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『第10話 逃げられ婿さん』


 この季節としては涼しい晴れた日。チヨン教会に澄んだ鐘の音が流れるように広がっていく。結婚式の鐘の音だ。婚姻関係の式典を一手に引き受けるチヨン教会は「愛神」とも呼ばれているこの世界の8大神のひとつだ。

 教会の庭に集まっているのは多くが上物のスーツやドレスで飾った人達。多少質が落ちるにもしても、おめでたい場に着てもおかしくない服。結婚式の招待客ばかりなのだから当然だ。庭には純白のクロスで飾られたいくつものテーブルがきれいに並べられ、花婿花嫁を待つ人達のためのちょっとした軽食が並べられている。

「いいんですか? あたしたち関係ないのに」

「かまいませんよ。通りかかっただけでも何かの縁です」

 とはいえ着飾った招待客の中、衛士の制服姿で手には精霊の槍を持っているルーラ・レミィ・エルティースは明らかに浮いている。となりで彼女を招いている同僚の魔導師シェルマ・オレンダがスーツ姿なだけに尚更だ。今の彼は魔導師には欠かせない魔玉の杖を手にしていない。

 遠慮がちなルーラに対し、クイン・フェイリバースは軽食そこのけで招待された男性客をまるで獲物を狙う肉食獣のような目で見ている。

「良い男良い男。着ているもの良し。顔つきはよほど変でなければOK。恋すれば顔の善し悪し関係なし」

 ふと彼女と目が合った男性客が慌てて目をそらす。まるでそうしなければ石にされてしまうかのような恐れ方だ。

「クインさん。お願いですから招待客を怖がらせないでください」

 あきれ顔でオレンダが言う。足下で座っていた彼の使い魔・虎猫のアバターも同意するようにニャンと鳴いた。

 オレンダは新郎リドゥ・マサラガルフの友人で、式に招待されていたところを衛士として巡回中のルーラとクインを見つけて招き入れたのだ。

「マサラガルフ家っ言えば、大きな縫製工場をいくつも持っている金持ちでしょ。当然、招待客も上流階級の人達よ」

 さりげなく男性の招待客に声をかけるクインだが、今の彼女は衛士の制服姿である。結婚式に招待されたらいきなり警察の職務質問されるようなもの。かけられた方も緊張して言葉を濁して去って行く。

 その様子に呆れながら

「こんなに人が一杯なんて、やっぱり町の結婚式ってすごいですね」

 50人近い招待客を見回してルーラが言う。

「そうでもないですよ。リドゥの両親はこの結婚に反対でしたから。面子もありますから結婚式はそれなりのものを用意しましたけれど、本音は誰も呼びたくなかったんじゃないですか」

 オレンダが目を向けた先には、ムッツリ顔で酒を飲む男の姿があった。

「あれが花婿のお父さん?」

「ええ」

 確かに我が子の結婚式には似つかわしくない表情である。まるで事業の失敗で大損したような顔だ。

「あれぇ。ルーラちゃんも来てたの?」

 薄藍のドレス姿でホワンが相変わらずのおっとりした顔で歩いてくる。

「ホワンさんも来てたんですか?」

「花嫁さん側の出席者が少ないからって引っ張り出されちゃいました。私、お嫁さんのお母さんの治療をしただけなのに」

 言いながら周囲をキョロキョロするのにルーラはにこりとして

「イントルスさんなら別の場所を巡回しています」

「ギガちゃんいないのぉ。残念」

 そこへチヨン教会の司祭が橙色に彩られた服でやってきた。橙色は見ているだけで気持ちを温かくさせるという色で、チヨン教会の信仰服の基本となる色である。

「皆様。式の準備が整いましたので教会正面へどうぞ」

 言われるままに一同が移動する。

 教会の屋根に飾られているのは裸で抱き合う男女の象形画でチヨンのシンボルでもある。変な目で見る人もいるが、教会が言うには「抱き合うのは求め支え合う姿で、裸なのは服や飾り、財産や身分に捕らわれないことを表しています」らしい。

 招待客がそろったところで演奏が一旦終わり、鐘が鳴り響く。再び演奏が始まるのに合わせて教会の扉が開き、白と赤に彩られた衣装を纏う花嫁花婿が登場する。白は未来への始まりを、赤は2人を繋げる血を表している。チヨン教会が奨励する結婚衣装の色だ。

 花婿のリドゥは緊張した面持ちで花嫁の手を取り司祭へとぎくしゃくしながら足を進める。

「緊張の塊だわ」

 嬉しげに、楽しげにクインがつぶやく。リドゥは背は高いがお世辞にも美形とは言いにくい。顔はずんぐりと長い茄子顔で金髪は癖が強く縮れている。鋭さより暖かさが勝る目はいかにもお坊ちゃん風だ。童顔のお坊ちゃん風ならばオレンダもそうだが、彼は衛士という仕事上、瞳の奥に鋭さを感じさせる。見かけと違い心の強さを感じさせるがリドゥにはそれがない。いかにも世間知らずのお坊ちゃんを見る者に感じさせる。

 しかしオレンダの話によると反対の家族を押し切っての結婚だというのだから、根は意外と強情なのかも知れない。

 お客達の笑顔と拍手に囲まれて花婿花嫁が、チヨン教会司祭に向かって進み行く。参列者から少し離れた場所でルーラたちはオレンダと一緒にそれを見ていた。

「チヨン教会の結婚式、初めて見たけどきれい」

「初めて? チヨンが関わらない結婚の方が珍しいわよ」

「あたしの村にはチヨン教会はなかったですから。だから結婚式は村独特で。と言っても、村を出るまでそれが普通の結婚式だと思っていたんですけれど」

 言いながらルーラは寂しげに頭の後ろ、髪を撫でた。

「でも、この結婚式も素敵です。花嫁衣装は村よりもきれいかも」

 やはり女性陣の目は花嫁衣装に向けられる。

「花嫁がきれいなのは当たり前。花嫁衣装が似合わない女なんて存在しないわ」

「そうだよねぇ。私もいつか」

 うっとりした目で花嫁を見つめるホワン。もちろん、この時彼女の頭にはイントルスが花嫁姿の彼女をお姫様抱っこしている姿が浮かんでいた。

 その隣ではルーラも同じ顔をしている。もちろん、彼女が思い浮かべているのは自分とベルダネウスの結婚式。

 そんなルーラをオレンダはちらと見

「そうですよね。きっとお似合いです」

 照れながら腑抜け顔の彼が思うのは、花婿姿の自分に腕を絡める花嫁姿のルーラ。

 思い思いに勝手に自分の結婚式を浮かべヘラヘラする3人にクインはふくみ笑う。

「良いわねぇ。ちゃんと思い浮かべられる相手がいるって」

「あれ。クインさんにはギメイさんがいるんじゃ」

 ルーラが言った途端、クインの表情が凍り付いた。信じていた友達に土壇場で裏切られたような顔で。

「あたし、変なこと言いました?!」

 悪意のない顔にクインが思わずサーベルに手をやったとき

「皆様、しばしの沈黙を」

 静かな重い声が流れてきた。新郎新婦を前にチヨン司祭ホレッタ・ホレラレタが厳かに手を上げ、周囲を静まらせる。静かだが威厳あるその声はクインの手をも止まらせる。アバターですら身を正してきちんと座り直した。

「我らが神チヨンの教えに従い、リドゥ・マサラガルフ、ロロ・シンバルンの婚礼申請の誓いを執り行う」

 真っ白で豊かな髪と眉毛のせいで地肌はほとんど見えない。60才になる伸びた手には皺が刻まれているものの、声にはまだまだ張りがある。

「愛なる心は人々を、全ての生き物を結びつけ命と生活を繁栄へと導くもの。汝らは今、その愛に導かれ夫婦という形となる。なれど両名、愛は時に試練となる。愛は偉大なれど万能に非ず。その歩みを間違えれば大いなる災いとなる。

 愛をないがしろにせず、愛に甘えず、道を誤ったときも許し歩み直し、常に良き形へと育てていくもの。汝らがこの場に立つまでに様々な幸せと苦悩があったはず。そしてこれからも。それを決して忘れぬように」

