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嘆願

〜〜〜少し前・軽井沢視点〜〜〜


 昼休みの一つ前の休み時間。

 最近楽しみになりつつある昼休みの時間の前に、あたしはわかりやすく浮かれつつあった。


 意中の人である槙原君と一緒に昼ごはんを食べるようになって、早一週間と少し。

 先週の始めは、槙原君は借りてきた猫のように、少しきまずそうに社会科教室でお昼ごはん食べていた。あの時なら、彼がどうしてあたしとお昼ごはんを一緒に食べるのを拒もうとしたか、わかりそうなものだった。

 でも、最近ではあたしがいる状況にも少し慣れたのか、前よりも断然、あたしの前でも楽しそうに笑ってくれる。


 我ながら、彼への傾倒具合が尋常ではなくて、驚きを隠せない。

 この前までの彼は、テストで学年一位を取る頭の良い人、くらいのイメージだったのに。


 今日は、なんのおかずを交換しようかな。

 本当はお弁当を自分で作るだなんて、朝いつもより早く起きなきゃいけなくなるから嫌だったのに、彼に自分のお手製のおかずを食べてもらえると思ったら、苦痛どころか楽しみに変わった。

 

 後一時間。

 それだけ待てば、彼と会える。話せる。それだけが、ただ嬉しかった。


「行ってきてやったよ、水原君!」


 異変に気付いたのは、授業が始まる二分前。

 あの日、社会科教室に押しかけて来て以来、水原君は塞ぎ込むようになった。

 そんな彼に自業自得だと度々思ってきたが、彼のシンパである安奈ちゃんが興奮気味に彼に話しかける姿を見て、あたしに嫌な予感が過ぎったのだ。


「あんたが悪いのよ、軽井沢さん」


 水原君への報告もそこそこに、安奈ちゃんはあたしへの敵視を見せた。

 一体、何事か。


 あたしは、首を傾げざるを得なかった。


「水原君と付き合っていたんでしょ? なのに、あんなデブに浮気するあんたが悪いんだ!」


 そうヒステリックに叫ぶ安奈ちゃんを前に、あたしは開いた口が塞がらなくなった。

 途端、あたしは安奈ちゃんのことも忘れて、水原君を睨んでいた。

 今まで、ずっと塞ぎ込んでいたのに……。


 ニヤッと、彼は口角を吊り上げた。


 授業の時間、先生の話は覚えていない。

 ただあたしは、水原君に抱いた内心の怒りを抑えることで、必死だった。


 授業が終わり、あたしは勢いよく立ち上がった。


「水原君、今、良いですか?」


 あたしは言った。

 これまで彼は憔悴していたのに、その時ばかりはとても邪悪な笑みを浮かべて、あたしを見ていた。


「うん。僕も、君と話したいと思っていたんだ」


 教室ではあまりに目立ちすぎる。

 そう思ってあたしは、社会科教室に彼を連れて来た。

 もう、ここで彼と話すことがあると思っていなかったのに、また話す機会を設けてしまった。

 その事実が、酷く不快だった。


「安奈ちゃんに、何を吹き込んだんですか?」


「まずは、近況報告からしないかい? 話すのも、久しぶりじゃないか」


「あなたと話すことなんて、何もない」


「つれないねえ」


 どうやら、とんだ思い過ごしをしていたようだ。

 一週間前、コテンパンに言ってやってから彼は塞ぎ込んでいるように見えた。事実、それは周囲からも同じだったようで、特に同じクラスの彼のシンパである数人の女子は、彼を心配し度々声をかけていた。


