空言
果歩ちゃんの機嫌を損ねた翌日の昼休みのことだった。
「ごめん。今日の放課後は少し遅れて部室に行く」
日課となった軽井沢さんとの昼食の場で、俺は部長である軽井沢さんにそれを告げた。
軽井沢さんは、可愛らしく小首を傾げていた。
「明日は病院の日じゃありませんでしたよね?」
病院へは、一ヶ月前、水原に受けた口内と手の平の治療のために通っている。手の平の方は、なんとか抜糸をせずに済み、傷跡もわからないくらいに快復傾向だ。
しかし、口内の傷は未だ塞がらない。
最初の方は酷いもんだった。ご飯を食べるだけで痛いし、時たまご飯から血の味がするようになるし……おかげで体重は五キロ減った。
……なんか悪いことみたいに言っているが、体重が減ったこと自体は良いことに間違いない。
……いや、良いことのわけがあるかっ!!!
今の俺のBMIは二十五点七。小数点を切り捨てたらBMIの標準値と言われる二十五以下になってしまうのだ!
これが良いことのわけがあるか!
若干肥満児というアイデンティティを失った俺に一体何が残る?
チビデブブサイクが、チビ普通ブサイクになるんだぞ!?
こんなん、死活問題に決まってるじゃないか!
「槙原君、また変なこと考えてます?」
ジトッとした目で、軽井沢さんは俺を見ていた。
この一ヶ月、部活動仲間として、軽井沢さんとは通学日は毎日一緒にお昼ご飯を食べている。
おかげで、かつてのようなきまずさは随分と解消されたが……代わりに、彼女も俺の扱いになれたらしい。
掴みどころのない性格を売りにしていたんだけどなあ。
彼女曰く、好きな人のことを詳しくなろうと努力するのは当然じゃないですか、とのこと。
一応、彼女と俺の関係は未だ友達のまま。
ただ……あの刃傷沙汰が遭って以降、彼女は明らかに前よりも押しが強くなった。
ただっ!
彼女がこの俺の性格に一ヶ月で慣れたように、俺もこの一ヶ月でそれはもう完全に軽井沢さんの性格を熟知した!
最早今の俺は、かつての俺とは違う。
今、もし軽井沢さんにがっつかれたとて、俺はスマートに返事をすることが出来るぜ。
具体的には……。
頬を染めて、目を逸して、口数が露骨に減って、逃亡を図ろうとして、それを咎められた軽井沢さんにうだつの上がらない返事をするくらいの進歩を見せたっ!!!
いや何も変わってねえじゃねえかっ!!!!!
「槙原君? 質問に答えてください」
「ごめん」
すっかり忘れていた。
俺は意識を取り戻して、まずは謝罪を口にした。
今日、俺が放課後の部活に遅れる理由。
それは、件のラブレターに集合日が、今日だからだ。
……これ、言えねえな。
彼女がかつて、俺に告白をしてくれた人だから、というわけではない。まあ、もちろんそれも理由の一つだが……。
本来、告白するなんて秘事は、他人には知られたくはないだろう。
特にそれが、もし本気だったのなら……一層、その思いは強まるはず。
まあ、あのラブレターが本物かどうか。
今日俺がされることが告白か嘘告白か。
それはわからない。
ただ、わからないからこそそれは軽井沢さんに言うべきではない。
仕方ない。
嘘にはなるが、今日は頬の傷の治療のために病院に行くという理由で、軽井沢さんには謝罪をしよう。
「え待って」
え待って。
軽井沢さん、なんで俺の通院予定知ってるの?
通院の予定は、家族間でしか共有していないはず。それなのに軽井沢さん、一体どこからその情報を仕入れたの?
「俺の通院予定、誰に聞いた?」
「真那ちゃんです」
実は俺には、二歳下の妹がいる。
それが軽井沢さんから紹介に預かった真那。
俺に似ず、顔は可愛い。そして俺に似て、コミュ力は高い。(自分でコミュ力高いって言うやつは総じてコミュ力は高くない。でもそう言わないと俺は自分の誇れる部分を見つけられない)
つまるところ、真那はモテる。
ずるいよな。美女って、適当な発言をしても、適当とかはぐらかしているとは思われず、ひょうきんって言われるだけなんだぜ?
