悪口
しばらく、俺は自分を貶すだけ貶した。
「わかった。わかった。……君は多分、そこまで格好良くない、よ?」
そして俺は、ようやく形だけでも鈴原さんに俺はブサイクと納得させることに成功したのだ。
溢れんばかりの達成感。
途中から思っていた何やってるんだ感。
そして、思わず自棄になってしまいそうな悲壮感。
一体俺は、どうして自分をこんなに貶したのだろうか?
はじまりは鈴原さんが、俺達の学校で起きた刃傷沙汰を解決させた俺を、超絶スーパーイケメンと言い始めたことがきっかけだ。
そうだ。
思い出した。
「鈴原さん」
「何?」
「あなたは、一体誰からあの刃傷沙汰の話を聞いたんです?」
かの事件は、学校側も公にしないように働きかけた事件であり、ただの一介の高校生である彼女が知っているのは、あまりに違和感が強かった。
「あー、妹からだよ」
他言無用と学校の先生は話していたのに、それでも話してしまうのだから、人の欲求は罪深い。
妹。
「そう言えば、鈴原さんっていくつなんです?」
「十七歳。高校二年」
今更俺は、彼女が俺の一つ上の先輩だということを知った。
Vサインをしながら満面の笑みで微笑む先輩を見て、敬語使っておいて良かったと安堵を覚えた。
「そうですか……鈴原先輩」
「やめてよぅ、先輩だなんて。あたしと槙原君の仲じゃない」
出会って数十分の仲なのに、そこまでフランクに接しろと?
まあ、出来ないこともなかったわ。
「鈴原さん、お願いしてもいいですか?」
「何?」
「そのこと……その、他言無用でお願いしたいんですが」
鈴原さんの妹さんが、かの事件の話を外に言いふらしているとして、俺はそれを学校外の人間に知られることを好まない。
もう知ってしまった鈴原さんは仕方ない。でも、それ以上言いふらされるのだけは御免だった。
「どうして? ストーカーを撃退しただなんて、格好いいじゃない」
「でも、もしそんな噂がストーカーの加害者の耳に入ったとしたら? 俺はまだしも、もしストーカーの被害にあっていた子に、ストーカーの加害者が報復行為を働くきっかけになったら?」
「う……」
そこまで考えが至ってなかったのか、鈴原さんは顔を強張らせた。
まあ、噂は所詮噂。他人事である人達が、噂を身勝手に伝聞する理由はわからなくもない。
でも、連中が噂を広めたことをきっかけに、再び傷つく人が生まれる可能性があるとしたら、……少なくとも、具体的な相手を連想されたら、噂をする気は途端に失せるものだ。
何故なら、芽生えるから。
罪悪感が。
「あのストーカーはプライドが高く、意地汚く、卑怯者でした」
まあ、顔は良いんだけどね。
「そんなストーカーに、あなた達の広める噂が伝聞したら、あなた達のせいでまた誰かが傷つく可能性があるんです」
若干脅迫めいた言い方をしたのは、それだけこちらとしてもその噂の伝聞を止めてほしかったからに他ならない。
「……そうだね、わかったよ」
鈴原さんは、素直に納得した。
……たまには真面目に言ってみるもんだ。どうして今になって、この話題で、真面目に話してみようと思ったのか。
それは、少し考えたがわからない。
「それで、出来れば鈴原さんの妹さんにも伝えてほしいのですが」
「うん。そうする。まああの子だったら、家族にしか話していないと思うよ……多分」
最後の言葉に不穏さがあるが、まあもし既に部外者に話してしまっていたら仕方がない。割り切るしかない。
その事実を軽井沢さんに伝えて、より警戒心を強めてほしい。
そう話す他、ありはしない。
「ごめんね。槙原君」
「え、何がです?」
「……迷惑かけたみたいだから」
しばらく目を丸くして、俺は苦笑した。
「過ぎたことは仕方ないですよ。自分に関わりのないことを無闇勝手に話すのは、ある種、人の性です。芸能人のゴシップとか、皆好きでしょ? あれみたいなもんですよ」
「……なるほどね。そう言われれば、テレビで出ているような芸能人だって同じ人だから、悪口言われたら傷つくんだよね」
芸能人を引き合いに出したが、何やら思い悩むことでもあったらしい。
……まあ、悪口を言われない人なんてこの世にいない。
人間はこの世に、一体どれだけ今や繁栄しているのだろうか。住まう場所を探す人もいるくらい、溢れかえったこの人類で、完全なる共存なんて出来っこないのだ。
つまるところ、人には好き、嫌いがある。そして嫌いな人に対する攻撃は、多岐に及ぶわけだ。
何が言いたいかって、今更そんなことで凹んだって仕方がないってことだ。
「まあ、そういう日もありますよ。過ぎたことは忘れて、次から気をつければ良いんです。この世にはまだ、そのことに気付いていない人はごまんといる。先んじてそのことに気付けたのだから、だったら今後、気をつければいいんですよ。それだけの話です」
「……槙原君って、適当なこと言うけど、結構しっかり考えてるよね」
「はい、そうなんです。いやー、気付く人は気付くんですよ。流石だなー。脱帽です!」
俺は、はぐらかしながら微笑んだ。




