『第13話 火の鳥が落ちるとき(後編)/7・不時着作戦』
ブリッジの隙間からルーラとスノーレが入ってくる。
「どう。バランス取れた?」
「何とか」舵輪を握ったままクインが答え「でも、これからどうするの? ぐずぐずしてたら、またどこかから火が出るかも」
ブリッジにはクイン達の他にメルダーとミーナも来ていた。
「どこかに軟着陸するしかないだろう。スノーレ、トゥヴァード号は今どこをどの方向に飛んでいる?」
メルダーの問いに
「ウブの南をゆっくり旋回しています。このままだと北上する形でウブに入り、ほぼ中央に墜落します」
「コースをずらせない? せめて人のいない場所に」
「ダメだ。安定翼がいかれている」
イチジクが首を横に振り
「飛行船内の暖度をずらすことで小さく曲がることは出来るかもしれないが、それだと船体のバランスが取れなくなる。コントロールを失い地面に突っ込むぞ。中の我々は全員死亡だな」
「そんなの嫌です!」
ルーラが叫ぶ。
「サークラー教会の広場に下りられない? これが留まっていたところ」
クインの提案に
「垂直着陸が出来ん状態では無理だ。それにあそこは人が集まっている。突っ込んだら大惨事だぞ。降りるなら広々として人のいない場所だ」
「ウブ周囲の山中とかは?」
「火事になっても良いならな」
ウブを離れれば人的被害は少ないが火事になったときには消火設備がない。へたをすれば数日にもわたる大火災だ。それに平坦でないため軟着陸より墜落になる。
「川の上は? センメイ川とかマナカ川、カルディナ川でも」
「トゥヴァード号を受けきれる幅があるかだな。それに河川には住宅や店が密集している。着水に伴う波がそれらを襲うし、着水が少しでもズレたら住宅街に突っ込むぞ」
「完璧を求めていたら何も出来ないわよ! ただでさえバランスを保つだけで精一杯なんだから」
クインが悲鳴を上げる。
「でも、確かに下りるとなれば川が最適ね」
ミーナが仕方ないとばかりに息をつき
「ウブの中央って言ったわね。マナカ川に沿って北上できる? 北端に広場があるはずよ」
「北端。……それはもしかすると」
メルダーに言われて不敵な笑みを返すミーナ。
「ええ。オレンダ製粉所よ。そこにトゥヴァード号を降ろして!」
「良いんですか。どれほど丁寧に降ろしても製粉所は」
「中央に川があって左右に開けた平地。建物はあるけれど今は祭りのため臨時休業。人は数えるほどしかいないわ。それに忘れたの。製粉所は祭りの後、大規模な改築を行うわ。降下に巻き込まれ壊れても解体の手間が省けるだけよ。川が溢れて水浸しになっても関係ないわ! むしろそうなったらこれを恩に着せて改築費用のいくらかを市に負担させてやる!」
半ばヤケのようにも聞こえるが
「確かに、現状ではそこが降ろすのに最適のようだ。ウブの北端か……」
ギメイがブリッジの端から見下ろし
「現在地点はウブ南の田園地帯。製粉所に行くにはウブを突っ切らないとダメだな。もつかな」
「高度が足りない。バラストを落とす」
イチジクが計器を操作するが
「ダメだ動かん」
伝声管に
『イチジクだ。バラストを手動で落とす。手の空いている者は倉庫に向かえ! 船室ブロックも落とす。中にいる者達を後方機関部か前方ブリッジに移せ!』
「船室をまるごと落とすなんて出来るんですか?」
「緊急時に船体を軽くするためブリッジと機関部をのぞいて切り離せるようにしてある。実際に落とすことになるとは思わなかったがな」
「でも、今船室にいる連中って、ほとんどこいつらの仲間よ」
ミーナが隅で手枷をはめられ、縛られているカオヤンを指さした。
「わかっている。だが、まさかそいつらを乗せたまま落とすわけには行くまい」
「かまわないでしょう。最初から自分たちも死ぬつもりでトゥヴァード号を墜とそうとしたんだし。そいつらの重さだけでもなくなればかなり軽くなるわよ」
さすがにミーナの言い方には棘がある。
「だからと言って……」言いかけたスノーレが眉をひそめ「1つの手かも」
その呟きに皆がスノーレを見た。彼女らしからぬ意見に思えたのだ。
「ルーラ、大地の精霊に落下物を受け止めてもらうことは出来る? ほら、前にゴーディス教会でイントルス達を受け止めたような感じで」
「あれは地面を持ち上げただけです。でも、それに加えて地面を柔らかくしてもらうぐらいなら。でも、せいぜい数秒ぐらいだと思います」
「着陸時に柔らかければ十分。隊長」
メルダーに向き直り
「連中を船室に入れたまま落としましょう。できるだけ高度を下げて、落下時に大地の精霊に受け止めてもらう形にして」
「本体より先に船室部分だけを軟着陸させるのね! 残りは製粉所に落とす」
わかったとばかりにクインが叫び、スノーレが微笑む。
「そんな面倒くさいことするぐらいなら、トゥヴァード号をまるごと受け止めてもらった方がいいんじゃないか?」
「重いの1回と軽いの2回、似たようなもんだ。だったらリスクを2回に分ける方を取る。精霊だって受け止めるのは軽い方が良いだろう」
断言しつつもメルダーは
「だが、本当にそんなこと出来るのか?」
「何とかなると思います。すごく頼りになる助っ人が来てくれましたから」
「助っ人?」
スノーレの言葉にきょとんとするギメイやクインのすぐ後ろにいつのまにか魔人が立っていた。それに気がつき「わっ!」と驚く2人。
「……なるほど、こいつは強力な助っ人だ」
唖然としながらも頷くメルダーの背後にプリンスキーとイチジク、ミーナが隠れ
「ななな、何よこの化け物?!」
失礼なミーナの言葉だが、魔人を初めて見る身としては当然の反応だ。
「紹介しましょう。魔界の住む魔族の人です。名前がわからないので我々は単に魔人と呼んでいます」
「我々を襲って食べたりしないか?」
恐る恐る聞くプリンスキーに
「魔人さんはお友達です」
「ここにいる事情はわかりませんが、少なくとも今は私たちの味方のようです」
もしかしてルシフィアスがらみではと皆が思ったが、あえて口にしなかった。
魔人も自分に向けられる半信半疑の目に気がついたのか、両手で大きく○を作って見せた。
「どこでそんな仕草覚えたのよ」
呆れるクインだが、魔人に対する不信は一気に和らいだ。
「よし、時間が無い。急げ!」
「内部での制御が難しい以上、トゥヴァード号の動きは外から精霊に動かしてもらう。ルーラ、出来るか?」
「あたしは受け止めてもらうよう大地の説得がありますから。トゥヴァード号を流すのは魔人さんにお願いすることになります」
どう説明しようか迷う彼女に魔人は歩み寄ると、精霊の槍の穂先、精霊石を優しく包むように握りしめた。
「あ……」
精霊石を通じて柔らかな流れが彼女に伝わってくる。
「大丈夫みたいです」
笑う彼女にまだイチジク達は「信用して良いのか」と言いたげな顔をしている。