実の妹に嫉妬する俺だった。
ついでに、真那と軽井沢さんの出会いはつい先週。
まもなく始まる期末テストを前に、彼女は学年一位の俺に、勉強の指南を申し出たのだ。
だから家に呼んだ。それだけだ。
「それで槙原君、今日はどうして部活動、遅れるんです?」
自分の世界に入っていたら、すっかり軽井沢さんは俺を訝しむ目で見ていた。
しまった。またやらかした。
「……大した理由じゃないよ。図書館で借りた本を、返そうと思って」
「あっ、なら槙原君の教室に行くので、一緒に図書館に行きましょう」
「なんで?」
「なんでって……槙原君はウチの部活が何部か、忘れたんですか? 文芸部の活動内容は、本を読むことですよ? それに放課後の図書館は人気があまりないので、槙原君と二人きりです」
「本音ダダ漏れだよ?」
「まあ、言って減るものでもないので」
つまり、わざと伝えたと?
あざといね、君。
「ごめん。実は図書館に寄るってのは、嘘なんだ」
まあそんなあざとい軽井沢さんはさておいて、このままだと軽井沢さんに教室に来られてしまう。
意見をコロコロ変えすぎて信用のならない奴と思われ兼ねないが、作戦変更だ。
「そうなんですか?」
軽井沢さんは、俺の嘘を気にした様子はなかった。
「それじゃあ、どうして?」
「宿題を忘れて」
「勤勉な槙原君に限ってそれはないです」
言ってから、自分でも無理筋と思ったよ。
自分の完璧さを今日程憎らしいと思ったことはない。(自分で自分のことを完璧という奴程、完璧ではない)
……これは、嘘を付くことは無理か。
「……他言無用って、約束してくれる?」
「はい。勿論です」
軽井沢さんは、怒る素振りを見せない。あれだけ嘘を付かれたのに、少し意外だった。
「槙原君ははぐらかすことはしますが、嘘は付きません。むしろ、冗談めかして本音を言う人です。そんな君が嘘を付くのなら、それは嘘を付いた方が良かったことなんでしょう?」
この一月で、君本当に俺のこと、熟知しすぎ……。
ちょっと怖い。
「……ラブレターをもらったんだ」
そう言うと、さっきまでの笑顔から一変、軽井沢さんの顔は硬直した。
「呼び出された場所に、行こうと思う。だから、ちょっと遅くなる」
「……そうですか」
「告白された君に聞かせるべき話ではないと思った。それに、もし本気の告白だった時、相手のことを考えたら……他人に下手にそれを伝えるべきではないとも思った」
「そうですね」
「……ごめん。だから、ちょっと遅くなる」
「……わかりました」
意外にも、軽井沢さんは俺の申し出を承諾した。
いつか、告白された時の彼女なら……もっとゴリ押しで行くな、と伝えてくると思っていた。
俺が抱いた疑問は、彼女もわかっていたようだ。
「だって、遅れて来るんですよね?」
その疑問を、彼女は言葉短く解消してくれた。
俺は今、確かに言った。
遅れて、部活に来ると。
……もし告白を承諾する気なら、遅れてもここに来る、とは言わなかったのではないだろうか。
つまるところ軽井沢さんは、遅れてでもここに来る時点で、俺の腹の中は既に決まっているだろ、とそう言いたかったのだ。
「……そうだね。必ず来るよ」
そもそも、放課後される告白が本当の告白かはわからない。
生憎俺は、他人よりも少し多く、女子にからかわれることが多いから。
……でも、どんな結果でも俺は、ここに戻って来るだろう。
なんだかんだこの部室が、俺は心地よくなっているのだ。
日間ジャンル別一位、誠にありがとうございます!
この結果に答えられるよう頑張ります!
投稿頻度は減らすけど! 一日三話はキツイっす・・・。




