再度
水原の刃傷沙汰騒動から、早一ヶ月。学校で過ごす人達は、あの騒動も忘れて、今では平穏無事にいつも通りの日常を送っている。
刃傷沙汰を引き起こした水原の処遇は、退学となった。刃傷沙汰を起こした時点で、警察沙汰になり少年院送りでもおかしくなかっただろうが、事態を公にすることを嫌がった学校が、事件化を防いだ格好だ。被害者サイドである俺からしたら、保身に走った学校に対して、それなりの不信感を抱いたものだ。
ただまもなく、今回の騒動が公になった時、学校名が晒された時、自らの将来にも傷が付く可能性があると気付くと、文句の言葉も引っ込んだ。
まあ、将来のために事件化せず、泣き寝入りをしろと言われれば腹が立つ部分もあるが、学校側の方針が定まった後に俺がいくら文句を垂れても変化はない。
だから最低限、軽井沢さんのメンタルケアと、水原の彼女の再接触を防ぐように、俺は伝えた。
軽井沢さんに、身の毛もよだつくらいのストーカー行為に及んだあの水原が、退学程度で行動を改めるとは、とても思えなかった。
いざとなれば、俺の口から警察に今回の件を伝えても良い。
そう言うと、教師陣はうん、とは最終的に言わなかったが、それなりの危機感を抱いたようにも見えた。
軽井沢さんはこの件、一番の被害者だったにも関わらず、意外と物静かに成り行きを見守っていた。彼女としたら、思い出したくない事件、ということもあっただろう。
『いざとなったら、槙原君が守ってくれると思うので』
しかし、一番の理由は、どうやら彼女には頼りがいのあるヒーローがいるからのようだ。一体、誰だ。
重い期待を浴びてしまい、俺はそれに応えることにした。
『いや、いざとなったら俺なんかでは手に負えないよ』
事なかれ主義の権化から逸脱した回答。
仕方ない。無理なものは、無理である。
いざという時、彼女が再び傷ついてからでは遅いのだ。
結局、彼女にしては珍しく、曖昧な姿勢を崩さぬまま……しばらく軽井沢さんは、親御さんの車で学校に通い、また親御さんがどうしても無理な日は、俺が送り迎えする格好で話はまとまった。
……ここまで来ると、責任逃れを図った学校側への怒りが再燃したが、その時には既に僅かな時間が流れていて、教師側はまもなく始まる期末テストで忙しいからと、俺達の相手をないがしろにした。
曖昧なまま、一ヶ月の時を経たが、今日まで水原側に目立った報復行為などの行動は起こっていない。
ただ最近、水原の近況を聞いたことがある。
ある生徒曰く、最近水原は保護者同伴の上、学校に退学の撤回をするよう申し出をしに来たそうだ。
まあ、申し出、というのは柔らかい表現で……言ってしまえばそれは、脅迫にも近かったらしい。
その生徒は丁度職員室にいたため、耳がキンキンしてしまうくらいの水原の母親のヒステリックな叫び声を聞いてしまったのだとか。
ウチの息子が、そんな事件を起こしたはずがない。
相手のガキの策略に、嵌められたに違いない。
意外にも、母親が騒ぎ散らす間、水原はシュンとした様子でずっと俯いていたようだ。
事態を聞きつけた校長先生により、水原と水原の母親は校長室に籠もった。面白半分でその生徒は、大体三十分くらいの間、連中の成り行きをその場でじっと待ち続けたそうだ。
校長室から出てきた時、その生徒が見た光景は……。
いつの間にか怒りの矛先を水原に変えた母親と、ぎゃんぎゃん泣きわめく、水原だったそうだ。
聞く耳を立てたその生徒曰く、どうやら水原の母親はその時初めて、刃傷沙汰があったあの日の水原の言動を聞いてしまったそうだ。
しかも、どうやらそれだけではないらしい。
「……つまり、水原は安奈って女子を含む三人を……その、身籠らせていた、と」
「うん。そうみたい。最低な人だね、あの人」
果歩ちゃんはいつも通り、ニコニコしながら自らが見聞きした話を俺に教えてくれた。
水原と、水原の母親襲来を、職員室で見た生徒、というのは果歩ちゃんだった。その日は吹奏楽部の練習が遅くまで続き、丁度鍵を返しに職員室に立ち寄った拍子に、彼らと鉢合わせたそうだ。
……まるで、夢のような話だと思った。
高校生の内から……その、それだけエンジョイを出来る、というのは。
「動画配信者とかでもあるじゃない。ファンを食べるってやつ。あの人のそれは、そんな感じだったんじゃないかな?」
つまり、顔が良いからあいつの周りにはファン……または囲いが集まり、あいつを持て囃して、あいつもそれに鼻を伸ばして粗末に食い荒らして、増長して、その天罰が今、降り注いだ、と。
……ただまあ、それなら少し納得出来る。
何に納得出来るかって、彼があれだけ王様気取り出来たことだ。
そりゃあ、周りに自分の意見に同調する人しかいなかったら、つけあがるよなあ。
「今のあの人、どうやら軽井沢さんどころじゃないみたいだよ? 安奈ちゃんとか身籠ったせいで学校辞めて、最近では親同伴で水原宅に押しかけているそうだから」
そんなのが全部で三件同時に起こっているのなら、今のあいつは軽井沢さんどころではないだろう。
もしかしたら、今度はあいつが被害者側に回る時がやってくるかも。
「……まあ、同情は出来ないね」
「アハハ。そうだね」
……ただまあ。
「まあ、色んな人に注目してもらえることは、同性としては若干羨ましくもあるかも」
「そう?」
……まあ、ブサイクに生まれた身だから、思っているだけかもしれないが。
「……そう言えば、槙原君?」
「何、果歩ちゃん?」
「最近、またラブレターもらったでしょ」
なんで知っている?
僅かに緊張が走った。
「……うん。明日、校舎裏に来れませんかって」
「……へえ」
「まあ、また嘘告白だと思うよ? 水原君じゃあるまいし、俺がそんなにモテるだなんてないない。……まあ、この前の刃傷沙汰の被害者として、少し話が聞きたいとかそんなんじゃない?」
「だったら、行くの止めなよ」
「……え」
果歩ちゃんから発せられた冷たい声に、俺は目を丸くした。
……まあ、嘘告白されるのは辛いことだし、何度も何度も被害に遭った俺からすれば、出来れば行きたくない限りだ。
……ただ。
「まあ、行くよ」
「どうして?」
「もし本当のやつだったら、申し訳ないから」
最近、本気の告白で誠実さのない応対をした身としては……あんな悲劇、もう繰り返したくないと思わされた。
「……じゃあ、もし本気の告白だったら、引き受けるの?」
「……どうだろう」
「曖昧だったら、やっぱり止めるべき。そんな気持ちで会っても、向こうも辛い思いをするだけ」
「……そうかもしれないけど」
押しの強い果歩ちゃんに、俺はついに俯いてしまった。ただ意外と、行かない、という選択肢は浮かばない。
「……答えは出すよ。必ず」
「……ふうん」
朝の通学路。
水原の話で始まった果歩ちゃんとの会話は、最後は明日の告白の話で終わりを告げた。
果歩ちゃんは俺に興味をなくしたのか、歩調を速めて、一足先に学校へと向かっていった。
今まで色んな男性キャラを書いてきたが、水原は一番やべーやつになったわ。こいつならいくらでも悪行を重ねさせてもいいという安心感すらある。
知っているか? こいつは最初、主人公の親友ポジに収めさせる気だったんだぜ?
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