 何があったの。

 よかったら相談に乗るよ。

 数人の女子が、彼にいい格好をしたくて、頼れる姿を見せたくて、そんな言葉をかけている姿を何度か見た。

 その度、何度反吐が出ると思ったことか。


 盲目的な狂信者は、いつだって堕落した教徒の元に集うんだな、と理解らされた気がした。


 あたしは、彼のことが嫌いだった。

 彼は、言動一つ一つが周囲を見下していることが見え透いていた。顔が良いのは認める。でも、その顔の良さが、彼の周りにシンパを生み、彼を助長させ、彼を誤解させたのだ。

 彼の頭の中は、端から見たらピンク色一色だった。

 ただ、周囲がそれを良しとするから、彼はそれを変えようとしなかった。


 まあ、関わり合いにならないなら、彼のことなんて放っておけばいい。

 そう思っていたから、放っておいたのだ。

 ただ、彼はあろうことか、あたしの気も知らずに、そんなあたしに目を付けた。


「早く言ってください。安奈ちゃんに何を言ったんです」


「間違ったルートを正すようにしただけさ」


「回りくどいです。そんな言い方しても、賢いようには見えませんよ」


 学力のことは意外と気にしていたのか、彼は舌打ちをした。ただ、すぐに歪んだ顔を邪悪な笑みに変えた。


「……なあに、そんな変なことは言ってない。君のことを、彼に寝取られたって言っただけさ」


 邪悪に微笑む彼に、あたしは初めて恐怖を抱いた。

 あたしが、誰に寝取られた……?


 あまりに事実無根な話に、身の毛がよだった。


「知っているかい。安奈ちゃんを含む僕の囲いの中では、僕と君が付き合っていることは周知の事実になっていたんだ」


「なんですか、それ」


 まったく、笑えない話だ。

 彼女達も彼女達だ。

 そんな話を聞いて、よく彼に付いて行こうと思ったものだ。


「彼女達は、よく言っていたよ。彼女がいようがいまいが、水原君のことを第一に考えるんだって。むしろ、彼女が出来ただけで彼から離れるなんて、愚か者のすることだって」


「……本当に、宗教みたいでゾッとします」


「宗教……? アハハ、そうかもね。僕は教祖で、連中は敬虔な信者。でも、教祖には教祖なりに困ることもあるんだ。それは、信者の求心力をどうやって高めるかってことだ」


 納得げに、水原君はあたしを見据えた。


「だからさ、困るんだよ。君にこのまま、振り向いてもらえないままはさ」


 途端、彼の顔がまた歪んだ。


「昔から僕、何でも手に入ってきたんだ。ほら、僕って格好いいだろ? 格好いいってさ、それだけで人生が楽なんだ。女は勝手に寄ってくるし、命令すれば従うし、資金の援助だってしてくれる。なんだって手にしてきた。叶ってきた。なのに……君くらいさっ、僕に歯向かうのは!」


 いつか、目の据わった精神科医が犯罪者の犯行動機を、歪んだ特権意識と評していた。

 まさしく、目の前にいるモンスターはそれだと、あたしは思った。


「これが最後通告だよ」


 彼は言った。

 ……一体、どの立場から言っているのだろう?

 甚だ疑問だった。


「僕と付き合え。あんなブサイクより、僕と付き合えっ!!! ……君は、そうするべきなんだ。間違いなく、そうした方が幸せになれるんだ」


 口調を荒らげた彼の姿を、あたしは目に焼き付けた。

 これが、特権意識の成れの果て。

 