 司祭の言葉が続く中、新郎新婦は静かに頭を垂れていた。

「相変わらず当たり前のことを仰々しく言うわね」

 クインの小声に

「当たり前の確認は大事ですぅ」

 ホワンが小声で応えた。

 そのやりとりに苦笑いするオレンダは、ルーラが不安げに花嫁を見ているのに気がついた。

「どうしました?」

「なんだかあの花嫁さん。幸せっぽくない」

「緊張しているだけじゃないですか?」

 しかし硬くなっているリドゥと違い、不安げでいるようにルーラには見えた。

 その時だった。庭を突っ切るように馬が数頭式場に駆けてくる。その後ろには2頭立ての馬車が。

 参列者達が驚いて逃げ出す。数人が足をもつれさせて転倒した。かまわず馬たちがそれらの中に駆け込んでいく。瞬時に衛士の顔に変わったクイン、ルーラ、オレンダが駆け寄り、参列者達を避難させる。

「ごめん!」

 クインがサーベルで暴れる馬の足を斬る。オレンダが倒れた参列者の手を取り立ち上がらせる。魔玉の杖を持っていないため彼は魔導を使えない。周囲の人達を押しのけるような勢いで馬車が新郎新婦に迫る。その御者台に乗っているのは

「スィーリー‼」

 ロロが叫んだ。その声には喜びが混ざっている。

 御者台の男・スィーリーは駆け抜け様、新郎新婦の前に飛びおりる。

「何をしているんだ」

 歩み寄るリドゥを思いっきり蹴り飛ばすと、彼は花嫁・ロロの手を取り「急げ」と御者台に乗せた。

 駆け寄るオレンダを牽制するように馬が高く嘶き突っ込むように走り出す。たまらず避けた彼の横を通り、花嫁を乗せた馬車は正門に走っていく。

「馬車を止めて!」

 その叫びにルーラが反応、精霊の槍を構えた。

「風の精霊!」

 途端、彼女を中心につむじ風が起こり、周囲の人やテーブル、軽食を吹き飛ばしながら彼女の体を大空に巻き上げる。


 チヨン教会正門をぶち破るように飛び出した馬車は、通りすがりの人達が逃げるように道を空ける中、町を駆ける。

 その上空を風に運ばれるルーラが追う。一気に近づき、屋根に着地。

「馬車を止めてください!」

 屋根を走り、上から御者台をのぞき込むように身を乗り出した途端

「えい!」

 ロロが持っていた花束で彼女の顔を叩いた。痛くはないが、意外な攻撃にルーラが一瞬唖然となる。

 その隙に、スィーリーがロロの手を取り御者台から飛び降りた。

「待って!」

 追いかけようとしたルーラだが、馬車は御者台を空にしたまま走り続ける。前の人達が慌てて逃げ惑う。

 彼女は御者台に移り手綱を取ると、通行人を避けながら馬を静めようとする。

 何とか2頭の馬をなだめ馬車を止めたものの、スィーリーとロロの姿はどこにも見えなかった。


   ×   ×   ×


「先日、マサラガルフ家の長男リドゥの結婚式において、式の途中で数頭の暴れ馬と共に一台の馬車が乱入、御者台の男が花嫁ロロ・シンバルンを連れ去った。男の名はクラウ・スィーリー。ロロ嬢の幼なじみだ。ただ、その際に花嫁が抵抗した様子はなく、むしろ男に協力的だった。簡単に言えば結婚式の最中、花嫁が別の男と逃げたわけだ。

 しかしマサラガルフ家はスィーリーが花嫁をさらったものとして告発。まぁ、衛士隊としても訴えがある以上調べないわけにはいかない」

 衛士隊本部。第3隊の部屋。ネグライド・バー・メルダー隊長が集まった隊員達に事情を説明している。

「隊長」スノーレ・ユーキ・ディルマが手を上げ「花婿は気の毒とは思いますけれど、花嫁が自分の意思で逃げたのなら衛士隊の仕事ではないのでは」

「そうなんだ。朝方、スィーリーの自宅を訪ねた衛士がロロ嬢本人と話をしている。やはり自分の意思で逃げたらしい。会場を無茶苦茶にしたことについては謝罪、弁償すると答えている。

 それをマサラガルフ家に伝えると、今度は最初から結婚の意思がないのに、気のあるふりをして結納金だの病気の母の治療代を出させた。つまりは詐欺だと言いだした」

「詐欺なら捕まえるのは衛士の仕事ってわけですか。なんだか無理矢理っぽいですね」

「名士だからこそ、家に泥を塗った花嫁を許せない。それ相応の罰を与えねば気が済まないのではないか」

 ギガ・バーン・イントルスの答えにスノーレもなるほどと頷いた。

「でも、それだけで詐欺と断定するのは難しいんじゃないですか。ましてや花嫁は逃げずに家にいるわけでしょう」

 トリッシィ・スラッシュの意見にメルダーも頷き

「確かにな。それでも訴えがある以上、調べないわけにはいかん。それに弁償すると言っても彼らにそれだけの金があるとは思えん。時間を稼いで逃げ出す可能性もある」

「そんなせこい手を使うなら、式場に暴れ馬で乱入なんてする? 隙を見てこっそり連れ出す方を選ぶんじゃない」

 クインの意見に、皆が驚いた顔を向け

「珍しい。クインが真っ当な意見を言った」

「どういう意味よ?」

「そう言えば、あの馬たちはどこから調達したんだ? 馬を集めて狙って式場に暴れ込ませるなんて簡単にできるもんじゃないだろ」

 座ったままのけぞるように背筋を伸ばしたギメイが言った。

「スィーリーの友人にマサラガルフ家の縫製工場で荷馬車の管理係がいる。どうやらそこから連れてきたらしい」

 皆が好き勝手言っている中、ルーラだけは口を固く結んでいた。目に力はこもっているが、考え事に集中しているのか、目の前のものを見ていないようだ。

「まぁ、この件は一通り聴取を取った上で、詐欺とは断定出来ずに不起訴というのがオチになりそうな気がするが」

 そこへ扉がノックされた。

「失礼します」

 事務員のモルス・セルヴェイが顔を出し、

「先ほどリドゥ・マサラガルフ様がやってきて、被害届を取り下げました」

 皆が一斉に「はぁ」と声を上げた。


「ロロさんはマサラガルフ家が経営する裁縫工場で働いていたところを、リドゥに見初められたんです。工場でも下層にあたる針子で、病気の母持ち。家族からは結婚に猛反対されたのを、彼は押し切って結婚したんです」

 夕暮れの街を歩きながらオレンダが説明する。訴えが取り下げられたことで捜査は終了となったが、やはりスッキリしないとルーラたちは仕事の後、オレンダを捕まえて事情を聞くことにした。

「そしたら、結婚式の真っ最中に花嫁が他の男の手を取って逃げたわけか。花婿さん、面子丸つぶれどころじゃねえな」

 呆れるギメイ。他の面々も同じ感想を持った。

「スィーリーさんですか、花嫁さんを連れ出した人は前から彼女と恋仲だったの?」

 かつて自分も似たような経験をしているせいで、スノーレの言葉には心配さがある。

「ええ。つまりロロさんを巡ってリドゥとスィーリーの三角関係だったわけです。スィーリーは工場の出納係。彼に勝ち目はないって言われていましたよ」

「それが最後の最後で大逆転ってわけね」

 やったねとばかりにクインが指を鳴らす。

「彼女がプロポーズを受けたと彼から聞いたとき、彼女はきっぱりとスィーリーのことは諦めたんだと思ったんですけど」

 浮かぬ顔のままオレンダが答える。友人であるリドゥの事を考えているのだろう。

 相変わらずルーラは考え事をしたまま無言で歩いている。

 オレンダの足が止まった。

「どうしたの?」

「リドゥだ」

 駆け出す先は1軒のレストラン。その店先でリドゥが何人もの男達に囲まれる中、必死に立ち上がっては1人の屈強な男に挑んでいく。

「どうしたどうした逃げられ婿さん。嫁さんと一緒に根性まで逃げられたか」

「結婚式に逃げ出すような女に引っかかったお間抜けさん」

「逃ーげられ婿さん、逃ーげられ婿さん」

 周囲の馬鹿にするお囃子の中、リドゥは再び男に挑む。が、彼の拳はかすりもせず、男に一方的に攻められている。服は乱れ、顔中青痣だらけで鼻血も流れている。その度に周囲に笑われ、逃げられ婿さんコールが起こる。

