか、軽井沢さんは身を引いた。
さすがの俺も、謝罪を口にした。
軽井沢さんと出会って数ヶ月。
昔から、人付き合いできまずいとかはあんまり感じたことがなかった俺だが……俺のペースに乗っからず、むしろ俺を怒る軽井沢さんにはきまずさを度々感じていた。
最近、そのきまずさもすっかり克服されつつあると思っていた。
軽井沢さんのペースにも、慣れてきたと思っていたんだ。
ただ……今は、きまずい。
今のこの流れは、いつもの軽井沢さんのペースともまた違う。
ゴリ押し少女である軽井沢さんの突進攻撃を、突進し返したみたいな格好だ。体重差で、そんなことになればどっちが勝つか、すぐにわかるだろう。
つまるところ、俺の謝罪は何も間違っていない。
「まあ、お昼前には帰ってくるよ」
多分。
恐らく。
きっと……!
帰ってくると、思うよ?
「はい。……待ってますね?」
軽井沢さんは、優しく微笑んだ。




