『第12話 火の鳥が落ちるとき(前編)/11・アバター潜入』
通風口から流れ込む空気から、ルーラは朝が来たことを感じ知った。相変わらず椅子に縛られたままあくびする彼女に、目の前のウェルテムが呆れたように
「よく眠れるな。大物になるぞ」
「……おしっこしたい」
「わかってるな。へたに動くと」
顎で天井からぶら下げられたままのファウロ夫妻を指すと、彼女の足枷を外した。
「その後私ね」
ぶら下げられたままリムルが言った。
「わかっている」
仲間にルーラを渡すと、弓をしごき、矢を夫妻に向ける。
トイレは地下にはないので、用足しの度に上がる。その度に彼女は窓や扉越しに見える景色からこの場所を推察した。頭にウブの地図を描き、該当する場所を絞り込んでいく。
木や土の匂いは強く感じられるが水の匂いはあまりない。山育ちの彼女は木や草の匂いをよく知っている。風にそよぐ葉の音が遠くからハッキリ聞こえる。鳥の声は聞こえるが人の声は聞こえない。……人の居住区ではない。川や池の近くでもない。木の多い開けた場所。
前にトイレに行ったとき時間を示す時計塔の音が遠くから聞こえた。……ウブの市庁から離れた場所。方角は市庁から見て南。
移動中、ドアの隙間から見えた他の部屋は机が並び、書類の束らしきものが見える。個人の家と言うより事務所のようだ。
これらからルーラが出した答えは
(市庁から見て南にある、住宅街から離れた開けた木の多い、近くに川のない広場……マルサ高台公園)
もちろんこれはここがルーラの知っている場所のどこかというのが前提だ。その前提の中、彼女は正解を引きだしていた。
「なんだ。どこから入り込んだ?」
用を済ませて出ると、見張りの男が出て行けとばかりに手を振っている。見ると事務所らしき部屋、扉のところに1匹の虎猫がいた。
(アバター?!)
目が合った途端、虎猫が笑うように瞬きした。その瞬間、ルーラはこの猫がアバターだと確信した。
「地下に戻らないんですか。ファウロさん達がお漏らししちゃいますよ」
わざと言葉にして見張りを促す。猫がアバターならばオレンダと感覚を共鳴している可能性が高い。言葉にすればそのまま彼に伝わる。
周囲を見ながら
「他の人達はもう出発したんですか。何か10人も残ってないみたいですけれど。カオヤンさんもいませんね」
「人のことより自分のことを心配しろ。昼までにウブを陥没させなければ、お前もあのパン屋も殺す」
「怖いこと言わないでください。おいで」
手招きしてやってきたアバターを抱き上げる。
「人なつっこいですけど、ここで飼っているんですか?}
「そんなはずないだろう。戻るぞ、猫を放せ。追い出してやる」
男が手を伸ばすのをかわしてアバターを床に置くと
「私、地下に閉じ込められているの。助けを呼んで欲しいけど、お前じゃ無理ね」
「猫に頼んでも無駄さ。しっ!」
男が威嚇するとアバターは逃げるように奥に走って行く。
「そっちじゃない。くそ、後で追い出してやる」
男はルーラの手を取り地下室への階段を下りていく。その背中をしっかりとアバターは見つめていた。
オレンダは目を閉じたまま、今し方アバターを通して得た情報をクインに話した。
「地下への階段は馬車置き場からの入り口を入って左側。トイレの反対側です。行き来には階段しかないみたいですね。多分後から作ったんでしょう。人出さえあれば邪魔されず突入できます。スノーレさんが応援と一緒に来たらすぐに突入しましょう」
感心したようにクインが息をつき
「あんた、いつもこうやって偵察しているの?」
「相手の中に猫好きがいると楽なんですけどね」
事務所と空を交互に見るクイン。既に空は明るいがスノーレの姿はまだ見えない。視線を下ろすと
「来た!」
飛んで見つかるのを恐れてか、スノーレが木々の間を縫うように走ってくる。その後ろにはなんとトップスとスラッシュ、数人の衛士に混じってベンジャミン。もっとも2人は彼を知らないので、手の空いている衛士を引っ張り出したと勝手に思った。
そしてもう一人。リドゥ。
「なんでリドゥが?」
目をしょぼしょぼさせてオレンダが聞く。感覚共鳴したままでは自分の視界とアバターの視界が重なって認識しづらいのだ。いったん共鳴を解く。
「出て行ったっきりだから気になって。出勤前に衛士隊本部に寄ったら隊長さん達が出動するところだったんだ。お願いして一緒させてもらった。僕は腕っ節はまるで駄目だが見張りぐらいなら出来る」
「隊長、他のみんなは?」
人数の少なさにクインが苛立ちトップスに詰め寄る。
