近況
〜~〜槇原視点〜~~
妹の言葉はイマイチ理解が出来なかった。ただ、他人を慈しむようになれた彼女の成長具合は、感涙ものだった。
何故だが、今食べているカレーも涙の味がする気がする。気の所為でした。
「それでお兄ちゃん、結局軽井沢さんとの関係に進歩はあるの? 今日の部活はどうだった?」
この前、ゴリ押しして我が家にやってきた軽井沢さんと鉢合わせになって以降、真那は随分と軽井沢さんを気に入ったようだった。
今のように近況報告をさせることは勿論、早くまた家に連れてこいと催促をされることもしばしば。
「今日はお昼しか会ってない」
「は? なんで?」
冷たい声の真那は、部下の仕事遅れを叱責する上司のようだった。
「今日は病院の日だから」
「軽井沢さんにも付いてきてもらえばいいじゃん」
「それの何がいいじゃんなの?」
そもそも自分の治療のためってわけでもないのに、あんな薬品臭い場所に一緒に来てだなんて、彼女も嫌がるだろ。
俺は紳士な男なのだ。故に、軽井沢さんにそんな不要な迷惑はかけられない。
「お兄ちゃんは、病院なんかのためにみすみす軽井沢さんとの時間を減らしてしまったんだよ?」
一応、怪我人に対してその発言は少し酷い。まあ、治りかけだから良いのだが。
「高校生活三年間という限られた時間の中、そんなのとても惜しいじゃない」
「まあ、限られた時間を粗末に減らすのは勿体ないよな」
それだけは同意する。
それ以外は、同意出来ない。
「……お兄ちゃん、まさか病院で変な女と会ってたりしないよね?」
真那の眼光が鋭くなった。
何故、今俺は浮気を働いた人のように、異性から詰問をされているのか。
その疑問は一旦置いといて。
変な女と会ったのか。
それに対する回答は、否である。
「まさか。……まあ、一人知り合った人がいるけども」
「どんな人?」
「鈴原さんって、高校二年の人。どんな怪我をしたかは知らないが病院にいて、巡り巡って少し話した」
「へえ、そうなんだ」
「ああ、そう言えば彼女も妹がいるとか言ってたなぁ」
水原の起こした刃傷沙汰を知っていたことは、話さなかった。話すとややこしくなると思ったためだ。
「……へえ、可愛い人だった?」
「え? ……あまり人の容姿を話すのは好きじゃないな」
「自分の容姿は積極的に話す人が何言ってるのさ」
「確かに。こりゃ一本取られたわ」
おどけて笑ったが、他人の容姿を品定めするような発言をすることは、相手のことを見下しているようで少し気分が良くない。
勿論、内心では色々と思うところがあったが。
まあ、鈴原さんは、正直に言えば可愛い人だと思う。多分、恋人には困らず、愛嬌良くスキンシップも図るようなタイプだろう。知らんけど。
「……まあいいや。その人と色々あるのかもしれないけど、軽井沢さんのことも大切にしてあげないと駄目だよ?」
……恐らく、真那が軽井沢さんにそういうのは、俺の友達として、だ。友達を大事にしろ。そういう意図で、真那は言ったのだろう。
もし、軽井沢さんに告白された過去を教えたら、真那はもっと過干渉になるかもしれない。
そう思った俺は、これまでも真那にはバレないようにしようと思っていたが、より一層その意志を固めるのだった。
「あ、そうだ。明後日の土曜日、軽井沢さん遊びに来るから」
「へぇ、真那と遊ぶの?」
「まさか。お兄ちゃんとだよ」
俺と遊ぶのに、俺のアポ無しで話が進むの?
「まあ、そういう日もあるよね」
「うん。そうだよ」
おどけて見せたが、まさか乗っかってくるとは。
まあ、可愛い妹のしたことだ。真那の兄として、彼女が恥を掻くような真似は出来ない。
「どれくらい滞在するの?」
「朝から翌朝まで」
泊まるんかい。
二人、いつの間にそんなに仲良くなったんだ……。
「……利害が一致したのさ」
「何か言った?」
「ううん。何も」
明るく、真那は首を横に振った。
小さくて聞こえなかった真那の声。真那が誤魔化したと言うことは、聞こえなくて良いことだったのだろう。
そうか。
明後日、軽井沢さんが家に来るのか。それも泊まりで。
……まあ、そういう日もある……のだろうか?




