習慣
昨今、現在の世の中をストレス社会と銘打つ人は多い。人間関係の複雑化、上司や目上の人にかけられるプレッシャー。そういうものに日々苦しめられた人々が、いつしかそう言うようになったのだ。
恐らく、一人二人の問題であれば、ここまで多様な人にストレスストレスと言われることはないだろう。過度なストレスをかけられ、精神がすり減った人が多数いるからこその現状である。
そんなストレス社会を生き抜く上で、各自自分だけのリラックス方法を生み出すことは必須だと個人的には思っている。
いつでもどこでも誰とでも、自分の能力を発揮できるような準備と心掛けが必要だ。
そんなリラックス方法の一つに……日頃の行いを習慣化させることで、いつでも日頃の能力を発揮できるようにする、という考え方がある。
所謂、ルーティン。
スポーツ選手などが、大舞台などで自らの能力を発揮するために、ルーティンという一種のリラックス方法、暗示方法を取り入れることは昨今では少なくなくなった。
そして、俺もまた……スポーツ選手などではないが、日頃から自らの能力を発揮できるよう生活の習慣化を心掛けた日々を送っている。
その最たる例が、早寝早起き。
俺はいつも、夜十一時には就寝し、翌朝六時に起きる生活を続けている。朝早く起きる行為は、健康な体の基礎を作るだけではなく、午前中の時間を長く取れるようになる、という利点もある。
休みの日の午前中なんて掃除をしている内に過ぎ去り、気付けば昼食、午後となりそうなものだが、六時に起きれば掃除に加えて、少しのお出掛けなら出来るような時間配分になる。
それが心地よくて、俺は早寝早起きをするようになり、今では習慣化しているわけだ。
今日も、休みの日ながら、いつも通りの時間に目覚め、一人朝食を作り始めている。
仕事が忙しい両親、そして低血圧が酷い真那はまだ寝ている。
それでも、皆が起きてきた時用にご飯は全員分用意した。
調理後、一人でテレビを見ながら、俺は今日何をするか予定を立てることにした。
今日は通院日であるため、午前中に一度病院に行かねばならない予定がある。ただ今の予定はそれしかない。
つまり、午後は完全フリーなのだ。
さて、一体何をする?
そういえば最近、真那と一緒にどこかで遊ぶことが激減している。
昔は兄妹仲睦まじく、一緒に遊んだり、あいつにデザートを奢ったり、色々したものだが……最近、真那は以前に比べて物欲が少なくなった。結果、たかられることは愚か、一緒に出掛ける機会さえ減っているのだ。
兄としては、何度もたかられることは財布の中身的に嬉しいことではないが、逆にあまりねだられないのも、信頼されていないようで少し悲しいものだ。
よし、今日は真那と一緒に出掛けよう。そして、あいつに何かをプレゼントしよう。
そう、今日の予定を決めたところで、我が家のチャイムは鳴り響いた。
家族がまだ寝ているような早朝。
一体、誰がやってきたというのか。
チャイムの音で家族を起こさないよう……二度目のチャイムを鳴らされないように、足早に俺は玄関に向かった。
扉を開けると、そこには見知った少女が立っていた。
「軽井沢さん」
「おはようございます。槇原君」
なんと、こんな早朝に我が家にやってきたのは、軽井沢さんだった。
ベージュのロングコートに、マフラー。モフモフの耳あてをする彼女は、清楚な顔つきに似合わず、少し子供っぽく見えた。
いや、そんなことよりも、だ。
「どしたの、こんな早朝に」
「……あれ、真那ちゃんに聞いてないですか? 今日、遊びに来ると約束してたんですが」
不安そうに瞳を揺らす軽井沢さんに、俺は、真那に一昨日そんな話をされたことを思い出した。
「それにしても早いね」
「……はい。始発で来たので」
「そうなの? ちゃんと寝てきた?」
「はい。大丈夫です」
俺はちゃんと寝たのか、と聞いたのに、答えになってない。
見れば薄っすらと軽井沢さんの目の下に隈が見えた。
「とりあえず入りなよ」
「ひゃい……! お、お邪魔します」
怯えた子猫のように、軽井沢さんは恐る恐る我が家に入った。
「軽井沢さん、朝ごはん食べた?」
「いえ、食べてないです」
「そう。じゃあ何か作るよ」
「えっ」
何その反応?
軽井沢さんは俺が料理出来ること、知っていたと思ったが。
「……槇原君があたしのために作ってくれた手料理を食べれるなんて、頭がクラクラしちゃいます」
「……そりゃ一大事だね」
俺は呆れた。
「槇原君、あたしのために作ってくれるご飯、楽しみにしてますね」
頭がクラクラしていても、俺に朝ごはんを作ってもらわない気はないらしい。
その辺、ちゃっかりしているな。
もう一度俺は呆れながら、軽井沢さんの朝ごはんを作り始めた。




