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脅迫

 廊下に俺の叫び声が響き渡った。

 軽井沢さんは、突然の俺の奇行に目を丸くしていた。


 その顔は、整った顔立ちも相まって、とても絵になっている。悲しそうな彼女の顔を見ていると、強い罪悪感に襲われた。


 ただ、そんな顔をされてもこちらも困るのだ。


「いやだって、納得いかないもんはいかないじゃんか」


 さっきまでは言葉遣いに気を遣っていたのだが、予期せぬ事態に言葉が荒れた。

 まさか、そんなはずがない。

 彼女程可愛らしい人が、俺に恋をする?


 ……ないないないっ。


 結論、そろそろ来るはずだ。


「あの、槙原君。さっきからどうして度々周囲を伺うんですか?」


「そりゃあ、君の友達がいつ出るのかを図っているからさ」


「友達?」


「嘘告白なんだろ? これ」


 周りを見ながらそう発して、俺はハッとした。

 たった今俺は、もしかしたら彼女に失礼なことを言ってしまったのではないだろうか。


 もし、仮に……万に一つもないと思っているが、彼女の告白が本気だったのなら。

 俺が発した言葉は、これまで俺が女子陣にやられてきた、相手の気持ちを弄ぶ行為と同じではないか。


 ……恐る恐る、俺は軽井沢さんを見た。


「なんですか、それ」


 緊張していたさっきと違い、はっきりと鋭い視線を、軽井沢さんは俺に向けていた。


 どうやら、怒らせてしまったらしい。


「いやだって……最近の流行りだろ? 嘘告白。俺、何度も被害に遭っているんだよ」


 アワアワとした俺は、いつもなら言わないような言葉がどんどん口から漏れ出た。

 どうやら、平気だと思っていたが、思った以上に嘘告白に対する鬱憤が溜まっていたらしい。


「そんな低俗な嫌がらせに遭っているんですか?」


「うっ……」


 低俗。

 はっきりそう言われると、言葉に詰まった。


 まあ、申し訳ないが俺もあの遊びが高尚なものだと思ったことはない。

 ただ唯一、あの嘘告白に対して、俺には後ろめたい部分がある。それは、俺はそんな低俗な遊びに屈して、助長させているということだ。

 低俗とわかっていながら、俺はあの遊びに嫌悪を示すこともないし、やめてくれと拒絶反応を示すこともない。

 むしろ、適当なことばかり言って再発を促すあたり、質が悪い。


 強い口調の軽井沢さんと相対すと、何だか俺の過ちまで叱責されているようで、目を合わせられない。


 ……いかん。

 これは、いかん。


 彼女の告白が嘘か本当かは別として、少なくとも今この場は、俺が叱責されるために設けられた舞台ではない。

 なのに、動転していたとは言え、彼女を傷つけた挙げ句、叱られる。


 なんという負のスパイラル……!


 ……よし。


 馬鹿になろう。


「まあ、そういう日もあるよね」


 はい。面倒くさくなった時の俺の常套句。

 苦笑しながらこう言えば、大抵の人はそうかも、と思うのだ。


「いや、ないですよ」


 しかし、彼女は動じない。

 どうじて動じてくれないの……?


 あ、今の洒落、いい。


「でも、女の子に告白されるって、どんな形であれ悪い気はしないんだよねえ」


「でも、それが嘘だとわかったら辛いじゃないですか」


 まあね。

 同意だから、言葉に詰まった。


「……さっき、その嘘告白に、何度も被害に遭っていると言っていましたね」


「え?」


 触れられたくない部分に触れられ、声が裏返った。


「一体、誰にそんなことを何度もされたんですか」


「え? あのいやその……言う必要ある?」


「あります」


「どうして」


「今から、その人のところに行くんです」


「どうしてっ!?」


 いや本当、どうして……?


「槙原君は嫌ではないんですかっ。そんな酷いことされて、傷つかないんですかっ!?」


「……それは」


 また、俺は言葉に詰まった。

 これは最早、彼女の質問に対する同意の意味に近い。


 恐らくそれは、彼女も理解したことだろう。


「言ってください。誰ですか」


 強めの圧で、軽井沢さんは俺に迫った。


 言ってください、という丁寧な口調の割に、今の軽井沢さんの圧は、ヤクザもビビりそうな迫力があった。


「……君には関係ないだろ?」


 ただ、そんな圧に屈しないのが陽気な陰キャである俺なのだ。


「……そうだ。君には関係ない話なんだ。俺が誰に何をされようが。君は部外者でしかないじゃないか。だってこれは、俺の問題なんだから」


「関係ありますっ!」


 不貞腐れた俺に、まっすぐな軽井沢さんの瞳は、眩しい。


「だって……あたし、槙原君のことが好きだからっ!」


 情熱滾る告白に、俺は頬が熱くなった。

 ……ここまで言われて、俺はようやく悟った。


 適当な性格で、キレのある自虐が得意で、陽キャか陰キャで言えば陽気な陰キャの俺。

 チビデブブサイクで他者からモテるような要素を持たない俺。


 そんな俺に対して、ここまで熱い思いを伝えられる彼女の原動力は、一体何か。


 多分、彼女は本当に……チビデブブサイクな俺に、惚れているんだろう。


「……好きであっても、結局君は部外者だ」


 まあ、それがわかったとて、俺が態度を翻すことはない。


 ……が。


 途端、唇に温かい何かが触れた。


 カツン。

 そして、勢いよくぶつかられたせいで、前歯に痛みが走った。


 視界が、いつの間にか目を閉じた軽井沢さんに占拠されている。

 まもなく、俺は彼女に何をされたか悟った。


 俺から唇を離して、プハッ、と大きく息を吸った彼女は……まるで深海から素潜りして生還してきたかのように、達成感に満ちた顔をしていた。


「ななな、何を……っ?」


「ごめんなさい。抑えられなくて……ちょっと、順序が狂いました」


 これをちょっとで済ますな。

 というか、これをすることは確定事項だったの……?


「槙原君……これで、あたしと君は部外者ではないです」


「……は?」


「……ファーストキス、だったので」


 今、俺の頬が染まっているのは夕暮れのせいか。

 高校一年の冬場、外は極寒。校舎内だって寒いというのに……顔だけは、熱くて熱くてたまらない。


「責任、取ってくれますよね?」


 ……突然のキスに、思考が停止して返事は返せなかった。


 ただ、まもなく思った。

 思ってしまったのだ……。


 そっちから一方的に迫って、責任とは……?

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