 こうはならないようにと、反面教師にしようと……しかと目に焼き付けた。


「嫌です」


「……何?」


「確かに、あなたは顔は格好いいでしょう。でも、それだけじゃないですか。たったそれだけ……。彼は違います」


「お前達、本当は付き合っていないんだろ?」


 あたしは、水原君にこの前の嘘が見抜かれていたことに動揺した。

 ……あたしは、槙原君に無闇な嘘を付くべきではないと言われたことを、思い出していた。


 言われておいて良かった。

 もしかしたら、心が揺らいでいたかもしれないから。


「図星か」


 くっくっくっ、と彼は笑った。


「一体、何がおかしいんです?」


「所詮、あいつは風除けなんだろ?」


「なんですって?」


 しかし、別の角度から彼は、あたしの心を揺さぶった。


「男が寄り付かなくする風除け。あいつはブサイクだし、本気にしないだろうし、丁度良い風除けだったんだろ?」


 あたしの心は、揺さぶられた。


「それかあれだ! 好感度上げの道具だ! あたしはこんなブサイクでも付き合えますって思われれば、ウケがいいもんなあ!」


 湧き上がっていた感情は……。


 怒り、だった。


「違う!!!」


 違う。

 そんなんじゃない。

 そんな感情じゃない。


 彼に抱く感情は、それだけは……一切の、邪な感情はない。


 それを踏みにじられ、怒りが沸いた。


 声を荒らげて、今にも彼に手を上げそうだった。


 しかし、途端あたしに興味を失ったように、フッと目から光をなくした彼を見て……あたしは、再び恐怖を抱いた。


「もういい」


「……え?」


「もう、お前に興味はない」


 ……不思議だった。

 言葉だけを聞けば、最近までの行動を鑑みて、喜べそうなものなのに。


 ……足の震えが、止まらなかった。


「そう言えば、ここでお前に言われたな。上から目線な僕に、お前がなびくことはないと」


 一歩一歩、彼はあたしの方へにじみ寄ってきた。

 

「あの言葉、心底不愉快だったよ。その時に決めたんだ。最後通告をして駄目なら、もう諦めようって」


 あたしも、にじみ寄る彼から逃げるように、一歩一歩後ずさった。


「もう、君を諦めることにするよ」


 ただ、足は子鹿のように震えて、うまく動かない。


「ただね。生憎僕は不愉快にさせられたことを許せる程、心が広くないんだ」


 あたしは、彼と、自分の笑う足を交互にみやった。

 心は焦っている。

 なのに、足は動かない。


 ……彼はポケットから、カッターナイフを取り出した。


 殺される。

 そう思った。


「安心しなよ。殺しはしない」


 彼は、狂気的に笑っていた。


「でも……刻み込んでやるよ。あの時、僕のものになっておけば良かったなって」


 二つの息遣いが、よく聞こえた。

 荒れるあたしの息と、興奮気味の彼の息。


 感覚的にわかった。

 今にも、彼があたしに襲いかかろうとしていることに。


 怖い。

 浮かぶ感情は、さっきまでの威勢の良いものとは違い、恐怖だけ。


 でも、あたしは恐怖のあまり逃げ出すことさえ出来ずにいた。


 ……そんな時、浮かんでくる顔が一つあった。


 それは他でもない、彼だった。

 一体、どうして今、彼の顔が浮かぶのだろうか?

 走馬灯か……。もしくは、罪悪感からか。


 ……彼のことが。

 槙原君のことが、好きだった。

 好きになったのは最近。

 でも、この感情はとても尊いものだと思った。


 気付けばあたしは、彼の下駄箱にラブレターを入れていた。


 あの日は、放課後になるまで生きた心地がしなかった。

 いや、放課後になったら、もう死んでしまうと思った。


 あたしは、彼に告白した。


 彼は、あたしの告白を拒んだ。

 ……でも彼は、あの日以来あたしのそばにいてくれる。


 いいや違う。

 あたしが、彼を掴んで離さないのだ。


 だから、罪悪感が浮かんだのだろう。


 今更になってあたしは、あの日以降、彼に多大な迷惑をかけてきたんだと気付かされた。


 あたしは、彼が適当なことを言う度に怒りを露わにした。


 ……なのに。


 なのに彼は、色々強引なことばかりをするあたしに、絶対に怒ることはしない。

 それは……彼の優しさから。


 彼は優しい。

 色々と複雑な感情を持っているだろうが、それを絶対に口にしない。

 相手の気を悪くしたと思ったら、すぐに謝罪してくれる。


 そして……いつだって、笑っていてくれる。


 もしかしたらあたしは、今、彼を待っているのかもしれない。


 優しい彼が。

 頼れる彼が。


 あたしを、助けに来てくれるって……。

 毒リンゴを食べ眠りについた、シンデレラの気分にでもなっているのかもしれない。


 ……お願い。

 お願い。


 助けて……。


 助けて、槙原君っ!


「やめろっ、水原ぁ!」


 向こうから、声が響いた。

 その声は、強引なあたしに優しく微笑みかけてくれる、彼の声だった。

ザ・王道

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