成長
「いきなり変なことを言わないでください、槙原君」
戻ってきた軽井沢さんに、俺はまた怒られた。
プリプリと怒る軽井沢さんは、いつもに比べてお茶目に怒った。その反応に、どうやらそこまで本気で怒っているわけではないと俺は思った。
「ごめんごめん」
「もう……。いきなりどうしたんですか、その、君の魅力だなんて」
「え?」
尋ねておいて何だが、それを聞きたがった理由を聞かれるとは思っていなかった。脇の甘さを突かれ、俺は反応に困ってしまった。
上手い言い訳を考えておくべきだったと後悔した。
何故なら、直前俺に降り掛かった出来事を知る軽井沢さんからしたら、おおよそさっき俺が受けてきた仕打ちを理解出来てしまっただろうから。
「……そう、ですか」
軽井沢さんは、俺よりも深く落ち込んでいた。
「な、何も君が落ち込まなくても……」
「落ち込みますよ」
「どうして?」
「……あなたが飄々としているから、代わりにあたしが落ち込むんです」
唐突な責任転嫁。暴論。
一瞬意味がわからず、俺は開いた口が塞がらなかった。
でも、少し考えて気付いた。
要は、軽井沢さんは辛かったのだ。
自分が好意を抱く俺が、弄ばれて。
そして、自分が好意を抱く俺が……泣き寝入りをするしかなくて。
彼女は、辛かったのだ。
「ごめん」
「槙原君が謝る必要はないじゃないですか」
その通り。
だけど、謝らないと気が済まなかった。
軽井沢さんから見れば飄々としているように見えたようだが、何だかんだ、俺もさっきの嘘告白は響くものがあったらしい。
時間差でやってきた感情は……やるせなさと後悔。こんなことならやはり、あのラブレターに書かれた集合場所に向かうのではなかった。
「酷い人達ですね。また、クラスメイトの人ですか?」
今回は違う。水原の取り巻きだ。
しかし、それを言うのは、ようやく落ち着いてきた軽井沢さんには少し酷だと思った。
「まあね」
「……そうですか」
あれ?
前ならクラスメイトの名前を言え、文句を言ってきてやると息巻きそうな場面なのに……というか、一度言われたことなのに、今回はそれだけなんだな。
まあ、彼女にトラブルを起こしてほしくないし、興味を持たれなかったのならそれに越したことはない。
「……それで、槙原君はどうしてあたしに……その、自分の魅力を聞きたいと思ったんですか?」
「……まあつまるところ、俺には人間的な魅力がないから、何度も何度も嘘告白をされるんだと考えたわけだ」
「そんなことないですっ!」
今日一、食い気味に叱られた。
どうどう、と俺は軽井沢さんを落ち着かせながら、話を続けた。
「まあ、そう言ってくれる人がいる時点で俺は幸せ者だよ。ありがとう。……でも、どうすればもっと魅力的な人になれるのか、考えてしまうんだ。だってそうすれば、あんな辛い体験、もう二度と味わう必要がなくなるかもしれないだろ?」
「……嘘告白されないために魅力的になりたいだなんて、どうして槙原君がそんな目にあわないとならないんですか」
軽井沢さんは呟いた。
まあ確かに。言われてみれば、魅力的な人になりたいと思った動機として、これ程辛い話も滅多にない。
「まあ、そういう日もあるよね」
「ないです」
「……うん。そうだね」
もう彼女に、俺のはぐらかしは効力がないようだ。
俺は、きまずくなりながら目を逸した。
しばらくの沈黙。
俺の対面に腰を落とす軽井沢さんは、しばらく一人で考え込んでいた。
その考え込む姿は、少し異様だった。
うーん。
うーーーーん、と、苦悶の表情を浮かべているのだ。
「どしたの」
俺は尋ねた。
「……酷いこと、言ってもいいですか?」
「何さ」
「あたしは正直、槙原君にこれ以上、魅力的になってほしくありません」
まさか君からそんな言葉を聞くことになるとは。
とんでもない絶望感のあまり、俺は泣きそうになった。
「違いますっ! 違うんですっ! だって……だってっ! これ以上君が魅力的になったらあたし、どうにかなってしまいます!」
悪いけど、現状も大分どうかしているぞ。
口が裂けても言えないな、これは。
「いいんですかっ!??? これ以上あなたが魅力的になったら……っ! 今でさえあたし、自分が制御出来てないのに、もうどうにもなりませんよ!??」
「スクラップ寸前のロボットみたいなこと言うな」
「……それに、君が魅力的になるってことは、あたしが君と一緒にいれる時間が減るという意味でもあります」
いきなりしおらしくなるな。緩急がエグい。杉内のストレートとチェンジアップくらいエグいから。ボールが来るまでに、バット三回回せるから。
「……でも、わかっているんです。あたし、君に傷ついてほしくない。だから、嘘告白の被害にあうなんて辛いことは、もう味わってほしくないんです」
「……軽井沢さん」
「でも……。でも、うぅぅ。決められません」
軽井沢さんはまた一人、苦悶の表情で悩み始めた。
……ここまで彼女に思ってもらっているだけで、さっきまでへこたれていた気持ちは随分と立ち直らせることが出来た。
だってこれ以上、彼女に格好の悪い姿は見せてられないじゃないか。
「ありがとう。軽井沢さん」
「……何か、妙案が浮かんだんですか?」
「ううん。全然」
ただ、少し心が軽くなったのは事実だ。
「まあ、もう少し考えてみようと思う。あまり急いても、良い結果を生む気もしないしね」
「……そう、ですね」
軽井沢さんは、落ち込んでいるように見えた。
「お力添え出来ず、ごめんなさい」
「気にする必要ないさ」
君がいてくれたおかげで、随分と助かっているんだから。
その言葉が口から漏れることはなかった。多分、それは恥ずかしかったから。
……おかしいな。
事なかれ主義者の俺は、適当にはぐらかすような発言はよくするが……恥ずかしくて思っている言葉を言えないなんてこと、滅多になかったのだ。
一体、どうして彼女に本心を伝えることが出来なかったのだろうか?
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