『第13話 火の鳥が落ちるとき(後編)/2・おまたせしました!』
「機関室を占領出来なかったのは失態だったな」
ブリッジ。イチジク艦長が座っていた椅子に今はカオヤンが座り、唇を噛みしめた。
操舵手など船内のスタッフには後ろに武装乗客が控え、不穏な動きをすればすぐに傷つけられるようにしている。イチジク艦長とプリンスキー王子はブリッジの隅で座らされていた。その足下には2人の親衛隊が死体となって転がされている。生かしておく理由はないと、王子を人質にした上で殺されたのだ。
それを見下ろしているプリンスキーからは先ほどのような軽い笑顔は見られない。目を細め、静かにブリッジの様子をうかがっている。
「予定通りならそろそろだな」
「何の予定だ?」
ぶっきらぼうな口調でプリンスキーが聞くと
「ウブが大地の底に沈むのだ。巨大地震と陥没によってな」
「そんな天変地異を起こせるのか?」
「カオヤン様!」
前方を伺っていた武装乗客が指さした。その先には小さな2つの点。それが近づき大きくなってくる。スノーレと、クインに抱きつかれたルーラ。
真っ直ぐ飛ぶルーラたちはブリッジのガラス越しにカオヤンの、プリンスキーの姿を見る。
クインがサーベルを構えて飛び出すようにルーラから離れ、ブリッジめがけて飛ぶ! 勢いに任せてガラスを粉砕、中に突入するつもりだ。
「とーつーげーきーっ!」
べしっ。
ブリッジ正面ガラスに激突、潰れたカエルのように張り付く形になった。
「すまない。ブリッジは特製強化ガラスなんだ……」
顔面強打で鼻血が垂れる彼女に申し訳なさそうにプリンスキーは顔を背けた。
「……馬鹿だな」
あざ笑うカオヤンの目の前、ブリッジのガラスに降りたルーラがクインを抱きかかえる。
ガラス越しにカオヤンとルーラの目が合った。
「ウェルテム、しくじったか」
その表情はさして変わらない。最初から当てにしていなかったように。クインを抱えて離れるルーラを見送ると
「プランAは失敗した。これよりプランBを執り行う。全員覚悟は良いな」
「元より。願わくば、我らの死が眼下の愚か者達の目を覚ますことを」
皆が頷き、プリンスキーが「我らの死だと?」つぶやく。
「大丈夫ですか?」
心配顔のルーラに、クインはぐいと垂れた鼻血を袖で拭き
「平気よ。それより、やっぱり王子とカオヤンがいたわ」
「隊長達は大丈夫だとは思うけれど」
スノーレが速度を落としトゥヴァード号と並ぶ。杖に横座りする姿勢に戻り窓から客室部分をのぞくと、荒らされ、乗客が何人も倒れているのが見える。それが本物の乗客か、そのふりをしたカオヤンの仲間なのかはわからないが激しい戦いがあったのはわかる。
「隊長、イントルス、ギメイ……」
トゥヴァード号の上を越えて反対側に回る。窓から見える様子は先ほどと変わらない。
ルーラもトゥヴァード号を激しく回りながら中の様子をうかがう。風の精霊の移動はスノーレの魔導と違って微妙なコントロールが出来ない。じっくり観察は出来ず、窓の横を通るわずかな時間にのぞき込むしかない。
後方の窓を横切ったとき、そこから外を見る船員達の中にギメイの顔が見えた。そこは機関室の明かり取り用の窓だった。
「ギメイさんがいる!」
言われてスノーレが後方に移動、窓越しにギメイと対面する。彼が脇にどきメルダーに代わる。
窓越しにメルダーが手を動かし、スノーレも左手で杖をつかみ、右手で同じように動かす。衛士隊で決められた緊急時用の合図だ。いわば簡素化した手話である。
その様子を見ながら並んで飛ぶルーラは別の窓から男の横顔を見た。くすんだ銀の短髪、学者然とした理屈っぽい顔。そして左目を走る縦の傷。
「ザン!」
それが聞こえたのか、彼が外を見た。ルーラと目が合う彼の口が「ルーラ」と動く。
その時、中で何かあったのかベルダネウスが奥に走った。窓越しに他の船員達も同じ方向に走るのが見える。
「ザン!」
何とか窓に取り憑こうとするが、風の舞う中うまく速度を合わせることすら出来ない。
「ルーラ、あそこにつけられる?」
クインが中央やや後方、彼女たちから見て前方にある扉を指さす。
「緊急用の出入り口。あそこは外からも開けられるはずよ」
「無茶よ」
手話を終えたスノーレが飛んできて
「あそこは墜落時に外から救出するためのものよ。飛行中に開けることは想定した作りになってないわ」
言っている間にその扉が開き、武装乗客の1人が魔玉の杖を突きだした。先端の魔玉が光り火の玉が飛び出す。火炎魔導だ。
飛び回りそれをかわしていくルーラたち。慣れてないため火炎魔導の狙いは荒く、注意すれば当たる心配はない。しかし彼女たちを近づけさせないようにするには十分だ。
攻撃をかわしながらトゥヴァード号上部に回った3人は、飛行船部分の中央に陣取る。ちょうど足場に出来る場所があり、飛行魔導や風の精霊の協力を止めることが出来た。が、同時に強風に見舞われクインが身を震わせる。
「寒い寒い寒い。そろそろ夏なのに何でこんなに寒いのよ!」
「空って寒いのよ。飛んでいる間は魔力が幕みたいになって寒さから防いでくれるけど」
スノーレが言う。ルーラたち精霊使いも飛んでいる間は風の精霊が守っているのかそれほど寒さは感じない。
「ところで隊長達は?」
3人が顔をつきあわせ
「怪我をしているけど無事よ。みんな機関室にいるけど、外に敵がいて出られないって」
「敵の数は?」
「乗客がほとんど敵だとすると30人ぐらい。理由をつけて他に入り込んでいる人もいるかもしれないけど。何人かは倒したそうだけど、今の人数は不明。私たちは何とかブリッジに入り込んで、王子を救出、操船を取り戻せって」
「問題はどうやって中に入るかね。中がダメなら、直接ブリッジに飛び込むしかないか」
「それはさっき失敗したでしょ」
「やる」
ルーラがきっぱり言った。
「どんな手を使ってでも中の人達を助ける。これには、ザンが乗っているんだから」
その目にクインもスノーレも言葉を呑んだ。2人が今まで見たことのない力が彼女の目に宿っていた。
「ルーラ」
スノーレが彼女の力を静めるように、ゆっくりと彼女の頬を撫で
「そのザンって人がいなくても、私たちは中の人達を助けなくちゃいけない」
言われてルーラはハッとした。一瞬目から力が消え、再び宿り始める。
「ようしやりましょうか。私たちの力で、いい男を守るのよ!」
力強いクインの言葉に2人は呆れ、同意するように力強く頷き拳を合わせる。
途端、トゥヴァード号の機首が持ち上がる。急速上昇するように。
「何、何する気?」
慌ててクインが出っ張りにしがみつく。
トゥヴァード号が機首を上に20度ほど傾いていた。