 痣だらけ、鼻血だらけの顔でも目だけはかろうじて力を保ったままリドゥが拳を構える。足がふらつき、倒れそうになるのを駆けつけたオレンダが支えた。

「リドゥ、こんなところで何をしている?!」

「シェルマ、邪魔するな」

 彼の手を払いのけるが力がない。

「酔っているな。そんなんで喧嘩して勝てるつもりか」

「関係ない。こいつらは私だけじゃなく、ロロまで侮辱した」

 周囲から笑いが起こる。

「おめでたいねぇ。自分を捨てた女をかばってるんだからな」

 オレンダを振り払って男に挑みかかるリドゥだが、逆に一方的に殴られ、蹴られまくる。リドゥが酔っているせいだけではない、相手は空拳にかなりの心得がある。

 倒れるリドゥに追い打ちをかけようとする彼の前にクインが立ち塞がった。

「何だてめぇは。女は引っ込んでいろ」

「女が口出しせずにいられないような真似をするんじゃないわよ」

 サーベルの柄に手をかけようとするのを

「止めとけクイン。クズを相手にするとクズが移るぞ」

 ギメイが代わりに前に出る。クインより更に小さな男の登場に

「何だてめえは?」

「間抜けの代わりにお前の相手をする大間抜けさ」

 拳を鳴らす彼に男は嘲笑を向ける。

「女の前だからって格好つけているんじゃねえよ。痛い目に会う前に家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな」

「お前こそ、恥をかく前に風俗にでも行って女王様のハイヒールで頭を踏んづけてもらえ」

 男が鼻を鳴らして拳を振るった。それは結構鋭かったが、ギメイは眉1つ動かさずそれを避けた。

 それを意外に思った男は、立て続けに拳や蹴りを振るう。が、ギメイは最小限の動きでそれらを全てかわしていく。男の動きが早さを増すが、それ以上の早さを見せるギメイにはかすりもしない。

 一歩引いて間を取ったギメイは

「ここで止めればこの件は不問にしてやる。ただし、次の攻撃に対しては反撃するぞ」

 その警告も男には耳に入らない。1歩前に出てギメイに拳を振るう。が、それよりも早く彼の一撃が彼の腹に決まった。

 男が白目を剥いてゆっくりと倒れる。口から泡を吹いて痙攣するその姿に、周囲の男達の笑みが凍り付いてたじろいだ。

「どうした。こいつを助け起こすぐらいはしてやれ」

 倒れた男を指さす彼に仲間の1人が

「こ、こんなことをして良いと思っているのか。誰か、衛士を呼べ。こいつらを捕まえさせるんだ」

「衛士ならここにいるが」

 ギメイが衛士の身分証を見せる。続いてオレンダが、ルーラ、クイン、スノーレが一斉に衛士の身分証を出したので男達は凍り付いた。


   ×   ×   ×


「情けない。あなたは仮にもマサラガルフ家の跡取りなのですよ。それが……どれだけ家名を傷つければ気が済むのですか?!」

 マサラガルフ家の居間。衛士達に支えられ顔も服もボロボロになって返ってきたリドゥを、母ハーフリィズは罵声で迎えた。彼が訴えを取り下げ、帰りに男達に絡まれボロボロになってオレンダ達に助けられてきたと聞いて泣き崩れたほどだ。

「でも、一番傷ついているのはリドゥさんです。結婚式当日に花嫁に裏切られるなんて」

 ルーラの言葉にリドゥに治癒魔導をかけながらオレンダが頷いた。

「それは自業自得です。衛士の分際で私たちに意見するつもりですか。あなたたちのやることは、一刻も早くあの娘と男を捕まえ、縛り首にすることです!」

「でも、訴えは取り下げられたんですよ」

「それにいくら何でも縛り首にするのは難しいですよ」

 スノーレの意見にクイン達も頷く。 

「罪人を守るのが衛士のすることですか?!」

「罪人を作るのは衛士の仕事じゃありません」

 治癒魔導を終えたオレンダが立ち上がりハーフリィズと対峙する。リドゥはソファに横たわり眠っている。治癒魔導を受けると肉体が体の治癒に専念するかのように眠りに入る。そして治癒魔導の効果が切れるか、ある程度治癒するまで目が覚めない。その時間は怪我の度合いと治癒魔導の強さによって違い、短ければ1~2時間、長いと数日眠ったままなんてこともある。

「ロロさん達が憎いのはわかりますが、憎しみのあまり犯してもいない罪をなすりつけ、罰せさせるのは間違っています」

 その彼の目にクインは「へぇ」と楽しげに笑い、ルーラにそっと「オレンダのいい男レベルが上がったわよ」とつぶやいた。

「罪人かどうか調べるのも仕事のはずです」

 ハーフリィズも負けてはいない。

「あの女が母の治療費と称してどれだけ私たちからお金を取っていったか。それが正当な金額だったのか調べなさい。それに、花嫁修業と称してこの家にいたとき、この家からいくつもの宝石がなくなりました。あの女が取っていったはずです。その証拠を探しなさい」

「いい加減にしてください!」

 オレンダが彼女を見返し

「衛士はマサラガルフ家の部下ではありません。口頭ではなく正式な被害届を出してください。受理された後、捜査を開始します。予め言っておきますが『そうに決まっている』『犯人でない証拠はない』は証拠として認められませんから」

 怨恨を晴らす道具にされてたまるか。その口調には力がこもっていた。


「ロロさんのお母さんの病気ねぇ。私たちが見たときはかなり進行してて、薬で痛みを和らげるのが精一杯だったのぉ」

 いつもは笑っているように見えるホワンの糸のような細い目は、今はただ無念そうだった。

「リドゥさんはそれでもいいから。苦しみが少しでも和らぐならって投与を望んで、少しでもケア出来る環境でって、お母さんもロロさんも自分の家に呼んで住まわせたんだけど、それが善意の押し売りに感じちゃったのかもねぇ。なんかロロさん、居心地悪そうだったぁ」

「あの母親なら、露骨に嫌な顔したわよ。メイド達も迷惑がったんじゃない。余計な仕事が増えたって」

 クインが唇を尖らせる。成り行き上、一同はマサラガルフ家を出た後、ダーダ薬草園に向かった。オレンダはああ言ったものの、とりあえず簡単に話を聞くぐらいはしておいたほうがいいと動くことにしたのだ。治療を担当したのがホワンだったというのも一同の腰を軽くした。

 話を聞きつつオレンダが今まで支払われた治療費のチェックをしている。彼の所属する第2隊は不正取引など地味な証拠集めが必要な事件の担当だ。書類を読み取る能力はルーラ達第3隊よりずっと高い。その分荒事は苦手で強制捜査などは他の隊の助けを借りることが多い。

「すみません。投与に変化がないときでも請求金額がばらけているのはなぜですか? 特に昨年のここ」書類を指さし「見舞金1,000ディルというのは何ですか?」

「ウィルチの実を採取中に取る人がお猿さんと喧嘩して怪我をしたんですよぉ。そのお見舞い金を関係者たちで負担したんですぅ」

「そういうのは当たり前のことなんですか?」

「採取に危険が伴う材料の場合、取る人が怪我や病気をしたら、お見舞い金を少しずつ上乗せするのが慣習になっているんですぅ。もちろんしなくても大丈夫ぅ。病気で苦しい人に更にお金で苦しませるのは良くないですからぁ。リドゥさんはお金に余裕があるからって出してくれたんですぅ。一件当たりは少ないですけど、当人に渡る頃は30万ぐらいになっているみたいですよぉ」

 30万ディルといったら1年は楽に暮らせる。しかし治療費もかかるし、回復しきれず以後の仕事や生活に支障を来せばそれでも少ない。

「ばらけているのも季節や収穫によって仕入れ価格が変わるからですぅ」

「裏付けを取らせてもらいます。気を悪くされないように。それと書類は一通り預からせてもらいます。預かり証を書くので後でご確認を」

「わかってますよぉ。お金の問題はきちんとしないと」

「病気について診断書があればそれも。それとここで病気を診られる前に診断されていた医者や薬草師がわかればその人も」

「それはロロさんに聞いたら?」

 ルーラの疑問に

「それも裏付けでしょう。病気やその進行具合がここに記載されていた通りなのか。別な病気だったり、実際よりも重いように記載して治療費をつり上げたりって可能性もあるわ。複数から話を聞くのは裏付けの基本よ。今回だって他の薬草師や医者に話を聞いて、この治療費が妥当の範囲内か意見を聞かないと」

 スノーレの解説にオレンダも首を縦に振る。

「すみません。何から何まで疑っているようで」

「良いですよぉ。実際、治療代は医者や薬草師のさじ寡言なところもあるし、疑おうと思えばいくらでも疑えますから」

 慣れているのか心が強いのか、ホワンの顔は和やかなままだ。


「具合はどうだ?」

 多少痣は残っているものの傷が癒えたリドゥに、確かめるようオレンダが聞いた。調査の報告がてら様子を見に来たのだ。ルーラも一緒である。

「体の方はすっかり良くなった。気持ちは良くないけれど」

 彼は今、自宅謹慎中である。結婚を巡る騒動に加えロロ達の訴えを勝手に取り下げたこと、その帰りに暴力沙汰、それも勝つのではなくボロ負け。両親の怒りは生半可なものではなかった。

