『第13話 火の鳥が落ちるとき(後編)/6・最高の助っ人』
ブリッジが震え、前後の傾きに加え、右側が下がるように傾き始める。
「こんなくそぉっ!」
足を踏ん張り舵輪を握るクイン。
皆が手近な手すりやらにつかまって滑り落ちないよう耐える中、カオヤンは壁際まで滑り落ちる。それによってむしろ姿勢が安定した彼は最後の爆薬に火をつけ
「これで勝負ありだ!」
クインめがけて投げつける。が、無理な姿勢で投げたためそれは大きく外れ彼女の前方、天井付近で爆発!
とっさに身を伏せる一同に爆風と爆音が襲いかかる。
今まで耐えてきた特殊素材のガラスが砕け、外の空気と混じり合ってブリッジを風が吹き荒れる。折れるように天井が倒れる。
爆発の名残を感じながら笑みを浮かべるカオヤンの左右にギメイとルーラが飛び込んできた。
『あんた(あなた)を逮捕する(します)』
2人の言葉が重なり、拳と槍の石突きが同時にカオヤンを打つ。瞬間の衝撃と共にカオヤンの意識が途絶えた。
倒れるカオヤンの体をギメイが支え踏ん張る。
ブリッジを荒れ狂う風が中の人達を外に飛ばそうとするのを、彼女たちは踏ん張り、しがみついて耐える。
「風の精霊。お願い、場所を空けて!」
ルーラの叫びが精霊石を通して飛び回る風に届く。なんだなんだとばかりに風がブリッジを空けた。風は止むが入れかわるように轟音と振動、熱気が押し寄せてくる。
「おい、どうなってんだ?!」
ギメイが叫び、舵輪を決して放さないクインが体を起こす。彼女の視界いっぱいに広がるのは
「前が見えないーっ!」
折れるように倒れた天井が彼女の、ブリッジの前を蓋をするように塞いでいた。
「ギメイさん、お願いします」
意識を失ったカオヤンを彼に預け、ルーラはブリッジを架け天井の隙間から外に飛びだした。
風の精霊を伴って空を飛び、トゥヴァード号前方やや上に移動すると振り返る。彼女の顔が驚愕に固まった。
トゥヴァード号船体のあちこちに、飛行船部分から炎が噴き出し煙を周囲に吹き散らかしている。飛行船部分が燃えても形が崩れず、中の空気がそれほど漏れている様子がないのは素材のせいなのか?
右翼部分が根本から折れ落ち、左翼が大きく伸びているためバランスが少しずつ崩れていく。右側が下がり、大きく旋回するように右に回り始めている。
「トゥヴァード号が……燃えている」
「ルーラ!」
そこへスノーレが飛んできた。
「中の連中は全員押さえたけど」トゥヴァード号の様子を見て「事態はちっとも好転してないわね」
「どうしたらいいんでしょう?」
「どこかに不時着させるしかないでしょう。ブリッジは? 操縦は出来るの?」
「クインさんがやってますけど」
「大丈夫?! 彼女飛行魔導戦の操縦なんてしたこと無いでしょう。無くてもしなきゃならないでしょうけれど」
息を飲むスノーレ。ぐだぐだ言う時間も惜しい。
「とにかくトゥヴァード号を少しでも安定させないと。ルーラ、風の精霊で何とかならない?」
「聞いてみます」
ルーラが風の精霊にお願いする。自分と同じように目の前の巨大な物体(トゥヴァード号)を落ち着いて飛ばせないかと。
「どう?」
「……あんなでかいの丁寧に飛ばせられるもんかって……」
要は断られたのだ。
「あ、やっぱり。とにかく下から風を吹かせて落ちないようにしてもらって!」
言うとスノーレはブリッジに飛んでいく。
中に飛び込むと
「クイン、大丈夫?!」
「大丈夫じゃ無くてもやるしか無いでしょ。どうなってるの?!」
「右翼が折れてる。左翼だけ伸びてて安定が悪いわ。折りたたんで!」
「無理だ。屈折部が歪んだのか動かない」
「切り離すとかは?」
「そんな仕組みはついておらん。船体はどうなってる?」
計器を操作しながらイチジクが叫ぶ。
「あちこちが燃えてます。飛行船部分も燃えてますが中の空気は漏れていないようです」
「三重構造になっているからな。外側の1枚燃えても問題ない。しばらくは持つだろう」
伝声管に
「機関室。右舷飛行部の暖度を上げろ。傾きが大きくなっているぞ」
『ダメです。発熱用魔導玉が動きません。対流調整出来ません!』
伝声管から悲痛な声が返ってくる。
「クイン、もう少し大丈夫?」
その声には力がある。
「どっちへ向こうが空には壁にぶつかる心配ないからまだ気楽よ。何をする気?!」
