自虐
翌日の学校。
俺は休み時間を利用して浦野に声をかけた。
話しかけた理由は、昨日の出来事に関係する。
この高校に入学して半年と少し、月一以上のペースでされる嘘告白をなくすため、俺が打ち出した対策は嘘告白をしても良いと思われないくらい、魅力的な人間になる、ということだった。
故に、俺は浦野に尋ねた。
「なあ浦野、俺どうすればもっと魅力的になれると思う?」
浦野は答えた。
「痩せろ」
……無理難題を突きつけるな。
無理難題を突きつけるなっ!!!
こっちは真面目に相談しているのに、どうしてそうふざけたことを言うんだ(錯乱)。
もう良い。浦野に相談した俺が馬鹿だった(現実逃避)。
柄にもなく怒った俺はその日、まあ怒った云々関係なく都合があわず、もう浦野と口を利くことはなかった。
「じゃあな、槇原」
「おう、浦野」
浦野と帰りの挨拶を終えて、俺は今日は部室に寄らずに帰宅した。向かう先は、病院。
一月前に受けた口内の傷の治療。今日はそれの通院日だった。
先んじて言うと、俺は病院が嫌いだ。
痛いのが嫌いだから。だって痛いのって痛いじゃん。だから注射も嫌いだし、献血とかもってのほか。クラっと来ちゃう。
だから、病院に向かう足取りはとても重い。
また今日も、槇原くーん、景気づけにちょっと痛いの我慢するー? って言われるのかな。嫌だなあ。
市内の総合病院の待合室はたくさんの人が行き交っている。
受付を済ませた俺は、自分の番号が呼ばれるまで、スマホを片手に待機していることにした。
はあ、嫌だなあ。
辟易としながら、俺は自分の番号が呼ばれるのを待った。
それにしても今日は、いつにもまして病院が混雑している。待合室に並んだ椅子は、ほとんど座られていてスペースがあまりない。
「すみません、ここいいですか?」
これから嫌な思いをすると言うのに、どうして立って待つだなんて嫌なことをしないといけないのか。
そう思った俺は、血眼になって空いている椅子を探して、隣に座る人にそう尋ねた。
……声をかけてから気付いたが、隣に座らせてほしいと懇願した人は女子高生だった。
失敗した。
女子高生の隣に座るだなんて事案ものだ。
まして、俺は若干デブ。電車の座席に座る時によくある現象だ。デブの隣には人は座りたがらない。何故ならスペースが狭くなるから。
窮屈なスペースで揺られる電車だったら、立っている方がマシ。そう考える俺も少なくない。まあ、俺はスペースを奪う立場なので文句を言う資格はない。
これは、相手は俺を座らせてくれない可能性も多いにあるな。
最悪通報される。
答えを聞く前に立ち去るが吉か。
「あ、いいですよ」
「えっ、いいんですか!?」
気さくに了承してくれた女子高生に、俺は思わず聞き返していた。
「当たり前じゃないですか。あたしの椅子ってわけじゃないですもの」
「でも、デブに隣に座られたら窮屈な思いをしますよ?」
思わず聞いてしまった。しまった。
俺は友人相手と会話をする際、自虐ネタはそれなりに使用する。ただそれは、友人間だからこそ通じるネタ。所謂、内輪ネタってやつだ。
普通、見ず知らずの人にこんなことを言われたら、相手は引くか、ドン引くかのどっちかだ。
「アハハ。君面白いね」
……なんだとっ!?
あの軽井沢さんでさえ、初対面の俺が自虐に走ったら戸惑っていた。
なのにこの人は笑って、あまつさえ面白いだと……?
よくわかっているじゃねえか(得意げ)。
「うん。大丈夫だよ。それに君、そこまで太っているようには見えないよ?」
まあ、最近口の中を切ったせいで食べる量が減って、体重は減ったしな。隠れ設定だけど。
「すみません。失礼します」
とにかく、快く隣に座ることを快諾された俺は、不承不承とそこに腰を落とした。
……ふう。
立っていると両足が疲れるのに、椅子に座ると足が疲れない。
嗚呼、椅子って素晴らしい。
なんてしょうもないことを考えていると、俺は視線に気がついた。
視線の方に目をやると、隣の女子が俺をガン見していた。
……あれ?