「2人は明日クビにする。衛士の調査次第では訴えも出し直す。お前は騒ぎが落ち着くまで外出禁止だ」

「あなたも親の言うことを聞かないとどうなるかこれでわかったでしょう。あなたの花嫁は改めて私たちが見つけます。いいですね」

 両親の怒りはそのまま彼を見る目となり、彼の自宅謹慎は実質軟禁となった。家のメイド達は雇う際に身元がきっちり調べられ、泥棒対策として皆ある程度の格闘技を学んでいる。現状では彼の監視役みたいなものだ。今も扉の向こうで耳を澄ましているに違いない。

「シェルマ。頼みがある」

 リドゥはオレンダをすがるように見、

「ロロを守ってくれ。父さんが彼女たちをこのままにするとは思えない」

 言われたオレンダは戸惑いと困惑の顔で

「もちろんだ。けれどリドゥ。わかっているのか? 彼女は君を捨てて別の男と逃げたんだ。それも結婚式の場で、皆が見ている前で」

「わかっている。わかっているはずなんだ。でも、それでも僕は彼女を守りたい。これ以上彼女に苦しんで欲しくない」

 壁に飾られた肖像画に目を向ける。かなり大きなもので、彼とロロの結婚式。花婿花嫁衣装の2人が一緒に描かれている。チヨン教会では結婚式を挙げると記念の肖像画を描いてくれる。裏には2人の名前と式を上げた日付、式を挙げた教会と執り行った司祭の名前、肖像画を描いた絵師の名前もあり、これ自身が結婚証明書になっている。

「そのうちに彼女が戻ると思っているのか? 戻ったとして君は良いだろうが、君の家族は納得しないだろう。今回の結婚すらあれだけ反対したんだ。それとも彼女が戻ったら2人でこの家を出るというのか」

 彼は戸惑いうつつも静かに首を横に振った。

「君も知っているだろう。彼女はずっとお金で苦労していた。病気の母に満足な治療も受けさせられず、彼女自身もたくさんのやりたいことを我慢して。それても懸命に生きていた。

 だから、僕はこれ以上彼女に金がないために我慢する生き方はさせたくなかった。彼女をうちに招き、母親の治療代も出して、結婚した後は夢のいくつかにもう一度挑戦してほしかった。

 幸せはお金じゃ買えないことぐらい知っている。しかし、お金があれば幸せの幅は広がるし深くなる。家を出たらそれも出来なくなる」

 その言葉に静かに座っていたルーラが目を細める。もしかしたら、これが彼女をつなぎ止められなかった原因かも知れない。

 静かにオレンダは口をつぐみ、そして開く。

「今回の件で2人は工場をクビになるだろう。だけどそれは本人達も覚悟しているはずだし、雇用問題は衛士が介入出来る問題じゃない。心当たりがあるのか。守らなければならないほどの脅威が彼女に迫っているという」

「昨夜、僕は聞いたんだ。父さんが人を使って2人を襲わせようと秘書に命じているのを。マサラガルフ家に恥をかかせることが、どんな結果になるのかを世間に教えるために」

「殺せと?」

「わからない。けれど結果的にそうなってもかまわないような言い方だった」

 オレンダの目つきが変わった。友人を案じるのではなく、犯罪を聞きつけた衛士の目に。

「金と引き換えに誰かを傷つける連中は多い。誰に襲わせようとしているのかはわからないか? どんな些細なことでもいい」

「わからない」

 リドゥは申し訳なさそうに首を横に振る。

「僕に出来ることはないか」

「家にいてくれ」

「でも」

「わからないのか。君がロロを守ろうとすればするほど彼女は苦しむんだ。彼女を幸せにしたいなら忘れることだ。君はこれから、自分自身が幸せになることを考えろ。ここから先は僕たち衛士の仕事だ」

 突き放すような言い方にリドゥは疲れた笑顔を浮かべ

「僕自身が幸せにって……わからない……幸せって……何だっけ……」

「人から教えてもらった方法ですけれど」

 今までずっと脇で聞いていたルーラが口を開いた。顔を向けた2人に

「目を閉じて……静かに自分が『こうなれたら良いのに』っていう幸せな姿を思い浮かべるんです。中身は何だって良いんです。美味しいものをいっぱい食べたいとか、大きな家に住みたいとか、偉くなりたいとか。それを何度かやって、うん、これが自分の幸せな姿だ。って思ったら、今度はどうすればそれが実現出来るかを考え、やってみるんです。

 あたしは今、そのために生きています」

 静かにルーラは目を閉じる。頭に浮かぶ自分の幸せ。


 一台の馬車。ルーラは自分の子供達に囲まれ、洗濯や料理をする。10人近くいる子供達はそれを手伝っている。

 子供達が笑顔になって同じ方向を見る。

 その先には、ちょっと大きな子供達と一緒に1人の男が荷物を背負ってやってくる。艶のない銀髪。学者を思わせる理知的な目。その左目には不似合いな切り傷が瞳を縦に切るようについている。

 馬車から茶封筒を取り出し彼に渡す。中身は書類一式。すでにルーラの手によって仕上げられているのを彼に確認してもらう。

 男は満足そうに頷き、彼女にキスしてくれる。子供達がはやし立てる中、彼女はそっと自分のお腹をさする。その中には、いずれ生まれるだろう次の子供が宿っている。


「ちょっと虫のいい話ですけれど、効果ありますよ」

「でも、その幸せがどうやっても実現できそうになかったら」

「実現するために生きるのが大事なんです。ザンも言ってました。『幸せになるために生きる』ことほど正しい生き方はないって」

 自信満々に胸を張る彼女に半ば感心、半ば呆れて笑う2人。が、オレンダがちょっと引っかかるように

「ルーラさん、そのザンって?」

 言われて彼女は照れくさそうに頬を染め

「あたしの未来の夫です。衛士の仕事は花嫁修業も兼ねているんです」

 恥ずかしげに体をくねらせる。

 衛士の仕事と花嫁修業にどんな関係がと思ったリドゥだが、あえて何も言わなかった。隣でオレンダが口を開けたまま固まっていたからだ。


   ×   ×   ×


 古い住宅街の夜。いくつもの似たような外見の家が静かに眠りについている中、夜の闇に逆らうかのようにスィーリーの家はいくつものランプの光で明るく、にぎやかな笑い声で溢れていた。

 大きく開け放たれた窓から何人もの男達の陽気な声が流れでるのを、近くの家のベランダに止まった一羽のミミズクが興味深そうに見つめている。

「いやぁ、ロロに逃げられたと知ったときのリドゥの顔は傑作だ」

「胸がスカッとしたぜ」

「社長の息子だからって、いい気になってたからな。あのお坊ちゃまは」

 スィーリーを囲み、ロロの手料理を味わいながら陽気にしゃべっているのは昼間、リドゥを散々馬鹿にしていた連中だった。彼らはロロを結婚式から逃げるのに協力した仲間達で祝杯を挙げているのだ。

「みんなには礼を言う。俺は明日、会社に辞表を出してそのままウブから出るつもりだ。当分戻って来れないだろうから、みんなと騒ぐのは今夜が最後だ」

「気にするな。辞表と引き換えに退職金をたっぷり渡してやるよ。そのためにここ数日、ひたすら帳簿をどがちゃがしていたんだからな」

 顔を赤らめて言うのは、仲間の1人で会社の経理課だ。

「いいのか、バレたらお前もクビだぞ」

「そうなる前に会社の金持ち出してとんずらしてやるよ。あんな会社に未練はないね」

 笑う中、大男が1人腹を押さえながら顔をしかめている。彼の前の皿はほとんど手つかずだ。昼間、ギメイにのされた男である。結婚式に乱入した馬を手配したのはこの男で、名をゼルガと言う。

「おい、大丈夫かよ」

「くそぉ、まだ腹がじくじくする。あのチビ衛士め」

「腹の具合を直すのには酒が一番だ。おーい、酒」

 スィーリーの声を聞き、厨房からロロが酒を持ってくる。

「明日になったら……」

 厨房に戻るとロロの表情が陰る。明日からの生活を考えると、やはり不安は隠せなかった。とは言ってもスィーリーの手を取り結婚式から逃げ出したことを後悔はしていない。

 とは言ってもリドゥが嫌いだったわけではない。彼が自分に好意を持ち、金銭的に援助してくれたことはありがたいと思っている。彼の家に住んでから食事も良くなり、生活水準の向上のせいか肌の艶が以前とは見違えるほど良くなった。結果的に母は助からなかったものの、治療を受け暖かいベッドで死を迎えた。母が死んだときの、彼のすまなそうな顔は今でも覚えている。

