『第12話 火の鳥が落ちるとき(前編)/3・魔導飛行船トゥヴァード号』
「カオヤンの行方はまだわからないか」
専用馬車の中、ウブ市長マトン・ジンギスカンに聞かれ、秘書のマッツォは申し訳なさそうに目を細めた。
「独立派の動きにも注意していますが……もしかしてウブにはいないのでは?」
「あいつは必ずウブにいる。100年祭に対して何もしないとは考えられん」
ジンギスカンの言葉に迷いはない。カオヤン脱獄から10日経っていたが未だ行方はつかめていない。
カオヤンの目的は「ウブを再び独立国家にすること」だ。ウブは100前までは独立国であり、ジンギスカン家が王族として納めていた。それがスターカイン国に吸収され、今はただの1都市に過ぎない。国としての名残は市長が代々ジンギスカン家の人間であることぐらいだ。
カオヤン達再独立派はマトン達現状容認派をスターカインに飼い慣らされ、牙を失った腑抜けと罵倒しているが、その数は少数で独立の気運は盛り上がらない。ついに彼らはマトン暗殺を謀り失敗したのは「当たらぬ矢」で書かれたとおりである。この一件で再独立派はさらに少数となったが、ぞれだけに今も残っているのは強い強硬派と言って良い。彼らは100年祭を国を失ったことを喜ぶ屈辱的祭りと非難しているだけに、何をしでかすかわからない。
混乱を恐れ、カオヤン脱獄については箝口令が敷かれて限られた人間しか知らない。
サークラー教会につくと、薄汚い作業服を着た髪の薄い初老の男がやってきた。腰のベルトにタオルを挟み、胸元を開いて手団扇でパタパタ風を送っている。
「よぉ、予定より早かったな」
顔にいくつもの深い皺を寄せて笑うこの男。一見したところ清掃員のようだがこれでも司祭。ウブのサークラー教会のトップに立つアーサー・ド・レジェンドである。司祭でありながら護衛もつけずこの薄汚い出で立ち。知らない人達からいきなり用を言いつけられることも多いが本人曰く「それで良い。司祭なんて肩書きをぶら下げて歩くとみんな怖がって声もかけん。サークラーの教えに反するわ」らしい。
「今日ばかりは遅れるわけには行かんからな」
「まったく、国もあんなデカ物で来なくても。おかげでこちらは駐車広場が使えなくて大変だ。倉庫の多くも使えんせいで外からの商人達にしわ寄せが来ている」
「そう言うな。それだけのものを出す見返りは十分あるはずだ」
「パパ!」
教会正面口から真っ赤なドレス姿のラム・ジンギスカンが駆けてくる。
「ラム。なんでお前がここにいるんだ?」
「スラッシュ様と王子のツーショットが見たくて」
にっこり笑う彼女にマトンは軽いめまいを感じた。
「おい、お前んとこの娘、まだスラッシュを諦めてないのか」
市長の娘ラム・ジンギスカン。スラッシュにお熱の彼女は彼が別の女性と結婚しても冷めることなく、彼へのアプローチを続けている。彼女のバッグの中にいつでも描き上げられるように、彼の離婚届と、彼と自分の婚姻届が入っているのは有名である。
「……レジェンド、誰かいい男がいたら紹介してくれ」
「わしじゃダメか?」
「ダメだ」
周囲がざわつき始め
「おい、あれじゃないのか?!」
1人が西の空を指さす。一同がそちらを見上げると、晴れた空に翼を広げた鳥のように見える小さな影が1つ。
「来たか、トゥヴァード号」
近づくにつれ、それは本来の姿と大きさを見せてくる。白地に青の流線が描かれ、両翼には左右に4機のプロペラ。計8機が唸りを上げて回り本体を進めている。両翼付け根にある飛行気球に描かれたスターカイン国旗。
スターカイン国が誇る魔導飛行船トゥヴァード号。
それはゆっくりと高度を下げながらサークラー教会に近づいてくる。
教会裏の巨大駐車広場。いつもならここにはウブ内外の商人や輸送人の馬車で一杯になっているが、今は馬車一台なく、平地が広がるばかり。100年祭の間、トゥヴァード号はここに駐留する。というより駐留できる場所がここしかないのだ。ここ以外を探すとなると街から離れた場所ばかりで行き来に不便だ。
「まったく。駐留できる場所すらろくにないのに、なんでわざわざあんなデカ物を作るかな」
「そう言うな。あるだけで人が寄ってくる。それだけでも作る価値があるわ」
笑うレジェンドの言葉通り、周囲の人達は仕事の手を止め、皆が頭上に広がるトゥヴァード号の巨体を見上げている。周りからも機体を少しでも近くで見ようとわざわざやってくる人達も多く、教会は見上げる群衆に囲まれている。みんなそうなので、誰かが財布を落としてもそれに気がつかないだろう。