「伸びてる左翼を折ってバランスを取る!」
叫ぶと再び外に飛びだした途端、強風に煽られる。風の精霊がトゥヴァード号を下から吹き上げている。いかに飛行魔導に長けた彼女でも、この中では安定して飛行出来るものではない。それでも何とか左翼の根本を狙える場所に移動すると空いた穴から船内に入る。
魔導は複数同時に発動出来ないから、攻撃魔導で左翼を破壊するには飛行魔導を止めなければならない。同時発動も不可能ではないが、それが出来るのはこの世界でも十指に満たないと言われている。もちろんスノーレはその中には入っていない。
船内から左翼の付け根を狙うが、ギリギリで付け根が見えない。風が強く体勢を維持出来ない。そこへ
「大丈夫か」
イントルスが彼女を背後から抱きしめるように固定する。
「支えるのは俺がやる。攻撃魔導に集中しろ」
彼女が何をしようとするのか察したらしい。右手で彼女を抱え、左手で船内の手すりをしっかと捕まえながら彼女の体を外に出す。
スノーレが魔玉の杖に指をかけ、そこから魔力の糸を引っ張り出すように引いていく。白く、時折稲妻が走る糸。
「一砕・爆炎!」
十分練った爆炎魔導を放つ。狙い違わずそれは左翼の付け根に命中! した瞬間、左翼に魔導紋が一瞬表れ、彼女の爆炎魔導をほとんど無効化してしまう。見えたのは、ただ「ぽしゅん」と言うようなショボいあっという間に消えた炎だけ。
「耐攻撃魔導紋……」
外部からの魔導による変化を無力化する紋様。敵対する者達による攻撃魔導を想定した守りなのだろう。
イントルスの腕から離れると飛行魔導で外に飛び出す。
「これだけ壊れているんだから、きっとどこかに紋様が薄らいだ場所があるはず」
左翼の付け根に近づき観察すると
「あった」
後方部分に亀裂が入り、紋様が欠けているところがある。そこなら無効化とは行かないまでもかなり耐魔導効果は薄らいでいるはずだ。しかし、この場所は船体の真下からしか狙えない。
「やるしかないわね」
彼女は亀裂の真下に移動すると荒らげる息を整え、唾を飲む。
魔玉に手をかけ、飛行魔導を停止した。途端、真下に向かって落ちていく。精霊による上昇気流のおかげで自由落下よりは遅いがバランスが取りづらい。
落下しながら頭上、左翼の亀裂めがけて
「一砕・爆炎!」
放った爆炎魔導が亀裂に命中する。耐魔導効果によってすぐに消滅するが、先ほどよりは爆炎が大きい。
飛行魔導で付け根付近まで上昇する。飛行魔導を止めて落下する時間を利用して爆炎魔導を放つ。
放ったらまた飛行魔導で上昇、落下しながら爆炎魔導を繰り返す。
明らかに少しずつ爆炎魔導の威力は増していく。しかし、それでもトゥヴァード号の翼を折るには威力がショボすぎる。
「それでも……これしかない!」
何度目か、落下しながら爆炎魔導を発動しようとした時だ。彼女の視界がぼやけた。
「え?」
意識から力が抜けていく。心の力がしぼんでいき、急速に睡魔に襲われる。
「……魔力……切れ……そんな……」
魔力とは「力ある精神」と呼ばれている。使いすぎると心が疲労し全ての気力が失われていく。これで死ぬことはないが、強制的に睡眠状態に入りある程度回復するまで目覚めない。
だが今は落下中。このまま眠ったら地面に激突、彼女の体は潰れ散る。即死だ。
彼女の意識が薄らぎ、体から力が抜けていく。魔玉の杖を離さないのが最後の抵抗。
体を流れていく空気の感触も薄らいでいく。
(誰か……みんなを……助け……)
消えゆく意識の中、何かが自分の体に流れるようにまとわりついていくように思えた。空気の手が撫でているような感触にわずかな安らぎを感じ……
「!」
いきなり視界が開けた。
全身を温かい力が包み、体を通して彼女の意識に力が注がれていく。薄らいだ意識が少しずつハッキリと力がみなぎっていく。視界の隅にぼやっとした光の帯が見えた。
彼女は自分が落下せず空中に浮かんでいることに気がついた。手にした杖の魔玉は光っていない。魔導が発動していないのに。
両手を見て驚いた。無数の紐というか触手のようなものが絡みついている。腕だけではない。足にも胴にも胸にもお尻や太もも、頭にも。全身に絡みつき、淡く光っている。
その光が彼女の全身を通して彼女の心に注がれ、力を取り戻させている。
(魔力が回復している?!)
