『第12話 火の鳥が落ちるとき(前編)/2・ウブ100年祭』
ウブの街は活気に溢れていた。広場では演奏隊のリハーサルが鳴り響き、派手な衣装の女性達が踊りの練習をしている。仮装用衣装の材料を買い求める客、野外劇場の飾り付けをする人々。町中を荷物で満載にした馬車が走り回り、サークラー教会には商売に訪れる自由商人達が手続の列を作る。
町のあちこちに貼られたウブ100年祭のポスター。
100年祭を10日後に控え、町中がその準備で大忙しだった。その熱気は町の空気を振るい踊らせ、少しずつ夏に変わっていく1日の暑さを底上げする。数日前より確実に着る服の枚数が減っている。働く男達の中には上はシャツ1枚、それすら着ていない者もいる。
「100年祭に備え、明後日より特別シフトに入る。後夜祭終了まで丸1日の休みはなくなるからみんな覚悟しておけ」
衛士隊本部会議室。窓を全開にして風通しを良くしてはいるが、風と一緒に熱気も入ってくるせいで皆汗を拭い、説明資料を団扇代わりにして扇いでいる。その説明会議は現在捜査中以外の本部勤めの衛士達が全員そろっていた。
「各地の警備は駐在班が総出で行うため、我々本部勤めの班は事件発生に遭わせて現場に応援に行くという形が基本になる」
段上でトップス衛士隊長が説明し、背後ではセルヴェイが黒板に大きく100年祭のイベントスケジュールを書いている。
「夜勤の人数がいつもの3倍かよ……」
「開会初日と最終日は5倍だぞ」
「家族サービスの時間なんて取れないぞ。せっかくの祭り、俺だって楽しみたいのに」
「給金上げろ~、特別手当出せ~っ」
警備概要の書かれた資料を見て、衛士達の間から不満の声が漏れる。
「諦めろ。民間が休みの時は忙しく。民間が忙しいときはもっと忙しいというのが我々衛士だ」
トップスの説明にあちこちからため息が漏れる。
「基本シフトは後に各隊隊長の話し合いで決めてもらうが。その前に決めておくメンバーがいる。5ページ目を見ろ」
言われて皆がそろって資料をめくる。
そこには上半分に大きな絵が描かれている。双翼の飛行船「トゥヴァード号」
中央のゴンドラ部分だけで全長70メートル、全幅30メートル。ゴンドラを上部左右に巨大な気球が2つ。左右の気球の下には巨大な鳥のような翼が、後ろには尾羽を思わせる尾翼がある。ゴンドラ部分の前方は左右の気球よりずっと前に突き出すように伸びているため、全体のフォルムは巨大な鳥のようだ。
「去年完成したばかりの魔導飛行船トゥヴァード号。100年祭の目玉イベントの1つとして、前日に1回、祭りの3日間は1日2回の計7回、ウブ全体を回る遊覧飛行が行われる。その際、船内警備として衛士が何人か搭乗することになった。その面子を決めておきたい」
「これが……空を飛ぶのか?」
イントルスが息を飲む。
「すごい力だな。ゴーディスの加護が感じられる」
「100年祭前日の遊覧飛行には特別に招待されたスターカイン国プリンスキー第3王子が搭乗される」
「王子?!」
クインの目が輝いた。
「王子の親衛隊も同乗するが、他に特別枠として30人が招待されている」
「特別枠って……やっぱり貴族とか、資産家とか」
「はいっ!」
どうやって間を詰めたのか、説明を続けようとするトップスの目の前に手を上げるクインがどアップで現れ
「クイン・フェイリバース。船内警備役を希望します! 出来れば王子専属の護衛で‼」
「いや、王子には専属の親衛隊が」
「希望します!」
ぐいぐい押してくるクインの迫力にさすがのトップスも後ずさる。
その様子に衛士一同苦笑いするしかない。ただ一人、スノーレはトゥヴァード号の説明を読んでいる。
「……熱魔導によって膨張した空気を気球内に循環させ、バランスを取りながら飛行。バランスを取る対流ってどうやって制御しているの?」
彼女は魔導師として屋内用冷暖機魔導の研究をしている。私たちの世界で言うエアコンを作ろうとしているのだ。うまく屋内を一定の温度に保つためには対流研究は欠かせない。目的は違えどバランス良く対流させるという手段はほぼ同じ。それを大規模で、国でもトップレベルの魔導師達が工夫に工夫を重ね作り上げているのだ。
「気球内の空気の温度を上手く一定にしないとバランスが……説明が足りない」