 だが、マサラガルフ家の住み心地はお世辞にも良いものではなかった。もちろんリドゥが自ら招いた嫁候補とその母なのだから表向きは丁寧に接してくれてはいるが、彼の両親や使用人達が自分たちに向ける目。汚れたゴミでも見るかのような視線を向けられる度に彼女の心は締め付けられた。何か頼めば聞いてはくくれるが、いやいや仕方なくやっているのが丸わかりな態度だった。

 それでも母が生きている間は看病に専念することで気を紛らわせることが出来た。フーワという薬草師が一手間かけるような介護の仕方を指示してくれた。最初は手を抜いているのかと思ったが、彼女の息詰まりそうな様子を見ての気配りだったと今では思っている。

 その母が死に、リドゥから結婚を申し込まれたとき、彼の思いが嬉しかったと同時に一生この家の空気を吸って生きなければならないのかとも思った。迷いながら彼女はさりげなくリドゥに家を出る気はないかと聞いてみた。完全に縁は切れなくても、この家の人達の目がなくなれば彼と一緒にやっていけると思ったからだ。それに対し彼はその気はないと答え、家族と仲良くやっていくことを望んだ。

 両親と同居する息子として当たり前だが、この答えは家族や使用人の視線に苦しんだ彼女を絶望させた。自分の苦しみがどれほどなのかを彼は理解していない。そんな時、スィーリーからリドゥではなく自分と結婚しようと持ちかけられた。

 リドゥとの結婚に移ろいでいるときだけに、彼の言葉は彼女を魅了した。しかし既に結婚の準備は進んでいる。半ば諦めかけた彼女を彼は式の当日に連れ出すと説得した。式当日は関係者も多いが、教会は人の出入りも多い。スィーリーたちが中に入るのも難しくはない。

 彼女は半信半疑で当日を迎え、スィーリーは言葉通りに彼女を連れ出しに来た。その時彼女は嬉しかったというのが正直な気持ちだ。だから彼の手を取って馬車に乗り込んだし、追ってきたあの衛士をひっぱたきもした。

 マサラガルフ家から逃げて彼女はホッとした。やっと解放されたと。確かにこれからの生活は貧しくなるだろうが、息の詰まるあの家での生活よりずっと良いと。

 だが、日が変わり落ち着くと不安が大きくなった。もっと良い方法がなかったのかと。

 部屋からスィーリー達の笑い声が聞こえてくる。彼らは昼間、リドゥを散々からかってきた。

(もしかしたら、あの人達はリドゥを笑いものにしたかっただけかも知れない)

 激しく頭を振ってその思いを跳ばす。あまりにもうまくいったので、ちょっと浮かれて言い過ぎただけだと。


 スィーリーの家から道を挟んだ向かいの家のベランダ。じっと佇むミミズク。

 その家の脇道から薄汚れた服の男が1人現れる。握られているのは魔導師の証である魔玉の杖。続いて2人の男。帽子を目深にかぶり薄汚れた服は河川岸に行けばいくらでもいる人足姿だ。明らかに意図的に特徴をなくそうとしている。

 人足風の男達が周囲を伺う中、魔導師が杖を構える。魔力を受けて先端の魔玉が光り始める。魔導師の視線は真っ直ぐスィーリーの家、開け放たれた窓に向けられている。

 魔玉の光が増していく中、空気を裂く音と共に矢が飛んできて魔玉を直撃、魔玉の光が消えて無数の亀裂が入る。その衝撃で思わず魔導師が杖を落とした。

 少し離れた物陰、弓を構えたスラッシュの視界。今までぼんやりと光っていた魔玉の光が消える。

「光が消えましたよ」

「お見事。これでもう魔導は使えない」

 横で彼に魔導探知眼鏡をかけさせているスノーレが満足げに頷き手を上げた。魔導品の反応光を目印に矢を射ったのだ。ただ魔導師でなければこの眼鏡の能力を発動させられないので、彼にかけさせて彼女が発動するという面倒くさい手段を取っている。

 スノーレの挙手を合図に物陰からクインが飛び出し、男達を挟んだ反対側からギメイが駆け出す。

「衛士隊です。両手を挙げて動かないで」

 クインの叫びを無視して男達は路地裏に走り出す。杖を拾い上げた魔導師は魔玉の亀裂を見て「ちっ」と舌打ちする。

 魔導師達はそろって路地の奥に走る。が、その出口に衛士イントルスが立ちはだかる。

「ゴーディスよ。この者達の動きを封じる力を我に」

 イントルスがメイスを構え信仰する力神ゴーディスに短く祈る。

 走ってくる魔導師達を迎え撃とうとメイスをかざすその時、彼の頭上からミミズクが襲いかかってきた。奇襲だった。しかしイントルスは飛び退くように身をずらした。それは理屈ではない。彼の勘か本能か、あるいはゴーディスの加護か。とにかくミミズクの嘴は彼の頭の横を飛び、彼の腕、制服の一部を食い破っただけだった。

 意外な奇襲に引いたイントルスの横を魔導師達が駆け抜ける。クインとギメイがそれを追う。

 魔導師達を迎えるように小型の馬車が走ってくると中から男が1人、クイン達に向かってYの字型の棒を突き出すパチンコだ。

 瞬間、クインとギメイが左右に跳び、間の外灯の一部が弾けた。

「やばっ!」

 物陰に隠れる2人。外灯があるとは言え、夜、パチンコの玉を避けるのは至難の業だ。

「クイン、伏せろ!」

 イントルスの叫びを受けてとっさに伏せるクインの頭上をミミズクが飛ぶ。伏せなければ彼女の後頭部は嘴でえぐられていただろう。

 仲間の助けで馬車に乗り込む魔導師達めがけてイントルスがメイスを投げた。回転しながら飛ぶそれは、魔導師に続いて馬車に乗り込もうとした男の腰を直撃! 落ちそうになった男を魔導師達が引っ張り上げると、パチンコとミミズクでイントルス達を牽制、馬車は町の彼方に走り出す。

 スノーレとスラッシュが駆けつけたときは馬車はかなり遠ざかっていた。

「飛行魔導で追跡出来ねえか?」

「止めておけ。ミミズクの奇襲を受けたらやっかいだ」

 ギメイの提案をイントルスが一蹴する。彼の左腕は制服が切り裂かれ血で染まっている。


 家の中でスィーリー達は真っ青になっていた。

「マサラガルフが人を雇って俺達を殺そうとしている?!」

「殺そうではなく危害を加えようとしているです。そういう情報が入っています」

 スノーレ達が魔導師の攻撃を防いでいた頃、オレンダとルーラはスィーリーたちに簡単に事情を説明した。

「わかっているなら、さっさと捕まえろよ」

 ゼルガが目をつり上げて迫るが、オレンダは1歩も引かず。

「実際に襲撃があったわけですから調査はします。しかし逮捕するには襲ってきた連中がマサラガルフに雇われた証拠が必要です。極端な話、マサラガルフ家と敵対する人が、あなた方を襲わせてその罪を彼らになすりつけようとしている。なんて可能性もゼロではありません」

「そんな連中いるかよ?!」

「止めとけ。その衛士はリドゥの仲間だ」

 スィーリーがゼルガを止める。

「あんたにとって俺達は友達に恥をかかせた奴らだ。襲われて、内心ざまあみろとでも思っているんじゃないのか」

「それは言い過ぎよ」

 ロロが慌てて止めるのに、彼が面白くなさげに口をつぐむ。その様子にオレンダはきっぱりと

「公私混同はしません。私は衛士です」

 睨み合う2人に、ルーラはどうしようか迷っているとスノーレ達が戻ってきた。

「スノーレさん。襲ってきた人達は?」

「逃げられたわ。でもある程度情報はつかめたから。仲間が傷を負いました。薬草師が来るまで休ませたいのですが」

 左腕を血で真っ赤にしたイントルスが入ってくる。

「大丈夫?!」

「ギメイが薬草園にホワンさんを呼びに行ったわ。それよりも」

 目配せされてオレンダが一歩引く。

「ディルマ衛士。それでは後はお願いします」

 一礼して出て行くのを見てクインがルーラに

「ついていってあげなさい」

 そっと耳打ちした。


 夜の町をオレンダやアバターと並びながらも、ルーラは

「花嫁さん、どうして結婚式の最中に逃げようとしたんでしょう……聞きそびれちゃいました」

「ロロさんがというより、スィーリー達が段取りをつけた感じがします。まるでどうすればリドゥに一番恥をかかせられるか」

「あんな事があって、リドゥさん、幸せになれるんでしょうか?」

「大丈夫。人間って結構図太く、たくましく、しぶといです。これまでたくさんの被害者を見てきましたけど、解決すれば多くの人が立ち直ろうと、幸せになろうと力を見せましたよ。