「メルダーと一緒にトゥヴァード号だ。まだルーラがここに捕まっていると決まったわけじゃなし。任務をほっとくわけにも行かないからな。それよりどうだ。当たりか?」
オレンダが大きく頷き
「大当たりです。ルーラもファウロ夫妻もあの事務所の地下です。それよりも先ほどカオヤン達がここを出ていきました」
彼らが一般人の格好で出ていったのを説明し
「残念ながら後は付けられませんでした」
「相手が馬車では仕方ないさ。問題は行き先だな」
そこへ
「見つけた。やっぱりスラッシュ様!」
馬の足音と共にに声をかけてきたのは
「ラムさん?!」
ウブ市長の娘ラム・ジンギスカンである。ワイン色のスーツに身を包み、栗毛の馬にまたがっている。
「スラッシュ様の匂いがするからもしかしてと思ったらやっぱり」
嬉々として馬から下りると彼に抱きつこうとして見事にかわされる。
「匂いって。あなたは犬ですか?! どうしてこにいるんです?」
市長の娘が朝、人気の少ない公園に1人で来るなんて。スラッシュの疑問は当然だ。
「ここ数日は100年祭の準備で町が騒がしいですから。私も祭りは嫌いではありませんが、さすがにずっと騒がしいままでは疲れますわ。そんな中、爽やかで静かな朝の空気で乗馬を楽しむのがそんなにおかしいことかしら」
「馬なんてどこから?」
「ご存じないの? ここには乗馬クラブがあるのよ。私はそこの会員」
「普通乗るのはクラブ内でしょう」
「誰もいない朝ゆえの特権よ」
どこに問題があるのと言いたげな彼女にスラッシュは疲れた息をつく。これは言っても時間の無駄だ。
「あの。これからちょっと騒がしくなるので離れていてくださいませんかね」
「強制捜査ですか?」ラムが目を輝かせ「私も手伝いますわ。スラッシュ様の為ならば」
「いえ、けっこうです」
軽い頭痛を覚え、こめかみを押さえるスラッシュの姿に彼女は不満そうだ。
「私が以前立派に皆さんをサポートしたのをお忘れ?」
「あれはただの連絡役でしょう」
うんざりするスラッシュをトップスは制し
「危険な役目ですが、それでもやりますか?」
「恋はいつでも危険と隣り合わせですわ」
既に結婚しているスラッシュに迫るのだから危険には違いない。
「隊長、彼女に何をさせる気ですか?」
「心配してくださるの。うれしい」
しがみつかれスラッシュが青ざめた。
「お前も強情だな。このまま拒み続けるならば、昼の鐘を合図にお前とそこの2人は死ぬことになる」
地下室。天井からぶら下げられたままのファウロ夫妻を横目に、再び椅子に縛り付けられたルーラにウェルテムが詰め寄る。
「既に1度やったくせに何格好つけている。それとも、この街の連中はお前がかつて沈めた家族や村人、そこの2人よりも大切だって言うのか」
ルーラは無言でウェルテムを睨み付けながら、改めて地下室を目だけ動かして確認する。見張っているのはこのウェルテムを含めて3人。上にもいるが人数はわからない。出入り口は1つだけ。精霊の槍はここにはない。自分に精霊の力を使わせる以上、捨てたとは思えない。きっと上にあるのだろう。
(アバターがいたんだかから、シェルマさんも近くにいる。きっと突入するチャンスを狙っているんだ)
「カオヤンさんは紳士だから今までぶら下げるだけにしていたが、俺はそこまでじゃない。これ以上拒むようなら」
矢をファウロに向ける。
ルーラは黙り続けている。
「そうか」
放たれた矢はファウロの左太ももに突き刺さった。たまらず彼が苦悶の声を上げる。
「ファウロさん!」
ルーラの叫びに満足したのか、ウェルテムは矢を彼の腕に向ける。
「次は腕だ。美味いパンを作れなくなるぞ。不味いのなら作れるだろうがな。どうする?」
口を開きかけるルーラにファウロは
「気にするな。衛士の寮として家を提供する以上、こういう目に合うかも知れないと覚悟は決めている」
「随分立派だが、わかっているのか。こいつは自分の故郷をまるごと潰したんだ。嘘だと思っているのか?」
「……それは本当だろうね」
リムルがつぶやいた。
「でもルーラは2度とそんなことをしない。隊長さん達もそう思ったからこそ、この子を衛士にしたんだ」
「どうしてそんなことがわかる?!」
「わかるよ。ルーラはさっきからそのことについて否定も言い訳もしない。
大抵の奴はやったことを認めた後、仕方がなかったとか、悪いのはあいつらだとか言って少しでも自分の罪を軽くしようとするもんさ。そして、そんな奴はそういう言い訳が出来れば何度でも同じ事をする。
でもルーラは何の言い訳もしない。どんな言い訳も、自分がしたことを許せるものじゃないとわかっているんだ。だからこの子は、2度と同じ事をしない。絶対にさ!」