教会上空に来たトゥヴァード号に教会から数人の魔導師が飛んで行く。1人が先端の操舵室前に止まると手を大きく動かし、室内の操縦士達に合図を送る。
魔導師達の誘導に従いトゥヴァード号はゆっくり旋回。船体を教会の駐車場に合わせる。
プロペラが止まると両翼がゆっくり折りたたまれながら船体は静かに下りていく。建物3階程度の高さまで下りると、船体のあちこちから鈎付きの太いロープが投げ出された。すでに翼は綺麗に畳み終えている。
待機していた作業員が駆けつけそのロープを拾い上げては、次々に地面に埋め込んでいた鉄輪に鈎をかけていく。その間に船体の底がいくつにも割れ、そのひとつひとつが蜘蛛の足のように広がっていく。
全ての鈎がかけ終わると、船体は再びゆっくり下降を始める。蜘蛛の足のように割れた船体の底が地面に接し、さらにゆっくりと船体が下りて地面につくと、トゥヴァード号はその動きを止めた。
サークラー教会演奏隊が奏でる中、トゥヴァード号船体の扉が開き階段が延びる。長身の男が姿を現した。黄色の肌に栗色の瞳、茶色の短髪。爽やかな甘美を思わせる顔立ち。吐く息は甘い香りがするとまで言われる彼こそがスターカイン国第3王子プリンスキー・スターカインである。
風が彼の髪や服の襟や袖をたなびかせる。ルーラが風の精霊に彼を中心としたつむじ風を起こしてもらっているのだ。これなら例え誰かが彼を弓矢で狙っても矢を逸らすことが出来る。
「ようこそウブへ。町を代表して殿下を歓迎いたします」
階段を下りるプリンスキーをジンギスカンが出迎える。それに対し
「堅苦しいことは抜きにしよう。せっかくの祭りだ。少しぐらい羽目を外すぐらいがちょうど良い」
気さくに握手すると周囲の見物人達を見回し
「ご招待ありがとう。特に麗しき女性達よ」
笑顔で叫ぶと、そのまま投げキッス。女性達の歓声が上がる。
駐車広場の脇に控えるルーラたち第3隊。その端に立つギメイが「……あのアホ、何やってんだ」と眉間に皺を寄せてつぶやいた。
周囲に笑顔を振りまくプリンスキーは、控える衛士隊の中に見知った顔を見つけて
「彼らは衛士ですか?」
「はい。紹介しましょう。乗客の安全のためトゥヴァード号に乗り込む東の衛士隊第3隊です」
彼らの前に案内するとメルダーが1歩前に出て
「第3隊を任されています。ネグライド・バー・メルダーです」
プリンスキーと握手する。
「若い方がそろっていますね。半数が女性とは。ウブの女性は優秀な方がそろっていると見える。あんな若い人まで」
ルーラを見て感嘆の声を上げる。第3隊の面子を見ると誤解しそうだが、この世界はまだまだ男社会。「同じ実力なら男を採用する」のが当たり前とする空気が強い。そこで男と同等の役割を担っているスノーレ、クイン、ルーラは同じ地位の男より遥かに優れていると思われるのだ。
1人1人握手しながら自己紹介をしていく。
「クイン・フェイリバースです。スターカインの誇り、トゥヴァード号の警備を任されて光栄です」
プリンスキーと握手しながらクインが微笑む。普段の彼女からは想像できないような上質の笑顔だ。
「しっかりした強い手だ」握手しながら彼女の掌を味わうかのように「この手があなたがどれほど努力家で、力と技を身につけた素晴らしい女性であるかを示しています。それに美しい」
その言葉にクインの頬が染まる。
「ありがとうございます。手を褒められたのは初めてです」
剣士として鍛えられた彼女の手は硬く力強い。女性に期待されるような華奢で柔らかなものではない。
その様子に吐き気がするようにギメイが顔を背けた。それに気がついたプリンスキーが彼を見て目をぱちくりさせた。
「君は……」
身長差を埋めるため中腰になって顔をのぞき込もうとするのにギメイがさらに顔を逸らす。角度を変えてみようとすると別方向に逸らす。顔を見ようとするプリンスキーと見られまいとするギメイの攻防を一同が呆れる中、クインがギメイの頭をむんずとつかみ、
「ギメイ、王子に失礼でしょう」
プリンスキーを向かせる。知っている顔に一瞬きょとんとなったが、プリスキーは悟ったように笑顔に戻り
「ギメイ君というのか。トゥヴァード号をよろしく、今の顔の動きは素晴らしかったよ」
無理やり握手しながらしっかと爪を立てる。ギメイも負けじと爪を立てる。顔は和やかながらお互い相手の手に爪を立てての握手に、事情を知らぬ他の衛士達は不安と呆れの入り交じった顔をしていた。