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『第12話 火の鳥が落ちるとき(前編)/4・2人の王子』


 ウブの北西にあるゴーカナー・ホテルはウブでもっとも格式高いホテルであり、ホテルに認められた客で無ければ宿泊はもちろん、ロビーに入ることすら許されない。それゆえ陰口をたたく者も多いが、サービス、食事などのレベルは紛れもないウブ最高、スターカイン全土で見ても五指に入るといわれている。

 その最上階スイートルームで、プリンスキーは懐かしの友人を出迎えた。

「良く来たシグン。何年ぶりだろう。僕は相変わらずあまり格調高くない顔をした君を歓迎するよ」

「よけいなお世話だ」

 ギメイはネクタイを緩めると、ソファにどっかと腰を下ろし……そのまま体が半分埋もれた。

「おい、このソファは柔すぎるぞ」

 すっかり硬い椅子やベッドに慣れたギメイにとって、ふかふかのソファも絨毯も居心地の良いものではない。今も衛士の制服では無くベンジャミンが都合してきたスーツを着ているが明らかに似合っていないし、彼も着心地が悪いようだ。

「ニブク王族のしきたりとして、君が身分を隠し平民として生活しているとは聞いていたが、まさかウブで衛士をしているとは。トゥヴァード号の警備担当になったのは、やはり僕に会うためかい」

「偶然だ偶然。それより、わざわざお前の招きに乗ったのは、解っているな。口止めだ。俺は今の暮らしが気に入っているんだ」

「解っているよ。僕も君たちのしきたりを邪魔するつもりはない。それに僕が100年祭で乗船するのは前日の披露遊覧だけだ。期間中はあちこちのイベントを回るから、君と会うことも無い。君を招いたのは、ある程度時間に余裕のあるうちに旧交を温めようと思っただけさ」

「だったら、久しぶりに空拳勝負と行くか?」

 拳を鳴らすギメイにプリンスキーは慌てて手を横に振る。

「それは止めておこう。64戦64敗だからね。プリンの大食い勝負ならやっても良いけれど」

「それはこっちでお断りだ。何しろ71戦71敗だからな」

 そこへベージュ色のエプロンを纏った20代半ばの女性がトレイを手にやってきた。化粧っ気のない顔におかっぱ頭。華やかさはないが顔は整い清潔感に満ち、少し化粧すれば美人になるだろうと思わせる。

「本日のお菓子をお持ちしました、良い杏が入りましたので、アプリコットプリンを作ってみました」

 2人の前に曇り1つ無いガラスの器に盛られたプリンと冷たい紫茶が置かれる。

「お前相変わらずのプリン好きだな。1年400日、毎日プリンを食っているんじゃないか」

「そんな生活が出来れば幸せだが、なかなかそうはいかない。紹介しておこう。僕専属のプリン職人カラメルだ。彼女の作るプリンは芸術だぞ」

「シグン殿下のお好みが解りませんので、口に合うかどうか」

「ありがとう。それとシグンは止めてくれ。今の俺はヌーボルト・ギメイだ」

 さすがに彼女に対しては丁寧だ。プリンスキーとはまるで違う笑顔を向けるとプリンを口にする。酸味と甘みのバランスが絶妙で思わずスプーンの手が進む。

「お前が褒めるだけはあるな」

 その反応にプリンスキーとカラメルが笑みを合わせた。

「食べながら聞いてくれ。知りたい情報がある」

「何だ。ウブで美味いプリンを出す店か?」

「それは別ルートで集めている」プリンスキーは真面目な顔で「カオヤン・ジンギスカンという男を知っているか?」

「ああ、ウブを独立国にしようって奴だろ。過去の栄光再びって市長殺しを企んだが失敗、今は監獄の中だ」

「脱獄した。獄中で仲間にした連中と一緒にな」

 あっさり言われてギメイが身を乗り出した。

「本当か? 何も聞いていないぞ」

「箝口令が敷かれているらしいな。まぁ、祭りを穏やかに終わらせたいなら当然か。

 僕が知りたい情報は、そいつはどうしてウブを独立させたいかなんだ。独立を求める原因はいつの世でも支配層に対する不満だ。スターカインはウブを不当に扱ってはいないつもりだが、僕たちの勝手な思い込みかもしれない。君ならウブ市民の生の声を聞いているだろう。不満が大きくなっているなら、内容によっては改善出来るかもしれない」

「ご立派な考えだな」ギメイはプリンを綺麗にたいらげ「少なくとも俺はウブでスターカインから差別されているなんて声は聞いていない。せいぜい愚痴ぐらいだが、お偉いさんに対する愚痴はいつだってあるもんだ。独立しよう何て言っているのはカオヤン一派ぐらいだ」

「じゃあ、その独立を望むカオヤン達は何が不満なんだ?」

「さぁな。自分たちの上に誰かがいて、それをみんなが当たり前のものとして受け入れている。それが不満なんじゃねえの」

「上に誰かがいるのが、か」

 プリンスキーは静かに背もたれに体を預け

「僕は第3王子だけど兄たちは健在だし結婚もしている。王位継承という点ではほとんど望みは無いけれど、それで不満を感じたことは無いな。シグン、君はどうだ? 第1王子で次期国王の君にとって、いきなり他人が現れ、みんながその人を次期国王にしようと言い出したら」

「みんながそいつを望むなら俺は降りる。ただし、その後のもめ事を恐れて俺の命を狙うようなら戦うがな」

「当たり前の返事だな」

「俺は当たり前の男だからな」

 見合って不敵を見せ合う2人の王子。

「ところで……もしもウブが独立宣言を出したらスターカインはどうする?」

「決まっているだろう。全力で潰す。戦争となればウブの民は敵だ。敵の命を守るため自分たちの利権を手放すほど我々は慈愛に満ちていない。ウブは多くの死者を出すだろうし、そうなればスターカインに対す憎しみも湧く。それはこちらも望むものではない」

「お前もそう言うようになったか。独立を認めれば、死ぬまでウブのプリンを食べ放題と言われたらどうする?」

「それは……人の命の方が……プリン食べ放題……うーむ」

 真顔で頭を抱える彼にギメイは「悩むなよ」と静かにツッコんだ。


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