『第12話 火の鳥が落ちるとき(前編)/1・カオヤン脱獄』
お詫び。本作は1話1章のつもりで書いていましたが、第12~13話の前後編が4話分近い文章量になってしまいました。第12話だけでも49,000字あります。これでは長くなりすぎて読みづらいです。
そのため、失礼ながら12話より1話を分割して投稿するようにします。そして、本作は一旦13話で区切り、14話以降は別枠にて投稿します。それに伴い、タイトルにも「第1~13話」を付け加えます。
どうかご了承ください。
仲山凜太郎。
スターカイン国ウブの西。歩いて1日ほどの所にフリガン監獄がある。ウブを含む近隣都市の犯罪者達のほとんどはここに収容、刑期の間、様々な労働が課せられる。その中身は様々な職人としての仕事。監獄内の備品のほとんどは彼ら自身で作ったもので、食事もそうだ。また、大規模な開拓などがあるときは人足として駆り出される。そしてここで身につけた技術は刑期を終えた後、彼らが生きていくための技術として役立つことになる……という建前だ。
ここは監獄の中でも受刑者に優しすぎると言われている。特に反抗的な態度さえ見せなければ看守たちも特に暴言、暴力を振るうことはないし、外からの差し入れも届けられる。男女ともに同じだ。私たちの世界から見れば当たり前のことだが、この世界では罪人に対する人権はないに等しい。監獄の中には受刑者を看守達の奴隷扱いにしているところも多く、女囚が来ようものなら初日に看守達に陵辱され、仲間を売った囚人への褒美として犯され、誰が父親かもわからない子を何人も産む。
中には獄死したことにされ密かに女奴隷として売り飛ばされた例もある。さすがにこれは問題視され、関わった看守達は逮捕され、彼ら自身が囚人として監獄に入れられた。
そんな悲惨さとは逆に、看守に金を握らせ囚人とは思えない贅沢な生活をしているのもいる。
チヨン教会などここれを問題視して国に改善を訴えるところもあるが、ほとんどが「罪を犯した方が悪い」「罪人を甘やかすのは良くない」「被害者達の気持ちを考えれば、罪人に優しくなど言えない」と相手にされない。それでも地道ながら説得を続け、少しずつではあるが改善されている。
そんな緩いとされるフリガン監獄最上階の特別房にカオヤン・ジンギスカンは収容されている。ウブを100年前のように独立国とすることを主張、実権を握るためマトン・ジンギスカン市長の殺害を計画したが失敗、逮捕され議員の地位を失った。だが彼自身の財産と支持者達の支援により金銭的には全く困っていない。
この特別房、金を出せる囚人だけが入れる特別な牢で、頑丈で無骨なのは扉と鉄格子のはまった窓だけ。中は絨毯が敷かれ、家具やベッドが揃い、暖炉まである。それもどれもが一流品。
その中でカオヤンはふかふかのソファに腰を下ろし、一級のワインとチーズを横にパンフレットをテーブルに広げていた。清潔な服、きれいにカットされた髪。艶のある顔には無精髭1本ない。
広げられているのはウブ100年祭のパンフレット。どれも先日刷り上がったばかりだ。
「マトン……どこまでウブを腐らせる。民も……いや、民の皮を被った蛆虫め」
パンフレットを見下ろす彼の目に迷いは見られない。いや、見られなさすぎる。人なら誰もがあるだろう迷いの揺らぎが今の彼からは感じ取れない。マトン殺害計画時でもいくらか迷いを見せていたというのに。
扉がノックされた。
「入れ」
扉が開かれ数人の看守が入ってくる。彼らはカオヤンの前に整列し
「準備が整いました」
片膝をついて頭を垂れる。その姿は看守と言うより、カオヤンの忠実な部下のようだ。
「よし」
看守達を連れて牢を出ると弓を手にしたウェルテムが立っていた。彼もまた囚人服ではなく小綺麗なスーツ姿だ。
「ウェルテム、次はしくじるな」
「わかっています。今度は私がスラッシュに一泡吹かせる番です」
さらに通路の奥から魔玉の杖を手にした男が高笑いと言うよりバカ笑いしながら
「血の泡をふかせてやる!」
襟の高いマントを纏ったルシフィアスが歩いてきた。牢暮らしが彼の心の歪みをさらに大きくしたのか、大きく見開いた目と常に何かに興奮しているかのような息づかい。まだ20代にもかかわらず、髪からは艶が消え白いものも見えており、彼の見た目が持つ「何かこいつ危ねえ」感はぐっと増していた。
「この俺に目をつけるとはさすがだ。見ていろ、魔界より召喚した魔族の軍勢がこの世を滅ぼす様を」
その笑いから目を背けるように彼らが歩き出す。まるで「目を合わせると馬鹿がうつる」かのように。
「良いんですか、あんな奴も連れて行って」
さすがにウェルテムも不安と嫌悪を隠さない。だがカオヤンは
「人間性はともかく魔導師としての腕は確かだ。そして何より、魔界に通じる門を開く技術を持っている」
彼らが監獄を出ると、数台の馬車が待っていた。
「例の報告書は座席に。なかなか興味深い内容かと」
2台目の馬車にカオヤンが乗り込むと、座席に紙の束が置かれていた。腰掛けた彼が無造作にそれを拾い上げる。その拍子にはこう書かれていた。
『ルーラ・レミィ・エルティース調査報告書』