『第12話 火の鳥が落ちるとき(前編)/7・ルーラの罪』
「ルーラ・レミィ・エルティース。まずは君を連れてくるのに手荒な手段を用いたのは素直に謝罪しよう」
謝罪という割には椅子にふんぞり返ったままでカオヤンはルーラと対峙する。脇にはウェルテム。他にもファウロ夫妻を挟むように2人。ルーラの背後に2人。出入り口の扉に1人控えている。
窓ひとつないため暗く、今が昼か夜かもわからない。部屋は魔導灯に照らされている。天井に近い壁に格子のはまった窓があるが、通風用らしく灯りは見えないし外の喧噪が漏れてこない。
「言っておくがあまり大きな声や音を出そうとはしないことだ。私もしたくはないが、死人が出ることになる」
ファウロ夫妻の隣に立つ男がナイフの刃をリムル・ファウロの喉に当てた。
「何が望みなんですか? あたしに何をさせようって言うんですか?!」
「難しいことではない。すでに君は1度やっている……君の生まれた村で」
途端ルーラの顔が引きつった。
「ドボック国サンクリス村」
彼の言葉に合わせてルーラの顔が青ざめ、震え出す。
「大地の精霊に銘じて、このウブを地の底に沈めるのだ。ここで生きている人達ごと生き埋めにしてしまえ。お前が自分の生まれ故郷のようにな!」
「勝手なこと言うんじゃないよ」
リムルの声が割って入る。
「この子はそんなことしないよ」
「したんだ。そうだろう」
カオヤンに促されるように皆がルーラを見る。彼女はうつむいた顔を強張らせたまま震えていた。それは明らかに肯定の表現だった。
だがリムルは
「昔はしても今はしないよ。あんたは昔のこの子のことを調べたんだろうけれど、私たちは今のこの子を知っているんだ」
「何を知っていると言うんだ」
「知っている」ファウロが静かに、ハッキリと言った。「ルーラは、毎日私の焼いたパンを食べている。私のパンを美味いと食べる人間に、罪人はいても悪人はいない」
言い切る姿にウェルテムはきょとんとし
「お前、馬鹿か」
「パン屋だ。皆が今日を生きる源となる食べ物を作る者だ」
「そして私の旦那だよ」
真っ直ぐ見据えてくる2人の視線をカオヤンは外した。馬鹿と付き合っている時間は無いと言いたげに
「答えは。その中身次第でお前とあの2人の運命は決まる」
うつむいていたルーラがゆっくり顔をあげる。もう震えてはいなかった。
「嫌です、精霊だってそんな頼みは聞いてくれません」
その目を真っ直ぐカオヤンに向け
「他の町にはたくさんの命がある。人、犬、猫、ネズミ、虫、ミミズ……人は人の命を一番大事にするけれど、精霊たちにとっては人の命もネズミやミミズの命も同じぐらい大事です。そのたくさんの生き物たちをまとめて殺せなんてお願い、精霊は聞かない!
聞いてくれるとしても、あたしがさせない。精霊たちは、あたしの友達だから!」
「お前は1度それをさせている」
「2度はさせません。お願いしません。1度させたくせにと言うならどうぞ、いくらでも笑って馬鹿にしてください。でも、あたしの大事な友達にあんな哀しいことはもうさせません!」
カオヤンの腕が震えた。いや違う。彼が握っている精霊の槍が、槍の穂先となっている精霊石が震えているのだ。ルーラの意思に呼応するかのように。
「まさか……おい、精霊の槍は精霊使いが触れていなければ……」
しかし現実に精霊の槍は振るえている。ただ震えているのではない。ルーラの下に行こうとして悶えているようにも感じる。
「おい!」
ウェルテムに槍をさしだし
「こいつを別の部屋に運べ。この娘から遠ざけろ!」
その剣幕にたまらずウェルテムは槍を受け取ると部屋を出て行った。
息を整えルーラを見る。
「これが……精霊使いか……」
縛られ身動きの出来ない14才の少女がとんでもない化け物に思えた。
「明日、トゥワード号が遊覧飛行を行う。私はそれに乗り込む。明日の昼、時計台の真昼の鐘が鳴り終わってもウブの街が沈まなかったときは」
口の端を緩ませるカオヤンにルーラは
「どうしてですか?」
「?」
「あなたはかつての王族として、ウブを再び独立国にしたかったんじゃないんですか。どうして滅ぼそうとするんですか?!」
「ウブを愛しているからだ」
きっぱりと断言し
「愛しているからこそ、醜くなった姿をこれ以上見たくない。私は牢獄の中でじっくり考え、結論を出した。もはやウブは心から腐ってしまった。自らの足で立ち、歩むことを忘れた。しかもそれを恥ずかしいとも思わず、むしろ喜んで受け入れている。
ウブはこれ以上醜い姿をさらすより、美しく滅びるべきなのだ。跡形もなく」
「滅びるために精霊の力を使うんですか!? ウブで生きているたくさんの生き物を巻き込んで」
「自分の生まれ故郷を沈めたものがそれを言うか」
「だから言うのよ!」
ルーラはカオヤンを睨み付け
「それがどういう事なのかよく知っているから言うのよ」
睨み合うルーラとカオヤン。両者の目には同じぐらい力がこもっていた。