言い切るリムルにウェルテムは気圧されるように一歩下がる。
ルーラが申し訳なさそうに目を細める。彼女は思い出していた。村を静めたその後で、そこに住んでいた動物たちが自分に向けた目を。幹が我、横倒しになった木々を。彼女がめちゃくちゃにしたのは人間ばかりじゃない。動物たち、植物たちみんなめちゃくちゃにしてしまった。カオヤンもウェルテムも、ファウロ夫妻ですら人間のことばかり言う。しかし、ルーラの心を踏み留まらせているのは人間以外の生き物たちだった。
「だったら試してやる」
ウェルテムが矢をリムルに向けた。
「私が先じゃなかったのか」
ファウロの言葉を受けても矢の向きは変わらない。ルーラたちが一斉に出かけた言葉を飲み込んだ。
そこへ上から1人下りてきて
「おい。手伝ってくれ。あの猫すばしっこくて」
「何だ。まだ捕まえてないのか?」
下りてきた男の顔や手にひっかき傷らしいものを見て仲間が笑う。だがウェルテムは
「猫?」怪訝な顔をして「ここには猫が多いのか?」
「ええ、結構な数の野良猫が住み着いているんです。虫や野ねずみでも食ってりゃいいのに。遊びに来た連中がエサをやるものだから、人に懐いた方が良いモン食えるってわかっちゃったんですよ祭りでみんな街へ行っていないもんだからここに来たんじゃないですか?」
仲間の説明にウェルテムは眉を寄せ
「その猫はいつもここに来るのか?」
「いや、初めて見る虎猫です」
「虎猫だと?」
さらに眉を寄せるウェルテムに
「どうした?」
「前に俺が捕まったとき、そこにいた魔導師は虎猫を使い魔にしていたんだ」
「あの虎猫がそれだと? 虎猫なんざいくらでもいますよ」
「用心に越したことはない。間違ったとしても、たかが猫1匹だ」
聞いてルーラは口を開きかけ、留まった。ここで何か言ったら、その猫が特別であることを教えてしまう。
「ちょっと。誰かいないの?!」
事務所受付。外と直接繋がっている窓口にラムが顔を突っ込むようにして不機嫌な声を流し込む。
だが、中の人達は奥で四つん這いになって動き回っている。逃げ回るアバターを追いかけ回しているのだ。
「無視するなんて失礼よ。私を誰だと思っているの?! ラム・ジンギスカンよ、市長の娘よ!」
それを聞いた途端、中の人が頭を上げて机の底に頭をぶつける。
「ラム・ジンギスカン?!」
まさかと顔を出した事務員達が見たのは、窓越しに仁王立ちするラムの姿。その後ろではリドゥとベンジャミンがいかにも彼女のお供風にかしこまっている。
「お嬢様、人がいないからと言ってあまりはしたない声を出すものではありません」
「急なことで私たちだけですから、何か揉めたら」
後ろの2人が彼女をたしなめる。ベンジャミンはともかくリドゥの言い方が少しわざとらしいが、中の者達はそんなことも気がつかず
(本物だ。本物のラム・ジンギスカンだ。どうする?)
(決まっている。捕まえよう)
状況を考えれば、今はこのまま何もせず過ごすのが正解だろう。しかし彼らにとって彼女は敵の親玉の娘のような存在である。このまま逃がすなんて出来やしない。
(俺が窓口に立つ。裏から回って捕まえろ。後ろの2人は殺して良い)
相手が頷いてから、男が立ち上がり
「すみません。ちょいと野良猫が入り込んだもので」
他の男2人が奥の通路に早足で出て行くのを見てから
「いかがなさいました?」
ラムに笑顔を向けた。
奥から裏口を抜けて外に出ようとした男2人は、ちょうど地下から上がってきたウェルテムと出くわし
「どうした?」
「ラム・ジンギスカンが来ているんです」
簡単に事情を説明すると
「よし、手の空いている奴を全員使え」
別室で休んでいた連中を全員呼び寄せると10人を超える。
「窓口で娘の相手をしているうちに裏から一斉に襲いかかれ。俺は上から援護する」
男達と別れてウェルテムは屋上に繋がるハシゴに向かう。
(偶然か……?)
魔導師の使い魔らしき猫が現れ、市長の娘が訪れた。そのタイミングの良さが妙に気になった。
裏口から男達が出て表に回るのを確認すると、陰からクインとオレンダが飛びだし入れかわるように中に入る。
屋上に出たウェルテムは、空に魔導師が飛んでいないことを確かめ、身をかがめて縁まで注意深く進む。
(市長の娘が囮だとしたら……)
自分なら、彼女を捕まえようとやってきた連中をどこから狙う?
窓口からは見えづらく、窓口が見えやすい茂み。
(いた!)
弓矢を構えたスラッシュの姿。彼女を捕まえようと相手が出てきたところを狙い撃ちする気だ。
(ここを嗅ぎつけたと言うことは)
ちらとサークラー教会のある方向に目を向ける。