当たり前だが資料にはそこまで詳しくは記されていない。
「見たい見たい直接見たい。けど……そうだ!」
相変わらずトップスの前へと詰め寄るクイン。の前に割り込むようにスノーレが顔を出し
「スノーレ・ユーキ・ディルマ。船内警備役を希望します。出来れば気球内圧調整関係の機器周りを!」
クインとスノーレがそろってトップスに詰め寄る姿に、ルーラも苦笑いしていたが、ふと資料のある一覧に目を向ける。
「この名簿は何ですか?」
隣のスラッシュに聞いた。トゥヴァード号の説明の最後に名前と職業を記した一覧がある。
「ああ、さっき隊長が言った特別招待客の名簿ですよ。何でも特別感を出すために無作為に抽選したとか。だからいろいろな人がいます。それなりに地位のある人と言えば……ミーナ・オレンダぐらいですね。招待された人は驚いたんじゃないですか?」
「大当たりの人達か」
羨ましげに名簿を見ていたルーラだが、突然表情を固め
「ルーラ・レミィ・エルティース。船内警備役を希望します! できれば客室警備で!」
いきなりクインとスノーレの前、トップスに詰め寄る形で現れる。瞬間移動並の速さだ。
「お、おい。何だ何だ」
3人娘に攻め寄られ、さすがのトップスもたじろいでいく。それを押すように『希望します!』と詰め寄っていく3人。
その様子をスラッシュ達は呆然と見ていた。
「おい。何があったんだよ」
ギメイも唖然としている。
先ほどまでルーラが座っていた席。そのテーブル部分に置きっぱなしになっている招待客名簿の中に「ザン・ベルダネウス(自由商人)」の名があった。
「それでどうなりました?」
キッチンでカワムツのソテーを作りながらベンジャミンが聞く。
色のくすんだソファに寝そべりながらギメイが
「俺ら第3隊がトゥヴァード号の専属ってことになった。何かある度ウブ中引っ張り回されなくて済むのは楽だけどな。トゥヴァード号が到着次第、王子への顔見せだとよ」
ウブにあるニブク国大使館のはす向かいにある3階建てのアパート。その2階にギメイはベンジャミンと2人で住んでいる。
「よろしいのですか。プリンスキー王子は殿下の顔をご存じのはず」
「あいつの身辺警護は親衛隊がするだろう。顔見せの時だけ何とか誤魔化せばいいさ。他人のそら似と思ってくれりゃあ良いが。へたに騒がれてこっちの正体がばれるだけはゴメンだ」
衛士隊第3隊所属ヌーボルト・ギメイ。その正体がニブク国第一王子シグン・スポット・シュワルチであることは「小さな格闘家」で記した通りである。ニブク国の王族は20歳の誕生日から5年間、王族であることを隠し、名前を変え他国で平民として過ごさなければならない規則があり、彼はその真っ最中である。立場上、トップスには事情を話してあるが、他の連中は彼の正体を知らない。
「それよりもベンジャミン、他にエプロンないのかよ」
食事をワゴンに乗せてやってきたベンジャミンを見て顔をしかめる。彼がつけていエプロンはピンクでフリル付き、しかも胸の部分が大きなハート型になっている。若い新妻ならともかく、立派なカイゼル髭を蓄えた初老の男が身につけるにはあまりにも派手すぎる。
「似合いませんか?これはこれでチャーミングかと」
「お前の美的感覚を疑うよ」
ソファから身を起こすと、テーブルに並べられた料理を食べ始める。
「しかし、料理は美味いな」
「妻に先立たれて20年。いつの間にか身についてしまいました。初めの頃はあまりの不味さに情けなくて涙と鼻水が止まりませんでした」
「止めろよ」
言いながらも食事の手は止まらない。カワムツは今が旬だ。それにベンジャミンの料理はプロ並である。パンを開くと、そこにカワムツや野菜をのせサンドにして食べる。あまり行儀の良い食べ方ではないが、注意しても無駄と悟ったらしくベンジャミンも文句を言わない。
「そうそう。トゥヴァード号の警備に着ていくスーツを一着手配してくれ。パーティに着ててもおかしくないやつで動きやすいやつだ」
「警備で? 衛士の制服では駄目なのですか?」
「衛士の制服では招待客が萎縮するから。客に紛れる形で警備しろとさ。スーツなんてもう何年も来てねえぞ」
堅苦しさを想像したのか、ギメイはうんざりとした顔を天井に向けた。