『第13話 火の鳥が落ちるとき(後編)/3・トゥヴァード号炎上』
「何をする気だ?!」
ブリッジでイチジクが怒気を含め叫ぶ。斜めになったブリッジを、船員達の死体が滑り落ちる。彼らの代わりに武装乗客たちがトゥヴァード号を動かしている。基本操船法を理解した以上、船員達は無用となったのだ。彼らが未だイチジクとプリンスキーを生かしておいているのは、単なる保険に過ぎない。
カオヤンは伝声管に口を寄せ
「これよりプランBを開始する。偉大なるウブに栄光あれ」
武装乗客の1人が大きなバックから端から紐の伸びた棒をいくつも取り出した。その1本を受け取ったカオヤンは、紐の先端に火をつけ「機関室」と札のある伝声管に放り込む。
続けて同じような棒に火をつけては、異なる伝声管に放り込んでいく。
放り込まれた棒は、伸びた紐が火花をあげて短くなりながら伝声管を滑り落ちていく。
そして機関室の伝声管からそれが飛びだした時、紐の部分はほとんど燃え尽きようとしていた。
傾いた船内を滑り落ちないよう把手や柱にしがみついていたメルダー達は、それに気がついても動けない。
ワットを始め何人かはその棒が何か気がついた。スターカインの土木工事で何度か使われるのを見た。大岩を砕き崖を崩し、戦争に置いては敵国の城壁を壊す。爆炎魔導と同じような力を発揮する棒。彼らはこれを火薬、もしくは爆薬と呼んだ。
爆薬を知らないホワンはただその棒を見つめ、とっさにイントルスが爆薬を背にするように彼女を抱きしめた。
爆薬が機関部の中心まで転がったとき、先端の紐が燃え尽きる。
強烈な爆音と振動がトゥヴァード号を揺るがし、思わずクインの手が出っ張りから離れる。滑り落ちるようにトゥヴァード号から落ちる。
たまらず落下するクイン。
「ひみゃぁ~~~っ。美人薄命、みなさんさようならーっ!」
落ちる彼女を風が巻き、横から飛んできたルーラが抱きとめる。
「安心しなさい。クインは長生きよ」
横から口を出すスノーレに
「どういう意味よ?!」
その元気な口調にスノーレとルーラは安心したように目を合わせる。
トゥヴァード号のあちこちで爆発が起こり、炎が上がる。
「何が起こったんですか?」
「わからないけれど、入り口が出来たわ」
スノーレが指さす先、トゥヴァード号の中央部分に穴が空き、周囲が燃えている。
その轟音は地上で見上げていたウブの民衆にも聞こえていた。
「おい、トゥヴァード号。燃えてないか?」
「まさか」
不安と好奇心が民衆を見上げさせ、指さし、口々に不安を言葉にする。
マトン・ジンギスカン市長も市庁で仕事の手を止め、トゥヴァード号を見上げていた。
「マッツォ、衛士隊に連絡、手の空いている人員と救護班を集めろ。トゥヴァード号が墜落するようならすぐ現場に向かわせる」
言われた秘書が市長室を飛び出すと、彼らは改めてトゥヴァード号を見上げ
「カオヤン……いくら何でも、もうかばうことは出来ないぞ」
魔導師連盟からもその様子は見て取れた。
「始まったか……」
別館前でそれを見上げていたスピンは、覚悟を決めたかのように目を引き締めると別館の中へと戻っていく。
トゥヴァード号機関室。爆発で破損した機関部を前にワットが唾をまき散らしながら
「飛行船内対流を安定させろ。推進部の点検。推力は」
外壁に亀裂が入り中の空気が外に噴き出す。船員総出で機関部を調べ、安定させようとするが
「第2、第3羽根車動きません」
「飛行対流。漏れはありませんが暖流が前部に集中」
「暖気魔導玉に破損。魔導力停止」
斜めになったままの機関室では動くことすらままならない。そんな中で船員達は良くやっている。
「ギガちゃん! ギガちゃん!」
ホワンが倒れたイントルスをうつ伏せに横たえる。彼女をかばう形で爆発を受けた彼の背中は制服は焦げ、むき出しになった背中は焼け焦げていた。
救急箱に手を伸ばすが、慌てているためつかみ損ねる。斜めになった床を救急箱を滑り落ち、外壁の穴から外にこぼれ落ちそうになる。が、落ちる寸前横から鞭が伸びて把手に絡まった。ベルダネウスの鞭だ。
パイプを左腕で握り体を支え、右手の鞭で絡め取った救急箱をホワンの方に放り投げる。
混乱の中、伝声管から新たな爆薬が滑り出てきて爆発! 船員の何人かが巻き込まれ、外壁の穴が大きくなる。