 でも、解決しないままだとずっと囚われ続けます。だからこそ事件は解決しないと」

 その笑みの下には確信にも似た力が感じられた。まだルーラにはない、無数の経験に裏付けられた力だ。

「あの……」

 オレンダが気まずそうに目をそらし

「リドゥに言いましたよね。幸せな自分を想像して、それを現実にするんだって」

「ええ。幸せの内容は移ろいやすいから、適当に想像し直せとも言われましたけど」

「ルーラさんの幸せに、僕はいますか?」

 真剣なまなざしに彼女は静かに目を閉じ、

「ちゃんといます。仕事でウブに来るといつも笑顔で迎えてくれる。気の良いお兄さんみたいなお友達」

 微笑み目を開けると

「どうしました?」

 きょとんとする彼女の目の前、オレンダは両腕をだらんとして、ほとんど直立姿勢を傾けたのように額を建物の壁に押しつけていた。

「……気の良いお兄さん……か……」

 足下でアバターが元気出せというようににゃあと鳴いた。


   ×   ×   ×


 翌朝。衛士隊本部の訓練場。肩で息をするトップスが何度も顔をぬぐったタオルは汗臭くなっていた。

「どうした。今朝のお前は動きにキレがない」

 練習用の槍を棚に戻し、顔を訓練場の中央に向ける。

 息絶え絶えのルーラが練習用の槍を杖代わりに片膝をついている。全身汗でぐしょぐしょになった練習着の中、空気を求めて口をぱくぱくさせている。

 衛士隊東の大隊長トップスによるいつもの朝稽古。スターカインでも指折りの槍使いでもあるトップスによる1対1の稽古はルーラの槍を短期間で上達させる源だ。それだけに彼女のわずかな変化も彼は見逃さない。

「どんな達人でも常に体調を万全にすることは出来ない。体調が悪いときの戦い方も覚えておけ」

「……」

「返事」

「はい!」

 その時、扉が開いてセルヴェイが駆け込んできた。

「エルティースさん。スィーリーさんのところにいた男達が路上で襲われました」

 瞬間、ルーラが跳び起きようとして……足がふらついてひっくり返った。


 ダーダ薬草園の一室。ここは病院ではないが、具合の悪い人が休むためベッドを並べた部屋がある。そこに重傷のゼルガ達が包帯まみれの体を横たえていた。路上で大怪我をしているのを、ここで治療を受けて帰る途中のイントルスが発見したのだ。

「命に別状はないけれど、随分手慣れた人みたい」

 膏薬を塗り、包帯を取替終えたホワンが漏らす。部屋には駆けつけてきた第3隊の面々とオレンダが難しい顔をして立っている。イントルスは負傷した左腕に包帯を巻いている。

「手慣れた?」

「プロの仕事って事よ」

 ベッドの男達をじっと見つめたままクインが代わりに答える。

「無駄打ちがほとんどないわ。物取りが力任せに殴りつけたものじゃない。武道に心得のある人が、最初から死なない程度に痛めつけるために襲ったのよ」

「金目当てのチンピラがやったにしちゃあ、無駄がなさすぎる」

 ギメイも同意する。

「この手口、心当たりがあります」

 オレンダが口を開く。

「仕返し屋……依頼者に代わって標的に危害を加えるのを生業とする連中です」

 聞き慣れない職業にクインの目が泳ぎ

「殺し屋とは違うの?」

「基本殺しはしません。あくまでも痛めつけるだけです」

「それだけ? 何かしょぼいというか、せこいというか」

「殺しはしない。命を奪うほどのことはしない。言い訳のしやすさが依頼の心の敷居を低くしているんです」

「殺せというと頼む方も覚悟がいるけれど、それがないってことですか」

「それに捕まっても殺し屋ほどの罪にはならない。実際捕まえた仕返し屋のほとんどが1年から3年ほどで出所しています」

 聞いたスラッシュが唇を噛む。1つ間違えば相手の命を奪う射手として、ずるいと感じたのだろう。

「でも、昨夜は俺の家に攻撃魔導を使おうとしたんだろう?!」

 スィーリーの異議に

「攻撃魔導といっても威力に幅があります。熟練の魔導師ならば攻撃魔導の威力をある程度制御出来ます。僕のように最初から人を殺せるほどの威力を出せない魔導師もいますし」

 自虐気味にオレンダが肩をすくめてみせる。しかし、魔導兵士ならともかく魔導衛士ならばそれは欠点ではない。

「じゃあやっぱり、あの連中が」

「あんた達の責任だぞ!」

 ゼルガを心配げに見下ろしていたスィーリーが顔をあげ

「俺達が襲われるのはわかっていたはずだ。どうして護衛をつけなかった!?」

 念のため彼の家にはスラッシュとギメイを見張りとして残したが、帰宅するゼルガ達まで手が回らなかった。狙われているのはスィーリーとロロであり、他の面子はただ巻き添えになりかけただけと判断したためだ。

「それについては言い訳はしません」

 メルダーが素直に頭を下げた。

「1度襲撃を退け、相手の1人を負傷させたことで今夜の襲撃はないだろうと考えた我々のミスです。しかし、これでハッキリ事件として処理出来ます。堂々と動けます」

 衛士達が一斉に頷いた。


   ×   ×   ×


「知らんな」

 マサラガルフは言い切った。

「確かに動機だけなら私が疑われるのは仕方がない。だがあいつらは私の会社の従業員。クビにすれば良いだけだ。わざわざ怪我をさせる必要はない」

 裁縫工場社長室で彼はメルダーから事件のことを聞かされ、その返事がこれだった。バルボディ・マサラガルフ。マサラガルフ工場の社長にしてリドゥの父親である。常に相手を威圧するような目の通り、ウブの資産家でも強面で通っている。

「金目当てのチンピラの仕業じゃないか。何でもそいつらは酔って夜道を歩いているところを襲われたそうじゃないか」

「よくご存じで」

「うちの家名に泥を塗った奴らだ。こちらだって調べもするさ。事件に詳しいのは犯人だからだなんて言われてはたまらんがな」

「そんな単純には考えませんよ」

 部屋を出たメルダーにスラッシュがやってきて

「スィーリーとロロですが、今朝出勤するとすぐ辞表を提出、未払い分の賃金をもらって帰りました。明らかに怯えているように見えましたね。ギメイとクインが尾行しています」

「人手が欲しいな。第2隊に応援を頼んでみる。イントルスの怪我は?」

「出血の割には大したことはありません。現場に戻っています。やはりマサラガルフが依頼主ですか?」

「まだ証拠がない。取引ならば契約書があるはずだ。それを押さえられれば」

「破棄される可能性は?」

「仕事を終え、金を受け取るまでは双方持っているはずだ」

「一発勝負ですね」

 仕返し屋とマサラガルフ家に同時に踏み込み、双方から契約書を押収しなければならない。どちらかでも契約書を処分されたらお終いだ。マサラガルフ家はウブの議員達ともつながりが深い。決定的な証拠をつかまないともみ消される。

「お前は応援が来るまで残れ。2人を仕留め損なった以上、何か動きを見せるかもしれん」

「わかりました」

 メルダーと別れたスラッシュは、建物の陰に隠れると制服を脱いで裏返しにする。衛士隊の制服はリバーシブルになっていて、裏返すと地味な人足風になる。内ポケットから帽子を取り出すと目深にかぶり、工場に戻っていく。


 マサラガルフ家。

 リドゥは自室で手持ちの現金、換金しやすい貴金属などをかき集めた。服から金のカフスボタンを、小さな宝石付のネクタイピンを剥がし、この世界ではまだ貴重な懐中時計も入れる。作業しながら扉の脇で彼の様子をじっと見ているオレンダとルーラに