見上げる彼女の視界に上下逆にのぞき込むように顔が現れた。
複眼のように見える大きな2つの目。牙を生やした小さな口。全体のフォルムは手足や胴体はオレンジの地に黒の斑模様の浮かぶ外骨格に包まれ、間接部からは焦げ茶の毛が生えている。背には蝙蝠のような羽根が生え、鳥のような尾羽もある。人型ではあるがどう見ても人間ではない。「人型の甲虫」が1番わかりやすいだろう。
両の前腕部分外骨格が割れ、中から無数の触手が伸びている。それがスノーレの全身に絡みついているのだ。
この生き物をスノーレは見たことがある。
「魔人……」
人間界とは別の世界・魔界に生きる知的生命体。人間はそれらを魔人と呼び魔人達の総称として魔族とも呼んでいる。目の前にいる魔人はかつて人間界に召喚され、衛士隊の働きで無事魔界へと帰っていったはずの魔人だった。
「何でここに?」
魔導師連盟ウブ支部別館。地下でスピンは宙に映し出されたスノーレと魔人を見上げている。
「間に合ったようですね」
スピンが柔らかな笑みをテン・ゼロに向け
「あの魔人があなたの知り合いとは。助かりました、ありがとう」
『感謝は彼に言ってください』
表情のないテン・ゼロの声は穏やかにスピンの頭に届いた。
「それと……結果論ですが、あなたのおかげでもありますね」
部屋の隅に目をやると、壁に叩きつけられる形で血まみれになって横たわるルシフィアスの姿がある。微かにうめき声を上げ、動こうとしているので死んではいない。
「あまり動かないで。今、治癒魔導をかけてあげます」
魔玉の杖の柄を伸ばすその口調は真剣だった。
低いくぐもるような、言葉に聞こえない声は、まるで彼女の身を心配しているように聞こえた。
「……魔人……さん」
魔界に帰ったはずの魔人がここに? しかも彼女を助け、失われた魔力を補充してくれた。今、彼女が浮いているのは魔人の両腕から伸びている無数の触手が全身に巻き付いているためで、それを通して彼女に魔力を注いでいる。
魔人が見上げると、つられて彼女も見上げる。
燃えているトゥヴァード号が見えた途端、やるべきことを思い出した。
目をこらすと左翼の付け根部分の亀裂がハッキリ見える。注がれた魔力が彼女の視力も強化しているのか?
触手に巻き付かれたまま彼女は魔玉を掲げ爆炎魔導の矢を指で引き出す。今までの揺らめきのある矢とは違う。細く光沢のある力強い矢と言うより針だ。
スノーレには解る。これは今までのとは違う。魔人の魔力が彼女を通して注がれている。この矢には今までの数倍、数十倍の魔力が圧縮されている。
「一砕……爆炎!」
矢が一直線に弾き飛ぶ!
亀裂部分に命中。一瞬の後、付け根部分が木っ端微塵に吹っ飛び翼がもげ落ちる。スターカインが誇る耐攻撃魔導紋も魔人の魔力の前には何の役にも立たなかった。
スノーレは魔人と共に上昇。爆発の衝撃で揺らぐトゥヴァード号の右飛行船部に
「凍結・魔氷!」
氷の矢を放つ。先ほど同様魔人の魔力で強化された彼女の魔導は飛行船表面を覆う炎を一発で凍り付かせ、その冷気が中の空気を冷やす。それに伴い船体が下がり完全にではないが左右の高さが安定する。
「とりあえずは何とかなるけれど……落ちることには変わりないわね」
両翼とそれに備わった推進用の羽根車を失ったことにより、トゥヴァード号はただゆっくり落ちるだけの塊になっていた。船体の安定版でいくらか高度の調整は出来るものの、落下速度をいくらか緩めるだけ。自由な飛行と呼べるものではない。
それに火は消えたように見えるが、火種はどこかに残っているかもしれない。それが風に煽られ一気に燃え上がる可能性もある。
「スノーレさん!」
ルーラが飛んできて、彼女に触手を巻き付かせて飛んでいる魔人に気がついた。
「魔人さん?!」
嬉しげなうなり声で魔人が応えた。




