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激痛

〜〜〜槇原視点〜〜〜


 こんなことならダイエットしておくんだった。くそ。

 廊下を走り出して数分。

 俺は階段を昇っていたのだが、一階から三階にたどり着く頃には足が笑い始めていた。日頃の運動不足が祟った形である。


 向かう先は、直感的に図書館を選んだ。

 二人きりで話すのなら、静かな場所に行くだろう。そんな読みからだ。


「いないっ」


 しかし、図書館には二人はいなかった。

 図書委員に騒がしいと注意されながら、俺は再び踊り場の階段まで戻ってきた。

 丁度、三階で授業が終わった三年生の人達が食堂のある一階に降りるところで、俺は人波に飲まれてしまった。

 他に、静かな場所。


 浮かんだのは、校舎裏と、駐輪場。

 人波を抜けて、下駄箱で靴に履き替えて、校舎裏も駐輪場も見たが誰もいなかった。


「くそっ」


 滴る汗を拭いながら、俺は考えを巡らせた。

 一体、二人はどこにいる?

 ……ふと、思った。

 一体、どうして俺は走っているんだろう、と。


 もし、俺の読み違いだったらどうなる?


 本当は二人は元々付き合っていて、俺は軽井沢さんが水原君の嫉妬を駆り立てるための当て馬で、無事役割を果たした俺が捨てられた。

 もし、それだったら……。


 いいや、違う。


 もしそれでもっ。

 二人の情事の現場に鉢合わせたとしても。


 一時でも疑念を抱いたなら、それを解消するべきなんだ。


 ……もし。

 もし、軽井沢さんに何かあったのなら。


 多分、俺は一生癒えない……寝取りの濡衣なんかとは比較にもならないほどの傷を背負う。

 そんな気がしたんだ。


 ……ただ、何処だ。

 二人は一体、どこにいる。


 軽井沢さんと水原とやらが行く場所。

 俺はそこを、二人きりで静かになれる場所だと推察した。

 思えばその考えは正しかったのだろうか?


 ……もし、軽井沢さんが俺に寝取られたと嘘報告をしたのが水原君だったとして、軽井沢さんは水原君と二人きりになるような場所を選ぶだろうか?

 それは、二人が元は付き合っていた、という先入観から偏った考え方をしていなかっただろうか?


 ……そこまで考えて、俺は軽井沢さんのことを何も知らないんだな、と思わされた。

 こんな時、真っ先に彼女の行く先を当てられないだなんて、部活仲間として恥ずかしい限りだ。


 ……俺と軽井沢さんの付き合いは、まだ短い。

 でも、知り始めたことだってある。


 俺はこの一週間、彼女の何を知った。

 口調がとても丁寧なところ。

 意外と怒りっぽいところ。

 俺のことを、好いてくれていること。

 交友関係。

 所属するクラス。


 一緒に所属する部活。

 

 ……社会科教室は、人気のある場所だから彼らが話し会う場所にすることはないと思っていた。

 あそこは授業でもあまり使わない教室だ。強いて言えば、模試とか、学年集会とか、そういう時に用いられることが多い。


 だから本来、あそこは人が寄り付かない教室なのだが……彼女以外にもう一人、最近では毎日あそこを利用する生徒がいる。


 それは他でもない俺だ。

 あそこは俺が行く場所。


 特に、お昼休みに、毎日向かう教室。


 軽井沢さんが水原とやらと話すとしたら、人気のない場所だと考えた。

 だから、最もおじゃま虫になろうだろう俺が寄り付くあの教室へ二人が向かうことはない、とそう目論んでいた。


 ……でも、もしその前提が間違っていたのなら。


 俺は、大きく息を吐いて、再び走り出した。

 玄関に戻って、上履きに履き替えて、食堂への移動を終えたのか、僅かな間物静かになる廊下と階段を駆けて……四階へたどり着いた。


 一目散に、最果ての教室に向かって走り出すと、廊下で社会科教室から物音が聞こえてきた。


 社会科教室の扉に手をかけた時、見えた光景は……。


 恐怖に顔を歪ませる軽井沢さんと……。


「やめろっ、水原ぁ!」


 彼女に迫る、水原だった。

 思わず叫んだが、水原が俺に興味を示した様子はない。


 それどころか走り寄りながら、俺は奴の右手で鈍く光るカッターナイフを見てしまった。


 一瞬、恐怖で足が止まった。


「うわあああああっ!」


 僅かな停止のせいで、水原は叫びながら軽井沢さんへ一目散。


「やめろぉぉお!」


 叫びながら、一刻の猶予もないと悟った俺は、机を突き飛ばしながら走った。

 さっきから走りっぱなしで、肺が痛い。


 あのカッターナイフに触れたらきっと、もっと痛い。


 ……でも。


 でもっ!


 立ち止まるわけには、いかないんだ。


 水原に肉薄した俺は、手を伸ばした。

 奴もカッターナイフまで取り出したものの、本気で軽井沢さんを襲う気はなかったのかもしれない。ただの脅しだったのかもしれない。それか、臆病風に吹かれたのかもしれない。

 理由はわからないが、奴は直前になり走る歩調を一瞬緩めた。


 躊躇したのだ。


 その躊躇が、奴が軽井沢さんへたどり着くより先に、俺が奴にたどり着けた最大の要因だった。


 手首だ。

 カッターナイフに触ったら痛い。


 だから……なんとか手首を……っ!


「いでっつぇえええ!」


 ものの見事にカッターナイフを掴んだ俺は、鮮血を滴らせながら声を荒らげた。でも、このままだと軽井沢さんに激突することに気付いたから、おちおち痛がってられなかった。

 軌道を軽井沢さんから逸らすため、俺は奴にタックルをお見舞いした。


 俺達は二人して、机の方へダイブした。


 手と、机に打ち付けた腰が痛かった。


「いててぇ」


 先に立ち上がったのは、俺だった。

 掴んだカッターナイフを奴に取られないように、遠くへ放り投げた。


「……てめぇ」


 まもなく、背後で奴が立ち上がった。


「お前、何しようとしてへぶっ!」


「槙原君!」


 怒れる奴の右ストレートが、俺の左頬へ直撃した。

 脳が揺れる……。


 カッターナイフの魔の手から彼女を遠ざけられて、高まった緊張から開放されたことが原因かもしれない。


 とにかく俺は、情けないことに意識を失った。


「……な、なんだお前」


 薄れる意識の中、俺はいつの間にか社会科教室にやってきた浦野の姿を捉えた。

 最後に聞いた声は、水原の今にも泣きそうな、情けない声だった。

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