失望
一足先に診察を終えた俺は、その後に呼ばれていった彼女を待合室で待つことにした。
診察されている間から、ぼんやりと鈴原さんにされた話を思い出していた。
それは、あまりに無責任に広がっている噂。
やれ、俺が超絶イケメンだとか。
やれ、俺がストーカーを撃退した英雄だとか。
まったく、いくら俺のした行いが絵面的には格好の良いことだからって、あまり脚色して話を伝えるなよ。
今回のように身バレした時、噂を聞いた人を失望させて一番傷つくのは俺なんだぞ。
……まあ?
まあ、そのなんだ。自分の知らないところで、自分が褒められているというのは、あまり悪い気がしないな、うん。
とにかく、鈴原さんには噂の出どころと事実を認知してもらわないといけない。
果たして、彼女が戻ってきた時、俺は何から話すべきなんだろう。
まず、水原関連の話は出来ない。
一応、公になっていない話ということもあるし、自らの将来も考えた時、それを自分の口から英雄伝のように伝えるのはあまりにリスクが高い。
……つまり、事件の経緯は話せないな。
であれば、俺が話せることは、その刃傷沙汰を止めた男である俺が実はイケメンでも英雄でもなく、ブサイクであることを伝えるのみか。
なにそれ、顔みりゃわかんじゃん。
時間をもらった意味があまりになくて、俺は何ならもう帰ってもいいのでは、と思い始めていた。
「先生、ありがとうございました」
しかし、間が悪く鈴原さんが戻ってきてしまった。
驚いた俺は、体をビクッと揺らした。
「……どうもぉ」
「あ、槙原君。本当に待っていてくれたんだ」
一応、約束しましたから。
……それじゃあ、何から話そうか。
「あっ、ごめん。先にお会計を済ませて来てもいい?」
「あ、どうぞ」
「槙原君はもう済ませた?」
「あ、はい」
「そう。じゃあ着いて来てくれる?」
「あ、はい」
……流木の如く、流されるまま、俺は鈴原さんの後に続いた。
少し思った。
男として、情けなくないの? と。
まあ、男として情けないのは今に始まったことではない。
鈴原さんは、お会計を済ますと、病院を出ようと提案してきた。
「小腹空かない?」
「……そうですね。空いたかも?」
「そう。じゃあ奢るよ」
「いや、なんでです?」
普通こういうのって、男が奢るもんじゃないの?
もしかして俺、甲斐性がないと思われてる?
いやいやいや、そればっかりは言ってやりたい。
学生の内から甲斐性があるわけないだろっ!
えっ、じゃあ問題ないじゃん。
「ありがとうございます」
「本当にポテトだけで良かったの?」
「はい。俺、実は少食なんです」
その体で?
そうツッコんでほしかった。
「へえ、羨ましい。あたし最近、食欲旺盛でさー。体型維持が大変なんだ」
どうしてあなたや軽井沢さんは、俺の垂らした糸に食いついてくれないんだ……っ!
「どしたの、槙原君?」
「いやあ、なんでもないです」
きまずさから、俺は目を離した。
「それでさ、槙原君……そろそろ聞いていい?」
「あ、はい」
「槙原君。君ってその、さっきあたしが聞いた噂の人で合っているの?」
「いや、間違っていますね」
「え、違うの?」
「はい。まあ色々したことは事実ですが……格好いいとかなんとかは総じて嘘ですね」
行いは正しいが、容姿は違う。
少し空回りして遠回しになってしまったが、言いたいことはそんなところだ。
「そうなの? そんなことないと思うけど?」
「いや、正気ですか?」
苦笑気味に俺は言った。
これまで何度、俺が嘘告白をされたと思っているのだ。
あんなに嘘告白をされて……ぞんざいに扱われて、実はイケメンでしただなんて言われても、とても信用は出来ない。
嘘告白をされるには、されるなりの理由があるはずなんだ。
俺はそれを、自らの魅力不足……つまり、俺はブサイクなんだと認知した。
「正気を疑われるほど、酷いことはしていないと思うよ? あ、これも言い方的には酷いか。とにかく、可愛い顔だと思うけどなあ」
「……まあ、顔立ちの好みは主観的な要素なので」
今更ながら、どうして俺はこんなにも躍起になって自分の顔を否定しているのだろう。
色々、悲しくなってきた。
「そっか。……槙原君って、自分に厳しい人なんだね!」
きまずそうに、鈴原さんは微笑んだ。




