『第13話 火の鳥が落ちるとき(後編)/11・製粉所崩壊』
祭りを前に臨時休業としたオレンダ製粉所。しかし、オール・オレンダとジェイブ・オレンダの2人は祭り開けのスケジュール調整のため出勤していた。祭り準備のにぎやかさも聞こえない中、黙々と書類整理を進める。
「改築費をもう少し抑えられれば。来年の麦の出来次第では苦しくなるな」
「兄さんが休業中も作業員達に給金支払いの約束なんかするせいですよ。仕事もないのに給金出すなんて馬鹿らしい」
「そう言うな。休業中に他の仕事を見つけてそちらに行ったらどうする? 単純作業でも新人と熟練者とではまるで違う。頭数さえ揃えれば良いわけじゃ無いんだぞ」
疲れた目を押さえるオールを尻目に、ジェイブが自分で紫茶を入れる。ほとんど休みになっているため、紫茶を入れるのも自分でやらなければならない。
「まったく頭が痛い。ミーナが羨ましい。今頃はトゥヴァード号でのんびり空を楽しんでいるんだろうな」
手を止め窓から外を見る。良い天気の中、燃えながらこちら向かって飛んでくるトゥヴァード号が見えた。
「にににににに兄さん!」
震えながら外を指さすジェイブに、何だとばかりにオールも窓際に歩み寄ろうとする。途端、窓からオレンダが飛び込んできた。
「兄さん!」
「シェルマ。ななな、何だあれは?」
震える手でジェイブが窓の外、トゥワード号を指さす。
「トゥヴァード号が不時着します。中の人達を全員避難させてください」
「避難って」
「説明は後で。ここの他に人のいる場所は?」
「入り口受付と警備室。非常時の待機要員として数人待機所にいるはずだ?」
オールの返事にオレンダは
「そこを回ります。兄さん達はすぐに製粉所から離れてください」
「すぐにって?!」
「今すぐです!」
その剣幕にオールは書類をかき集め始める。
川を挟んだ反対側の建物では、スノーレが休日出勤していた清掃員や警備員たちを避難させている。
「急いで! とにかく製粉所から離れてください」
走る従業員達を急き立てる。
燃えるトゥヴァード号が少しずつ速度を速めながら降下していく。船体の下では魔人が風の精霊を使って落下速度を緩めようとしているが、加減がよくわからないのか却って船体の揺れを大きくしているだけである。
製粉所の中央を流れるマナカ川。製粉用の巨大水車の上にルーラが降り立つ。もちろん休業中なので水車は止まっている。
高度を下げていくトゥヴァード号の飛行船部分が炎に包まれ、一気に剥がれ跳び、最後の三層目が現れる。
ブリッジでは舵輪を持つクインの腕が止まる。
「舵輪が動かない!?」
「安定翼がいかれた。動かん」
「じゃあ、もうただ落ちるだけかよ!」
イチジクが伝声管に
『こちらブリッジ。操船不能。機関室の全員。何でも良いから落下に備えろ! 落ちたらすぐに外に出て遠くに逃げろ。艦長命令だ!』
プリンスキーが、メルダーが、船員達がブリッジの手近な所にしがみつく。
ギメイはクインの腰にしがみつき「そこじゃない!」と蹴り飛ばされた。
彼女は舵輪にしがみつきながら真っ直ぐ前を見据える。ブリッジ越しにオレンダ製粉所がどんどん近づいてくるのが見える。
製粉所からオールとジェイブ、オレンダが書類を抱えて出てくる。別の出入り口からはスノーレに引かれるように従業員達が走り出てくる。
ルーラは水車の上から精霊石を通して水の精霊に声をかける。落ちてくるあの大きな塊を受け止めてほしい。なるべく優しく。
水の精霊は呆れてやだよと拒絶する。
ルーラがお願いする。
水の精霊は面倒くさがって乗り気でない。
ルーラはお願いを続ける。あれには大切な人達が乗っている。受け止めてくれないと死んだり大怪我したりするかもしれない。助けてほしい。
水の精霊は迷っている。
トゥヴァード号の下に並んで飛んでいた魔人が落ちて来て、そのまま川に突っ込む。水しぶきが高く上がり、川底で魔人が羽を広げて精霊に語りかける。私からも頼むと。
川の水が集まり盛り上がり、大きな膜のように広がった。トゥヴァード号を受け止めるネットのように。
「ありがとう!」
叫ぶ彼女の目に、突っ込んでくるトゥヴァード号のブリッジ、舵輪を握り歯を食いしばるクインが見えた。
「動け動け動けーっ」クインが全力で舵輪を引く。「トゥヴァード号、あんたはスターカインの誇りなんでしょ。根性見せなさい!」