俺、また何かやっちゃった?
事案?
通報?
「ねえ、君?」
「……はい」
「君って、永和高校の生徒だよね」
どうやら、彼女が興味を示したのは俺ではなく、俺が纏っていた制服の方だったようだ。
確かに、俺は永和高校の生徒である。ただ、それが一体どうしたというのだろうか?
「はい。そうですが」
彼女は、キョロキョロと周りを見た後、俺の耳に手を当てた。
一瞬ドキッとしたが、ただの耳打ちをされるだけのようだ。
「君、永和高校の槇原って男子のこと知ってる?」
はい。知っています。
他でもない、俺ですから。
いきなり身バレ?
普通に恐怖なんですけど。
耳打ちをやめて、魅惑に微笑む名前も知らぬ少女に……俺は困惑した。
「いや、知らないですねえ」
とりあえず誤魔化すことにした。
「そっかー。残念」
本気に残念そうに、少女は項垂れた。
「……槇原って人が、どうかしたんですか?」
「え? ……ああ、なんだか最近、変な噂を聞いて」
「噂?」
「うん。永和高校で刃傷沙汰があったって噂」
「そうなんですか? 知りませんねえ」
「そうなの? そっかー。それでね、何でもその事件、槙原君って子が、女の子をストーカーから守ったそうでね?」
「はいはい」
「槙原君って子、すっごい格好良いみたいなの」
「へえへえ」
「だから、一度お目にかかりたいなあと思ってさー」
「あー、それ多分ゴシップ好きの連中が流した嘘ですね」
……他校に噂が広まっているとは。
俺の存在が、大分脚色されているとは……!
え待って。
噂ってそんな簡単に流布するの? そんな曲解されて伝わるの?
どうするよどうするよ。
もう俺、自分がそのストーカー撃退の槇原です、だなんて名乗れなくなっちゃったよ。
多分、水原君と俺の存在がごっちゃになったな。そうだ、だからイケメンだなんて誤った情報が他校に伝わっているんだ。
「……ねえ君?」
「ひゃいっ!」
突然呼ばれ、俺は声が裏返った。
「君、名前は?」
「え?」
「名前。あたし、鈴原真凛。君の名前は?」
「……ま」
「ま?」
「マクワです」
「真桑君……? 珍しい名前だね」
あっぶねえ。危うく本名を名乗って、彼女を失望させるところだった。
「じゃあ真桑君、君しばらくこの病院に通う?」
「そうですね」
「曜日は?」
「火木土です」
「うわあ、あたしと一緒!」
一緒か……。
「じゃあさ、もし今度槙原君と会ったら、あたしに教えてくれない?」
「はい。いいですよ」
まあ、会えなかったと言えばそれで済むだろう。
危なかった。
後ちょっと俺の機転が効かなかったら、一人の少女の夢を壊していた。
なんとかこれで、誤魔化せただろうか?
なんて、一安心していたタイミングだった。
『三十八番の槙原君。槙原君。診察室二番にお入りください』
俺は、館内放送で呼ばれてしまったのだ。
……どうしよう?
立ったら、目の前の少女の幻想を打ち砕くことになる。
立たなかったら、先生に怒られる。
いや待てよ?
立たなかったら、痛い目にあわなくて済むのでは?
先生に怒られるけど、この人の幻想も打ち砕かないし、一石二鳥ではないか?
「あいたっ」
クリップホルダーで、俺は頭を叩かれた。
「槙原君、呼んでるでしょ。来なさい」
「……槇原?」
「あら、鈴原さん。槙原君とお話してたの? 悪いけどこの子、借りるわね?」
「槇原? 真桑じゃなくて?」
先生は、戸惑う鈴原さんの言葉に、首を傾げていた。
「槙原君、どういうこと?」
「……鈴原さん。後で少し、時間いいですか?」
鈴原さんは、困惑気味に頷いて、俺を見送った。