「確認するが、ロロさん達がウブを出ようとしているのは本当か?」

「ああ、昨夜の襲撃で危険を感じたらしい」

「行く当てがあるのか? 知り合いの話なんて聞いたことがない」

「知り合いがいなくても生きていける。とにかくウブは危険だ。もともと準備が出来次第ウブを出て行くつもりだったらしいからな。それが早まっただけだ」

 聞きながらリドゥは集めた金と貴金属を入れたバッグを2人につきだし

「何にしろ、落ち着く先が見つかるまでは金がいる。これを彼女に渡してくれ。中のものは全部売ってかまわない」

 真剣な彼にオレンダは唖然としたが、やがて表情を険しくし

「もう一度聞くが、なぜそこまでする? 彼女はお前を捨てたんだぞ。それもお前が一番傷つく方法で」

「……ルーラさんと言いましたね」

 彼は静かに顔を彼女に向け

「あなたは言いましたね。自分が幸せに姿を思い浮かべろって。それをやってみたんです。何度も何度も自分にとって幸せな様子を思い浮かべてみたんです。

 笑っているロロ。勉強しているロロ、子供をあやしているロロ。

 思い浮かぶのは彼女の姿ばかりで、僕自身の姿はどこにもなかった。自分でもおかしいと思いますよ。僕の幸せな姿をいくら想像しても、僕の姿はないんです」

 自虐じみた笑みを浮かべながら

「ロロを笑顔にすることが僕の幸せ……そう考えるしかないし、僕自身そうだと思った。だからまず彼女を幸せにしたい。彼女の幸せがスィーリーと一緒になることならば……僕の妻になることではないのならば……」

 壁にかけられた結婚式の肖像画を見上げた。彼の妻として微笑む彼女の画は、今となってはむなしく見える。

「彼女の新たな旅立ちを見送りたい。それが幸せに繋がるよう、僕に出来ることをしたい……。それをしなければ、僕は次の幸せに進めそうにない」

 すがるように2人を見る彼の姿は、真冬の乾いた風に吹かれる枯れ葉のように見えた。ちょっと突っついただけでパリと割れてしまうような。

「わかりました」

 ルーラは頷きつつも差し出されたバッグは押し返す。

「でもこれを渡すのはお断りします。リドゥさんが自分の手で渡してください。これは大事なことなんでしょう。だったら自分の手でやらなきゃダメです」

「そうだな」オレンダも「自分の人生で大事なことを他人にさせちゃダメだ。行こう。グズグズしていたら2人に会うことすら出来なくなる」

 じっとバッグを見ていたがリドゥ。顔をあげたとき、彼の目つきは変わっていた。

「わかった。行こう。例え彼女が受け取らなくても」

「それはさせません」

 いきなりの声に3人が驚くと、部屋の扉に執事やメイド達がそろっていた。

「リドゥ様をお屋敷の外に出してはならないとの旦那様のご命令です」

 執事の声に合わせてメイドが2人襲いかかる。素人の動きではない。

 反射的にルーラが槍を振るった。メイドの拳を受け流し、蹴りを受けつつ槍で足払い。メイドは転倒しつつも綺麗に受け身を取ると跳び下がる。

 オレンダに向かったメイドは弾けるように跳躍したアバターの爪で頬をひっかかれ、後ずさる。

 身構えるメイド達。みんな空拳の達人達だ。

 2人をかばうようにルーラが立ち、精霊の槍を構える。横ではアバターが威嚇の声を上げる。

「リドゥさん。手荒になっても良いですね」

「かまいません!」

 それを合図にオレンダが手近な置物をつかんで窓に投げた。窓が壊れて大きく開き、風が流れ込む。

「風の精霊!」

 ルーラの叫びと同時に、部屋を突風が吹き荒れた!


 スィーリーの家。彼とロロが大急ぎで荷物をまとめている。それを入り口でスノーレとイントルスが見ていた。イントルスは制服の上に革鎧を身につけている。胸や腹部はもちろん腕や足まで覆うタイプだ。この季節には暑いのか、時々首に巻いたタオルで汗を拭っている。腕の傷は大分癒えたのか、その動作に鈍さはない。

「本当に出て行くんですか?」

「もちろんだ。家主には衛士隊の方から説明してくれ。残った家具などは勝手に処分してかまわない」

「せめて行き先だけでも教えていただけませんか?」

「いやだ」

 即答。すっかり衛士に対する信頼をなくしている。

「スノーレ」

 イントルスがそっと口を寄せてくる。

「北の街路樹。3階付近の枝だ」

 言われて彼女は家を出た。人通りの少ない路上で軽く体操する。やることがないので体を持て余しているように見えるが、彼女は体を動かしながら、かけている眼鏡の魔導探知を発動させる。

 イントルスに言われた街路樹を見る。なるほど、3階ほどの高さの枝に魔導の反応がある。ミミズクだ。魔導師の使い魔も使い手の魔力の影響下にあるため、感覚共鳴時はもちろん普段でもわずかながら魔導反応がある。

(使い魔以外の反応はなし……感覚共鳴で見張っているのか。それともどこかに隠れているのか?)

 木の葉の陰ぐらいなら問題ないが、壁の向こうなど、完全に視界から遮られていれば魔導探知眼鏡に反応しない。

 屋内に戻った彼女にイントルスが

「間違いないか?」

「ええ。メルガンの使い魔であるミミズクよ」

 使い魔を持つ魔導師はそう多くない。しかもミミズクとわかっているのだから魔導師連盟に照会して正体をつかむのは難しくなかった。バリド・メルガン。3年前に勤めていた会社が倒産以降、魔導師としての仕事が続かず、連盟にも連絡をつけていない。おそらくその頃から仕返し屋の仕事を始めたと思われる。

 そこへルーラとオレンダが駆けつけてきた。

「ロロさんはまだいますか?」

「いるけれど、どうしたの?」

 ルーラもオレンダも制服は乱れ髪ももみくちゃだ。

「ちょっとありまして。リドゥ、間に合ったぞ」

 振り返るオレンダが「あれっ」となった。リドゥはバッグを抱きしめながら彼らの遥か後方で息を切らしてよたよたと歩いてくる。家から全速力でここまで走るには体力不足のようだ。

 イントルスが彼をかついで家に入る。

 最後にスノーレが入り際にミミズクのいた枝を見たが、使い魔の反応は消えていた。

 衛士の存在がわかって一旦下がったのかと思う彼女にルーラの声が届く。

「ロロさん達がいません?!」

 その言葉通り家の中にロロとスィーリーの姿はなく、裏口が開けっぱなしになっていた。


 荷物を抱えたロロとスィーリーが走る。

「勝手に逃げて良かったの?」

「俺達だけで逃げた方が安全だ」

 ゼルガ達が襲われたことで彼は衛士を信用できなくなっている。担当衛士の中に結婚式から逃げるときに邪魔をした人が混じっているのも気に入らなかった。

「どこに行くの?」

「ピニミだ。あそこなら仕事が多い」

 港町ピニミはウブからセンメイ川を下った先にある。南群島との取引で裕福な街だ。

 走りながらスィーリーは陸と川とどちらで行くか考えた。川は早いが料金が高いし押さえられたら逃げ場がない。陸は安いし、いざというときはすぐに別の道を行けるが時間がかかる。

 スィーリーの迷いがわかったのか、ロロが

「あの、ウブを出る前に行きたいところがあるの」

「え?」

 立ち止まってスィーリーが振り返る。

「お願い」

 哀願の瞳に呑気なとも思ったが、考える時間も欲しいしウブを出たら当分戻って来られない。だったら。

「いいよ。どこなんだ?」

 彼女が訪れたのは南中央にあるマルサ高台公園だった。ウブで1番広い公園だが、敷地の2/3は小さな山で休日はちょっとしたピクニックを楽しむ人達で賑わっている。そこのちょっと外れた道の先にある見晴らしの良い高台が彼女の目的地だった。平日のせいか人気はほとんど無い。

「母さんはここの景色が好きだったの」

 広がる光景はウブの南が一望できる。家々は先に行くに従い少なくなり、田園風景へと変わっていく。街の境界を越えたあたりからそれも減り、林に森にと変わっていく。それらを縫うように道が走り、馬車が何台も行き来するのが見える。小さな点みたいなのが動いているのは歩く人だろうか。

 左手のセンメイ川はウブを出た少し先で別の川と合流、一気に川幅を増している。その遥か先に彼女たちが向かうというピニミがあるが、さすがに見えない。

 穏やかな暖かさの中、ここに座って風に吹かれながら葉の揺らぎや鳥の声に耳を傾ける母の顔は本当に穏やかだった。その時だけは病気や貧しさの苦しみを忘れることが出来たらしい。ただ、ここに来るようになったのはマサラガルフ家の世話になってからだ。ほとんど動けない母をここまで連れてくるのには人の助けが必要だった。

