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『第12話 火の鳥が落ちるとき(前編)/6・誘拐』

「ルーラ、どう、このドレス」

 真っ赤なドレスを着たクインがポーズを取ってくるっと回る。スカートの裾や袖のフリルがたなびき、一輪のバラのようだ。

「すごい綺麗ですよ」

 ルーラが目を見開き拍手する。彼女はいつもの衛士の制服姿だ。ファウロ・ベーカリーの3階・衛士隊女子寮のリビングである。100年祭が終わるまでここに帰ってこられるか解らない過酷なシフトとなる。それでトゥワード号に乗り込む時用の私服と合わせて着替えを取りに来たのだ。が、クインが「せっかくの警備で王子たちと会えるんだから、できるだけお洒落しなきゃ」とドレスも持っていくと言いだしたのだ。

「でも、そのドレスでは何かあったとき動きにくいんじゃ」

「トゥワード号に乗る王子や親衛隊、王族貴族の良い男達を魅了するのが私の仕事。何かトラブルがあったときはルーラ、あなたに任せるわ」

「あたしにですか?」

「そうよ」

 彼女はルーラの両肩を正面からがっしとつかみ

「あなたが衛士になってそろそろ100日。あなたはもう立派な一人前の衛士よ。私が教えることは何もないわ」

「教えられた事って?」

「始末書の書き方教えたでしょ!」

 さすがのルーラも引きつり気味の笑顔を浮かべた。

「あたし、ファウロさん達に挨拶していきますね」

 このままではドレス選びに延々と付き合わされるだけと思ったのか、ルーラは自分の着替えを持って立ち上がる。彼女の荷物は小さな鞄1つ。ケースいっぱいに詰めるクインとは大違いだ。

「ちょっと待ってよ」

 慌ててケースを閉めようとするが、いきなり弾けるように蓋が開き、圧縮された服がびっくり箱よろしく部屋いっぱいに跳びだした。

 彼女の悲鳴を背中にルーラは部屋を出ると、階段を下りて1階のベーカリーに入る。

「あれ?」

 店内にお客の姿は無かった。お客の少ない時間なのでそれは不思議では無かったが、ファウロ夫妻の姿も無かった。

「お店を空にするなんて?」

 彼女は裏の階段横の勝手口から入ったから気がつかなかった。正面の店入り口に「準備中」の札がかかっていることを。

 店内にならぶパンを見て、ルーラは顔をしかめる※。目の前に棚に置かれた平パンをひっくり返すと、裏には砂がついていた。まるで床に落としたパンをそのまま並べたかのように。

「ファウロさん」

 厨房に入る。微かな焦げ臭さに彼女は窯の蓋を開けた。中に焦げたパンが並んでいた。彼女が顔をしかめるのに合わせて、勝手口の扉が静かに開いた。

 数分後、クインが大きなスーツケースを抱えて階段を下りてきた。

「ルーラの薄情者。手伝ってくれてもいいじゃない」

 階段登り口にルーラの姿がないのを見て

「店かな」

 勝手口を開けて目を剥いた。

 店内はめちゃくちゃになっていた。中央テーブルは倒れ、パンは入っていた駕籠ごと散らばり、いくつかは踏みつけられ潰れている。中には焦げているパンもある。まるで電撃魔導に焼かれたように。

「ルーラ、ファウロさん?!」

 クインが叫び見回すが、彼女たちの姿は無かった。


 うっすらと甦った意識が全身の激痛でハッキリ覚醒した。

 もがくように体を震わせたルーラだが動けない。

「な、なに?!」

 後ろに回された腕が動かない。足を動かそうにも引っかかる。見ると足枷がはめられていた。見えないので解らないが、手にも枷がはめられているのだろう。

「ここは?」

「あまり騒ぐな。説明してやる」

 男の顔が視界に割り込んできた。ウェルテムだ。

「おとなしくしていることだな。でないと世話になっている2人が死ぬことになる」

 ルーラの顔をつかむと、無理やり別方向に向けさせる。天井の梁から伸びたロープに両腕を縛られ、宙づりのようにされているファウロ夫妻がいた。2人とも仕事着で髪は乱れ、ファウロの頬には青痣がある。正に店で働いているところをそのまま拉致された感じだ。

「おじさん、おばさん!」

 もがくルーラだが手枷足枷状態では動けない。

「騒ぐな。説明すると言っただろう」

 背中越しに声をかけられ、ルーラは体を転がすようにしてそちらを向く。

「私のことは知っているな」

 カオヤン・ジンギスカンが精霊の槍を手に立っていた。

 ルーラは彼を凝視し

「……誰でしょうか?」

 そう、彼女は「当たらぬ矢」でもカオヤンと会うことはほとんど無く、彼を捕まえたときも毒の治療のためベッドで寝ていたため彼の顔を覚えていないのだ。


   ×   ×   ×


「近くにいた人が私が下りる少し前、勝手口に止めてあった馬車が走っていくのを見ていました。多分ルーラたちはそれに乗せて連れ去られたと思われます」

 衛士隊本部。第3隊はクインの報告に緊張した。

「馬車の行方は突き止められたのか?」

「……ダメです。大通りに出たら馬車なんて何台も走っているし、いちいち気をかけてる人なんていませんでした」

 いつもの元気はどこへやら。クインは死人のような真っ青な顔でうつむいたままだった。

「精霊の槍は? 現場に残っていたのか」

「どこにもありませんでした」

「だったら少しは希望があるな。ルーラもファウロ夫妻もすぐに殺されることはない」

「え?」

 メルダーの言葉にクインが顔をあげた。

「ルーラが目的だったら精霊の槍を一緒に持っていくことはしないわ」スノーレが解説する。「ルーラが槍を取り戻したら精霊の力で暴れられる。精霊の槍も一緒に持っていったのはそれが必要だから。犯人はルーラに精霊使いとして何かやらせたいのよ。ファウロさん達は、そのための人質だと思うわ」

 その説明に、クインをのぞく一同が納得したように何度も頷いた。

「じゃあ」

「すぐにどうこうされる心配は無いと思う」

「けれどよ、ルーラはともかくファウロさん達は痛めつけられるぐらいはされるんじゃ無いか」

 ギメイの意見にスラッシュは

「カオヤンさん……が犯人だとしたら大丈夫でしょう。テリアがさらわれた時も大きな危害は加えませんでした。彼には自分はこの国のトップに立つ男というプライドがあります。女性に暴力を振るうことはしません」

 その言葉にクインは少しホッとした。だが、あくまで時間の余裕が出来たに過ぎない。

「問題は精霊使いとして何をやらせたいかですね。それによってタイムリミットは変わってくる」

 スラッシュの言葉に一同が再び首を捻る。

「魔人との通訳」

 スノーレが言った。

「魔界の住人達が精霊使いとしての資質を持っているとすれば、召喚した魔人が人間の言葉を理解出来なくても精霊使いを通訳にすればある程度の意思疎通が可能です。この前の魔人みたいに」

 そして彼女が魔導師ルシフィアスを連れてカオヤンが脱獄したこと、箝口令が敷かれていることなどを告げると、皆が頭を抱えた。

「まだそうと決まったわけじゃ無いけれど」

「隊長、今のスノーレさんの話は本当ですか?」

 スラッシュがメルダーに向けた問いに、彼は静かに頷いた。

「箝口令が敷かれている以上、他の隊も知らない衛士がほとんどだろう。ただでさえ忙しいのに協力を要請しづらいな。こちらが動けるタイムリミットは明日、トゥワード号離陸までだ。それまでに何とかルーラとファウロ夫妻を救出、最悪でも居所を突き止めろ!」


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