『第13話 火の鳥が落ちるとき(後編)/10・負傷者達』
横倒しになった船室に衛士や治療班が駆け込んでいく。中の人達はほぼ全員壁に叩きつけられ、土に埋もれうめき声を上げている。
「まさか来てもらった治療班が役立つとは思いませんでしたね」
「まったくだ」
左腕に包帯を巻いたスラッシュの言葉にトップスが頷いた。
「あなた!」
息を切らしながらスラッシュの妻・セシルが走ってくる。
「よかった。衛士隊の人から予定を変更してこちらに向かったと聞いて、空ではトゥヴァード号が燃えているし」
言う彼女をスラッシュはそっと抱きしめ、言葉が止めさせる。
その様子を見ながらオレンダは隣で包帯まみれのリドゥに膝枕をしているラムをちらと見る。
「気を遣わなくても良いわよ。この男を放り出して噛みつきに行くほど非常識じゃないから」
治癒魔導の影響で眠っているリドゥの髪を手櫛で整えながら
「こいつでしょ。前に話題になった逃げられ婿さんって」
「ご存じでしたか ……いろいろ言われましたが、こういう底抜けのお人好し。私は好きですよ。自慢の友人です」
「そう」
リドゥの寝顔を見下ろし、半ば呆れた笑顔を見せながら
「私も嫌いじゃないわ」
ラムの頬が少し赤らんだのでオレンダの表情に驚きが浮かぶ。だが、リドゥと彼女が執拗に思いを向け続けているスラッシュ、宿る眼力こそまるで違うが見た目のイメージは似ている。もしかして、彼女はこういうひょろっとした男がタイプなのかもしれない。
「ギガちゃん、降ろして良いよぉ。あたしも治療に回るぅ」
倒れた船室からホワンを背負いイントルスが出てきた。制服は泥だらけの上、どこかにぶつけたのか額から血を流している。
「ダメだ。今のお前は治療を受ける側だ」
彼の言うとおり、背中の彼女は目の所に青痣をつけて鼻血を拭った跡もある。落下時に勢い余って壁にぶつかったのだろう。
「ギガちゃんだってそうじゃない。背中は応急処置だけなんだよぉ」
彼女の声を無視してイントルスは駆けつけてきた衛士達に
「中でカオヤン・ジンギスカンが気絶している。不時着時に頭をぶつけたらしい。見てくれ」
と言付け、ホワンを日陰の芝生へと連れて行く。
「あー、外の空気が美味しいわ」
別の船室からベルダネウスに肩を借りてミーナが出てくる。足をくじいたのか、右足を引きずり気味だ。
「姉さん。無事でなにより」
オレンダがアバターを伴い歩み寄る。
「姉さんって、もしかして」
ベルダネウスに顔を向けられた彼女がイタズラっぽい笑みを浮かべた。アバターが戸惑ったような顔をしてベルダネウスの足に鼻を寄せる。
「話通りしぶといな。ベルダネウス」
トップスが歩いてくる。
「死ぬのは一生に一度しか出来ませんからね。もったいなくてついついし損ねるんですよ」
「……ベルダネウス……」
その名前に足を止め息を飲むオレンダ。
真顔になって彼に向き直るベルダネウス。
救助に忙しい人達の中、息を飲み緊張した面持ちのオレンダと、余裕を持ったベルダネウスが向き合う。まるでチャンピオンと挑戦者のように。
「ザン!」
ルーラが笑顔で駆け寄ってくるのに、彼は無言で空を指さした。彼女は足を止め、差された指の先を見る。そこに見えるのは煙を噴いて飛んでいくトゥヴァード号の後ろ姿。
わかっているなと言うように微笑む彼。わかってますと頷く彼女。
ルーラの体を風が巻き、大空へと飛ばす。そのまま彼女はトゥヴァード号を追って飛ぶ。
その後ろ姿を見つめながらオレンダは
「アバター、ここにいるんだ」
残って何をするんだよと言いたげにアバターがニャアと返事をする。
「怪我で苦しんでいる人達に肉球でも触らせてやれ」
駆け出し魔導を発動、飛行魔導で弾かれるようにルーラの後を追う。クインが呆れたようにお世辞にも綺麗な飛び方ではない。よく言う「魔力で自分をブン投げる」飛び方だ。
「あれが弟さんですか」
右に左に上に下に不器用に弾かれるような飛び方をするオレンダを見つめ
「……不器用そうですね」
「出来の悪い弟って可愛いものよ」
笑いながらミーナはアバターの前に座り
「肉球!」
出した掌に、アバターがお手のように自身の前足の肉球部分をのせた。
ウブの人達の多くが空を見上げ、あんぐりと口を開けている。
飛行船部分が燃え、煙を上げながらトゥヴァード号がゆらゆらと飛んでいる。町並みを越え、サークラー教会を越え。
「王子!」
教会で白いエプロン姿で彼の戻りを待っていたカラメルがハラハラしながらそれを見上げ、意を決すると
「すみません。馬車を貸してください」
そばで同じように見上げていたニーベルトに言った。
トゥヴァード号飛行船部分に新たな炎が上がった。
震える船体をブリッジの隙間からのぞくギメイが
「おい、製粉所まで持つのかよ!」
だが同じように見ているイチジクは、遥か前方に見える製粉所と見比べ
「慌てるな。飛行船は多重構造だ。外側1枚燃えたぐらいですぐには落ちん!」
そこへオレンダがブリッジに飛び込んできた。床を転がり後ろの壁に激突する。
「な……何かすることはありませんか?!」
赤く腫れた顔をしかめながら言う彼にメルダーが
「製粉所に不時着させる。先に言って中の人を避難させろ」
「製粉所?!」
「お前の実家の会社だ。急げ! スノーレとルーラは先に行っている」
「了解!」
すぐさまブリッジから弾かれるように飛んでいく。




