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『第12話 火の鳥が落ちるとき(前編)/14・急げトゥヴァード号へ!』


 地上ではベンジャミンが倒された男達を縛り上げ、スラッシュとリドゥ、ファウロの矢を抜いて手当てをし、スノーレが治癒魔導をかけていた。ウェルテムも矢が刺さったまま転がされている。

「本当に盾になることないでしょう。衛士じゃないんだから、危なかったら逃げなさいよ」

 ラムの膝枕、治癒魔導の効果で眠っているリドゥを見下ろし

「死なないでしょうね。これで死んだら寝覚めが悪すぎるわよ」

「ご安心を。すべて急所を外れています。まぁ全治5日ぐらい、祭りが楽しめないのは気の毒ですけれど」

 スノーレの説明にほっとしてリドゥを見下ろす。その表情に、スラッシュが静かな笑みを向けた。

 そこへ周囲を見回ったトップスたちが戻ってくる。

「連中の姿はない」

「一目散にウブから逃げ出しているわよ。探索しようにもが人手がないわ」

 クインが残念そうに息をつく。

「おい」

 トップスがウェルテムの胸ぐらをつかんで持ち上げる。

「カオヤンの本隊はトゥヴァード号だな。目的は何だ。プリンスキー王子か?」

「隊長!」

 ルーラが指さす。その先には紛れもないトゥヴァード号が大空に浮かんでいた。

「何よ、無事に飛んでいるじゃない」

 お気楽なラムだが、彼女以外は皆笑っていない。

「問題はあの中だ。スノーレ、魔力はまだ持つか?」

「長期戦にならなければ」

「ルーラと一緒に様子を見てこい。場合によってはそのまま中に突入、メルダーの指示に従え。無理はするな」

「私も行きます」クインが手を上げ「いい男を守るのが私の使命です!」

 言い切られて思わずトップスが笑みを浮かべ

「早く行け!」

 活を入れられるとクインは軽く頬を叩き

「さっさと行くわよ。スノー……」言いかけてルーラに向き直り「お願い」

「良いですけど、精霊の飛行は荒っぽいですよ」

「オレンダの飛行魔導よりはマシでしょ」

 ルーラの背中に抱きつくと

「いざ、いい男たちの下へ!」

 ルーラが精霊の槍を構えると、つむじ風が起こり2人を上空に飛ばすように運んでいく。続いてスノーレも飛行魔導で飛ぶ。いつもの横座りでは無く、杖にしがみつく形・スピード重視の飛び方だ。

 飛んでいく3人を見送るトップスたち。

「あの3人で大丈夫ですかな?」

「あの3人なら大丈夫ですよ」

 トップスにあっさり返され、ベンジャミンも「なるほど」と笑みを見せる。


   ×   ×   ×


 その頃、魔導師連盟でひとつの儀式が行われようとしていた。別館実験場のひとつ。祭りの期間は実験は行われないため、この部屋はもちろん、別館自体誰もいないはずだった。しかし、2人ここにいる。

 鍵を外し修復された魔導陣の前で、ルシフィアスを背後に控えさせたスピンが立っている。

「そろそろカオヤンが動く。魔族の援軍に歓喜するぞ」

 ニヤニヤするルシフィアスにスピンの目は細く冷めていく。しかし顔はじっと目の前の魔導陣に注がれていく。

「テン・ゼロとの交渉はあなたがしなさい。ただし、その結果に私は責任は持ちません。良いですね」

「良いとも。言っておくが別の魔族を呼び出してもダメだぞ」

「そんなことはしません」

 静かに呼吸を整えると愛用している柄が伸縮式になっている魔玉の杖を伸ばす。

 先端の魔玉を魔導陣に触れ、唇を開く。何本か抜けた前歯がのぞく。

「ここにありてここになき地よ。今、我らの地と汝らの地をここに結びつけるものなり。我が魔力を一滴の始まりとし、汝らの魔力を持って応えよ」

 魔導陣の3つの円周が淡い、温かみのある虹色に光り始める。

「我らが地の門をここに刻み、掲げよう」

 魔導陣に描かれた3つの正三角形から成る九芒星。その三角形の1つが白く輝く。

「我らの望む地の門をここに刻み、しるべとしよう」

 九芒星を構成する三角形の1つが赤く輝く。

 白い三角が宙に浮き、赤い三角が地に沈む。ように見えた。

 ルシフィアスの頬が引きつる。目の前のやり方は、彼が行ったものとは明らかに違う。

 それぞれの世界の門となっている2つの三角形が大きく広がり、魔導陣の外円周いっぱいまで広がる。

「2つの門よ。我が心の想いを、我が魔力を鍵とし開けよ。2つの門を繋げ、生きとし生けるものの道となれ」

 最後の三角が虹色に輝き

 スピンがおのれの魔力で人間界と魔界の門を結びつなぎ合わせる。

「我はこの道を通じて望む。我が声が届く成れば、その手足が自由成ればこの場へと来たれ。我は汝との出会いを望むものなり。我の名はカール・スピン! 汝の名は……テン・ゼロ!

 交わらざるべからずなれど、今、一時の交わりをここに!」

 2つの世界の空気が混ざり合い、激しい風が巻き起こる。だがそれは外側だけで、魔導陣の中心は台風の目のように静まりかえっている。

 ルシフィアスの表情が固まり、後ずさる。この場を満たす魔力が明らかに自分とはレベルが違う。なまじ彼も実力があるが故、目の前で起きていることを実感できる。

 魔導陣の中心が歪み生まれるひとつの泡。それは不規則に蠢きながら大きく、別の形に変わっていく。泡が縦長になり、上の左右と下の部分から太い枝のように伸び、上の少し下の所がくびれていく。人型になっていく。

 頭のある二手二足。人のフォルムへと変わるがその表面には何もない。目も鼻も口もない。髪もなく肌に鱗もない、手足の先端こそ指のように分かれているが爪はない。頭や体に角もなければ背中に翼もない。ただ水滴が人型になったようなもの。大きさはスピンより一回り小さい。

 泡の変形が治まると同時に、周囲の空気や魔力に落ち着きが戻る。

「覚えておいでですか」スピンは軽く頭を下げ「私たちの世界時間で8年前……魔界時間ではどれほどか存じませんが、あなたを召喚し、無礼を働き、罰を受けたカール・スピンです。魔人テン・ゼロ」

(覚えています。あの頃に比べて魔力が変わりましたね)

 魔人の言葉は声ではない。直接この場にいるスピンやルシフィアスの頭に届いた。陳腐な表現だがテレパシーというのが近いだろう。

(目も変わりました。あの時とは似て異なる存在になりましたね)

 柔らかな女性っぽい声だった。落ち着きのある若さの勢いと老齢の落ち着きを兼ね備えた声。

「これが……魔王テン・ゼロ?」

 ルシフィアスが唖然としてテン・ゼロを見た。彼が思い浮かべていたのとはあまりにも違いすぎる。伝承とも違う。


(第13話につづく!)


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