船体が激しく揺れる。
「隊長さん。あいつら本気でこいつを墜落させる気だ!」
手すりにつかまったままギメイが叫ぶ。しかしメルダーもイントルスも負傷している。
「俺がやるしかねえか!」
扉は把手を縛り付け開かないようにしてある。外の連中が諦めていれば良いが、そうでなければ開けた途端連中がなだれ込んでくる。彼は扉のすぐ上にある小さな穴を見た。点検用の空間で外の廊下と繋がっている。狭いが自分の小さな体なら。
「小男で良かった」
彼はその穴まで手すりをよじ登り始めた。
3本目の爆薬が伝声管から滑り出た。
手すりをつかんだままベルダネウスが鞭を振るい、爆薬を外壁の穴に弾き飛ばす。
爆薬は穴から船外に出、爆発した。
続いてまたひとつ。同じように鞭で外に弾き飛ばし爆発させる。
飛び散った小さな爆発がいくつも飛行船部分に降りかかる。そのほとんどはすぐに消えたが、いくつかの炎が飛行船部分に燃え移った。
「よし。機首を下ろせ。方向を変え、このままウブ市庁に特攻する!」
ブリッジでカオヤンが叫び、機首が下がり始める。
「特攻って本気か?! 昔のワークレイじゃあるまいし」
「本気だ。王子と艦長にも付き合ってもらう。墜落の恐怖もしっかり味わってもらうぞ」
2本の爆薬を弄びながらカオヤンが薄ら笑いを浮かべる。この爆薬は何かあったときのための切り札だ。
機首の下がりが止まった。
「どうした?」
「安定翼が動きません。爆発で壊れたものの思われます」
「そうか。ならばこのままでかまわん。機首を市庁に向けろ」
「死ぬのは君たちだけで頼むよ。地上ではカラメルさんが今日のプリンを作って待ってくれているんだ」
プリンスキーが隅ににじり寄り、床に近いパネルを開けると、整備用具として並んでいるスパナを手にした。
「私は人生最後の食事がプリンでないことは認めない」
カオヤンを守るように数人の武装乗客が立ちはだかった。
船内では武装乗客たちがあちこちに持ち込んだ油をぶちまけていた。
いつの間に1人が歌い出し、続いてまた1人、また1人口を開く。
『天に輝く陽の如く 永久に栄よジンギスカン
神が望みし選ばれし 誇りも高きウブの国
鷲より早く 山より高く 川より澄みし魂の
全ての人の前に立ち 導き教えよウブの国』
歌うのはかつて独立国家だった頃のウブ国歌。国でなくなるのに合わせて式典での斉唱がなくなり、今や歌えるものもほとんどいない。昔の記録でしか見ることのない歌。口伝が一時途絶えたためか、メロディーもオリジナルとは少し違うが、今やそれに気がつくものもいない。
手持ちの油を全て撒き終えると彼らは1ヶ所に集まり
「正直、このような形で終わるのは悔しい」
1人リーダー格っぽい男が言った。
「だが、我らの愛国心が愚民達の目を覚まさせるならば決して無駄にはならない。我らが愛する神なる祖国ウブのために」
「ウブ万歳!」
彼らの中から魔導師の男が前に出、床の油に杖の魔玉を向けた。魔玉が赤く光り、包むように火がおこる。
「ちょおっと待ったぁ!」
離れたところ、外壁の穴からクインとルーラが飛び込んできた。
サーベルを手にクインが彼らに猛突進。火をつけるより早く魔導師を打ち倒す。
倒された魔導師は傾いた油まみれの床を滑り落ちていく。打ち倒された衝撃で魔玉の炎は消えている。
続いてもう1人とサーベルを構え直そうとした途端、クインも床の油に滑って転ぶ。
ルーラが剣を手に迫る武装乗客たちを槍で突き倒す。
武装乗客の1人が、床に這いつくばっているクインに剣で襲いかかったとき、上の点検用通路の蓋が内側から弾き飛ばされ、そいつの横っ面を直撃した。
「俺の嫁に何しやがる!」
通路からギメイが飛びだし、武装乗客達に挑みかかる。剣を躱し足を払い次々と転倒させていく。
「誰があんたの嫁よ!」
体勢を立てなおしたクインも戦いに参加する。足場の悪い中、的確に1人ずつ武装乗客達を打ち倒していく。
遅れてスノーレが入ってきた。
「スノーレ、ここ火炎魔導厳禁!」
油の匂いを感じとり、彼女はその言葉に頷く。
「ここはあたし達に任せて、クインさんはブリッジを」
「了解。任せたわよ!」
「隊長さん達のいる機関室はこの奥の扉だ」
戦いをルーラとスノーレに任せてクインとギメイはブリッジへと駆け上がっていく。