途端舵輪が動いた。安定翼が動き、船体が仰け反るように機首を上げる。
「トゥヴァード号、あんたのいい男レベルが上がったーっ!」
広がる水面に抱きつくようにトゥヴァード号がぶち当たる。
そのまま川面に落ちるが少し捩れた。わずかな傾きが川面を滑り落ちながら斜めになり、そのまま船体の中央で真っ二つに折れると両河川の堤防部分をえぐるように破壊する。
ブリッジの中のクイン達が、機関部の中のワット達が衝撃で吹っ飛ぶ。
川の水が壊れた河川部分から越え製粉所に流れ込む。
船体がぶつかり水車が吹っ飛び土手を越え、建物部分に突っ込んだ。
トゥヴァード号の前方が西側の建物に、後方が東側の建物に激突する。
製粉所の瓦礫と泥水に埋もれるようにして、やっとトゥワード号はその動きを止めた。
「みんな無事?!」
スノーレとルーラがブリッジに飛び込む。
イチジクやプリンスキーたちはみな壁際で倒れていた。落下の衝撃でみんな叩きつけられたのだ。
「これが無事に見えるのぉ~っ!」
クインも壁際にいた。激突しつつもギメイの体がクッションになったおかげで怪我はないらしい。その手には、軸とを繋げていたサーベルが折れた舵輪がしっかりと握られている。
「サーベル折れた~っ。私の愛刀ーっ」
「それだけ元気なら大丈夫ね。ルーラ、機関室の人達を」
スノーレに言われブリッジから飛びだしたルーラは、機関室から飛んで出てくる魔人を見た。ワットを背負い、両腕から伸びた無数の触手で船員達を捕まえ、外に運び出している。
魔人の前まで飛んできたルーラが
「ありがとうございます!」
「こ……この化け物は……味方、なのか……」
息絶え絶えのワットにルーラは笑顔で
「お友達です」
「だったら早く下ろすよう言ってくれ」
船員達にとって、触手1本で宙ぶらりんなこの状態は恐怖しかない。
魔人が困ったように呻くと周囲を見回す。地面は溢れた川の水が流れ、ワット達をどこに降ろして良いのか迷っているようだ。
ルーラが飛び、上空から製粉所を見下ろす。
2つに折れたトゥヴァード号が河川を崩し、敷地内に川の水が流れ込んでいる。製粉所の建物も水車と船体がぶつかって東西共にぐしゃぐしゃである。
「……怪我人さんたち。どこに運べば良いんだろう……?」
困ったような笑顔と共に、ルーラは顔を引きつらせた。
魔導師連盟別館地下。宙に映し出されたその様子に目を向けながら、スピンはゆっくり息をついた。
「何とかなりました。感謝します」
魔導陣の中のテン・ゼロに向き直り、片膝を突いて頭を垂れる。
「約束です。希望を叶えてもらう代償……この命、どうぞお好きに」
そう言いながら、彼は不思議と心が安らいでいた。これから自分に何をされるのか、魔族達の実験台か何かで殺されるのか、異形の姿に変えられるのか? スパイとして魔族のために働かされるのか?
だが、テン・ゼロは彼の前に同じように片膝を立てて座り、静かに指を一本立てた手を彼の前に出し
(……あなたたちの言葉ではこうですか……「貸し、ひとつ」……)
頭に届くのその声は、心なしか彼の母親によく似ていた。
唖然とする彼の前で、立ち上がったテン・ゼロの姿が歪む手足が引っ込み、再び巨大な水滴のようになると静かに魔導陣の底、魔界に繋がる通路に入っていった。
テン・ゼロの姿が完全に沈むと魔導陣の輝きが消え、静けさが帰ってくる。魔導陣からは何の力も感じられず、ただランプの光が部屋を照らすだけ。
「貸し、ひとつですか」
スピンは立ち上がり、静かに嬉しげな笑みを浮かべ
「利子が高そうだ」
貸しはいつか返さなければならない。それはもしかして、人間に危害を加え滅ぼす助けなのかもしれない。
「それもいいか。安全が約束された未来なんて、ありはしないのですから」
静かに壁に向かうと、壁にもたれるように倒れているルシフィアスに
「あなたも少しは懲りたでしょう。時には自分を否定することも大事ですよ。私のように前歯ですむうちにね」
にっと笑う彼の口から数本欠けた前歯がのぞく。
しかしルシフィアスはそれを聞いていなかった。壁にもたれた彼は、手足がひん曲がり、顔はぐちゃぐちゃに叩きのめされ、血を吐く口から見える歯は何本も前歯が折れている。それはちょうど、スピンと同じ場所の歯だった。




