案山子の家
私の生まれた場所はかなりの田舎で、田んぼがたくさんあり、田植えの時期になると散々こき使われヘトヘトになった。
そんな田舎なため、鳥獣対策に案山子がいたるところに立てられていた。
案山子作りは子ども達の仕事で、小学生の時はかっこいい案山子を作る事に精を出していた。
長い間田んぼを守った案山子は山に行き神になるという言い伝えがあったため、私達は誠心誠意を込め丁寧に作った。
侍が好きだったため、おもちゃの刀、木で作った兜を付け、目立つ案山子を作った。
自分の案山子が田んぼに飾られるのを見るのはとても誇らしかった。
そして、いつの間にか消えている案山子に悲しさを覚えながらも、神となり山から見守ってくれてるのだと想いを馳せた。
中学生になり、バス釣りにハマった。
山奥に大きいバスが釣れる池があるという話を聞き、友人達6人で向かった。
自転車で2時間程もかかるが、暇と体力を持て余した中学生なため、半分冒険気分で意気揚々としていた。
遊び場の少ない田舎なため、新天地を求め、こういった冒険は定期的に行われていた。
普段は誰も行かない山奥、そこに大きな溜め池があった。
おそらく私有地。だが悪ガキの私達には関係ない。
バス釣りを開始し遊びまわった。
しばらくすると釣りにも飽き、周りの探索をし始めた。
田舎で育った我々野生児は、初めてくる山にワクワクしながら足を進めると、仲間の6人が声をあげた。
「気色悪い家があるぞ!」
人の踏み込まない鬱蒼とした薄暗い木々の中に、古い古民家の廃墟がポツンとあった。
しかもその家はおびただしい数の案山子に囲まれており、庭、屋根、果ては壁にまで案山子が刺さっていた。
あまりに不気味な光景に唖然としていると、数ある案山子の中に、おもちゃの刀と木で出来た兜を付けた案山子があることに気がついた。
かなりボロボロになっているが間違いなく私が小さい頃に作った案山子だった。
夕方の帰り時だったのもあり、みんなで「気持ち悪い、不気味だ。」と呟きながらその家を後にした。
その晩、夕御飯を家族と囲んでいるとき、不気味な案山子の家を見つけたことを話すと、父親が苦虫を噛み潰したような顔で「あの家を見つけてしまったか。」と語り始めた。
父親もまだ小さい頃。
その家には、子どもを亡くし、気が狂ってしまった女性が住んでいた。
何を思ったのか、案山子を子どもだと思い込み、家に集め始めた。
村の人達は迷惑にも思ったが、子どもを亡くしたという悲劇に同情し、何も対策は取らず、案山子がいなくなると新しく案山子を作る事を繰り返したという。
そのまま幾年か過ぎ、女性は案山子に囲まれて亡くなった。
その後、事件は起きた。
村の子どもが2人、案山子の家の中で死んでいるのが見つかった。
村人は、女性の悪霊が子どもを殺したのだと考え、毎年いくつかの案山子を家に奉るようになった。
「お前が大人になったら事を話し、案山子を奉る手伝いをさせる予定だった。誰にも言うなよ。」
と父親は話を締めくくった。
人の口に戸は立てられぬ。
私は次の日には、一緒にバス釣りに行った面々に、案山子の家の顛末を話した。
娯楽の無い田舎で、降って湧いた面白い話しに一同は盛り上がり、肝試しにいく計画を建て、その日の
夜に案山子の家に向かった。
静かな夜の山を悪ガキ達の賑やかな声が響き渡る。
夜の山が危ないことは重々承知しているが、山遊びに慣れ、気心も知れた者が6人も揃っているため、何も怖くはなかった。
一度訪れた場所である。迷うことなくたどり着く。
改めて見ると本当に不気味な家だ。しかし、僕らには仲間に囲まれているという心強さがある。
中学生男子はそれだけで敵知らずになる。
仲間の1人が玄関扉を蹴破り中に入る。
家の中は思ったより朽ちておらず、しっかりと形を保っていた。
家の中でもボロボロになった案山子は至るところに散乱しており、存在感を放っているが、案山子以外の物は見当たらない
家の中全て散策し終わった後、1人足りないことに気がついた。
玄関扉を壊した仲間内で一番お調子者だ。
「呪われて連れ去られでもしたか?」「隠れてるのだったら出てこい!冗談じゃないぞ!」
初めは冗談交じりだったが、一向に姿を表さないため、焦って全員で探し始めた。
しばらくすると呼ぶ声が聞こえてきた。
「みんな来てくれ!ここにいるぞ!」
声の元に行くとそこは家の外で、途中でいなくなった仲間が血まみれで気を失って倒れていた。
動物に襲われたのかと周りを見渡したが特に何もない。
大人数で来ていたのが幸いだった。
みんなで抱えて急ぎ山を下り、病院に向かった。
「動物の仕業かな?」「それにしては争う音が聞こえなかった。」「呪いかも知れない。」
突然訪れた事態に戸惑い困惑した。
病院運び込むと両手両足が折れているとの診断を受け、緊急で手術が行われた。
帰宅後、父親に事情を話すと思いっきり殴られ叱られた。
「誰にも言うなと言ったのに。実際に呪いなんて物が本当にあるかどうかは知らないが、何が起こるかわからんぞ。」
自分が面白半分に話を広めたせいで、こんなことになってしまい自責の念を感じながらその晩を過ごした。
2週間後、怪我をした仲間の具合が喋れるくらいには良くなったとの連絡を受け、見舞いに行き、何が起こったのかを聞いた。
「お前達を驚かそうとひっそり家の外に出たんだ。するとそこに子どもがいた。母親じゃなかったんだ。子どもだった。あの家の案山子どれもボロボロだっただろ。案山子を壊して遊んでいたんだ。俺を見て新しいおもちゃだと言って凄い力で俺に襲いかかってきた。母親は案山子を子どもだと思っていた訳ではなくて、人型のおもちゃとして与えていたんだよ。」
その時の恐怖を思い出したのか、涙ながらに答えてくれた。
それ以来私は毎年案山子を奉る行事を手伝うようになった。
村の中でも知る人だけが知るという行事。
多くの人に知られてしまっては、また悲劇が起こるかも知れない。しかし案山子を奉る人がいなくなっても、子どもの幽霊がおもちゃを探して人を襲うかもしれない。
今年も案山子を奉る。しばらくすると案山子は消える。きっとあの家の中で八つ裂きにされているのだろう。私達の代わりとなって。