 母を背負いながらここまで上っていくリドゥの姿をふと思い出した。と同時に、自分たちに向けられた彼の両親や家の使用人達の冷たい目も。

 諦めにも似た息をつき顔をあげると、ここへ続いている道を静かに登ってくるリドゥの姿が目に入った。彼1人、衛士の姿はない。

 スィーリーが緊張するのがわかった。

「やっぱりここに来ていたんだ」

「リドゥ」

 彼女を守るようにスィーリーが立ち塞がる。

「何をしに来た。ロロは渡さない」

「わかっているよ。ただ、これを渡したいだけだ」

 家から持ってきたバッグを差し出し

「これから生活に目処がつくまで大変だろう。自由に使ってくれ」

 中を見せる。家から持ってきた現金や貴金属類。

「結局、僕が君に渡せる物はお金ばかりだ」

 寂しげな目は真っ直ぐ彼女を見据え

「返せなんて言わない。君のために渡すんじゃない。僕自身の幸せのために渡すんだ」

「何だ。愛情を金に変えて押しつけるのか」

 憎悪と軽蔑の目をリドゥに向けるスィーリーは

「お前はずっとそうだ。彼女の母親を治療したり大きな家に住まわせたり、そんなに金のあることが自慢か。そんなに俺よりも金を持っていることを誇りたいのか?!」

「誇ったりなんかしない。だいたい、僕が使った金のほとんどは家の金だ。僕のじゃない」

「そうだな。お前自身はなにも持っちゃいない」

 睨み付けるスィーリーに代わるようにロロが前に出た。

「リドゥ。あなたに悪意がないのはわかっている。でも、あなたはいつも自分よりお金を前に出してきた」

 それさえなければ。そう言っているように聞こえた。

「そういう風に取られちゃうのか。でも仕方がない。でも、お金がないことが君の幸せの妨げになるのは嫌だった。何とかしたいと思った」

 高台を見回し

「僕が君を初めて見たのはここだった。お母さんを背負ってここまで汗だくになって登ってきた。なんなんだこの子はと思ったよ。でも、それがお母さんの安らぎの為とわかって……」

 言いかけて彼は首を横に振る。

「いや、止めよう。何を言っても未練にしかならない」

「リドゥ」

 ロロが口を開く。

「私はあなたを嫌いじゃないわ。でも、あの家は嫌い。死ぬほど嫌い」

 強い調子で見返され、たまらずリドゥが目をそらす。その目が離れた茂みから2人を狙ってパチンコを構える男を見つけた。

「危ない!」

 とっさにリドゥは2人の前に飛び込んだ。放たれたパチンコの鉄球が彼の肩を直撃する。

 倒れた彼越しに2人は自分たちを狙う刺客を見た。相手は既に次の弾を構えようとしている。

 次弾を撃とうとする刺客をすっぽりと闇が包み込んだ。

「な、何だ?!」

 刺客が驚き撃ちあぐねるその間に

「衛士隊だ。抵抗は止めろ」

 オレンダを先頭に第3隊の面々が駆け上がってくる。

 茂みの中から数人の男達が得物を手に飛びだしてきた。まっすぐロロとスィーリーに向かっていく。

「ちょっと多くない?」

「暴れがいがあっていい」

 男達の群れにクインとギメイが飛び込む。

「どけ女!」

「剣に性別はないわよ!」

 クインのサーベルが手近な男を打ち据え、ギメイの蹴りが相手の足を払って転倒させる。

 ロロ達をかばうようにオレンダが立ち

「ここは僕たちに任せて、ルーラさん」

「こっちです」

 ルーラが彼女の手を引いて避難させようとするのに

「ロロ……」

 リドゥが痛みに顔を歪めながらバッグを差し出す。わかりましたとルーラがバッグを取るのに

「ルーラ、上!」

 スノーレが叫ぶ。頭上からロロ達めがけてミミズクが急降下してくる。スラッシュが矢を放つがミミズクは直前で回避。

 その隙にオレンダとルーラがロロ達の手を取り走り出す。

「スィーリー。ロロを頼む!」

 走る彼女たちの背中に向けてリドゥが叫ぶ。

「オレンダさん、これを」

 スノーレが眼鏡を外しオレンダに投げ渡す。魔導探知を使えば使い魔であるミミズクの動きをキャッチしやすい。スノーレは元々伊達眼鏡なので眼鏡なしでも問題ない。

 ロロ達を追おうとする男達をクイン達が食い止める。数で勝る男達を相手にクインもギメイもひるむどころか優勢に戦っていく。

「くそっ」

 衛士達を狙うパチンコ男だが、入り乱れての乱戦に狙いが定まらない。そこへメイスを持った腕で顔を守りながらイントルスが突撃してくる。

 慌ててパチンコを打ちまくる。次々命中するかがイントルスの突撃は止まらない。玉が革鎧に引っかかり破けると、隙間から鉄板が見えた。

「鉄板入りの革鎧?!」

 仲間を見るとクインとギメイに全員のされていた。

 たまらず逃げ出すパチンコ男に

「ゴーディスよ、加護を!」

 イントルスの投げたメイスが直撃。転倒した彼が落としたパチンコを拾おうと伸ばした手を駆けつけたイントルスが踏みつけた。その重みで男が悲鳴を上げる。

「暴行の現行犯で逮捕する」

 刺客を見下ろしながらイントルスは無情な声をかけた。


 遊歩道をロロの手を取るスィーリーが走る。その後に続くルーラとオレンダ。

 魔導探知眼鏡をかけたオレンダが彼女たちに向かって真っ直ぐミミズクが降下するのを発見、

「アバター!」

 どこに潜んでいたのか、彼の使い魔である虎猫のアバターが彼の身体を駆け上ると、そのまま一気にミミズクに飛びかかる!

 が、アバターの爪が届く寸前ミミズクは軌道修正再び上空へ。

 その間にオレンダは魔導師メルガンの姿を木々の中に見つけた。

「使い魔はまかせた」

「ニャン」

 アバターの返事を背に真っ直ぐメルガンに向かう。

 潜んでいた男達が3人、オレンダに襲いかかるのを、飛び込んできたルーラの槍が払う。

「このガキ!」

 1人の男が剣を抜いてルーラに挑む。が、彼女はそれをたやすくかわしてその足を払う。ひっくり返った男の股間を石突きで一撃! かわいそうだが今は手加減する余裕はない。男を戦闘不能にするにはこれが1番手っ取り早い。

 続いてもう一人。振り向きざまに腹をついて昏倒させたところ、最後の一人がルーラを羽交い締めにする。

「こいつ!」

 少女だからと油断したらひどい目に会う。それがわかっただけに男は渾身の力で背後からルーラの首を腕で締め上げる。

 苦しい中、ルーラは精霊の槍を半回転させると、男の足の甲に思いっきり突き刺した!

 悲鳴とともに男の腕が緩むと、彼女はそれをつかみ渾身の力で男を背負い投げ!

 男はこれでもかとばかりに背中を地面に打ち付けられ悶絶した。

 遊歩道の真ん中でうずくまるロロ達の周りでミミズクとアバターの使い魔勝負が繰り広げられていた。小回りに飛んではツメや嘴を2人に向けるミミズクを、アバターがタイミングを合わせてジャンプし迎え撃つ。互いに牽制し合う形になってなかなかダメージを与えられない。

 メルガンは自分に向かって真っ直ぐ突っ込んでくるオレンダに魔玉の杖を向ける。彼の魔力を受けて魔玉が発光すると同時にオレンダが石を投げつけた。

 まさか魔導師が石を投げてくるとは。とっさに避けたメルガンだが集中が途切れ魔導発動が止まる。たまらず逃げようとしたところへ。

「凍結・魔氷!」

 スノーレの叫びと共に青白く煌めく魔力の矢が飛来。大地を直撃、メルガンの靴を巻き込む形で凍らせる。足を動かそうにも動かせない彼めがけて、オレンダが猛烈な勢いで体当たり!

 2人そろってもつれるように大地を転がり、勢いのままメルガンの頭が木に叩きつけられた。

 感覚共鳴していないとはいえ、主の衝撃は使い魔にも伝わった。木の枝に止まっていたミミズクがふらつく。その隙をアバターは見逃さなかった。一気に間を詰め大ジャンプ! ミミズクの喉元にかぶりつき、そのまま地面にミミズクを叩きつける。

 今度はその衝撃が主であるメルガンに伝わった。ふらついた彼の胸をオレンダの掌が一撃する。激しく胸を突かれて彼は昏倒した。

「大丈夫?!」

 メルガンに手枷をかけるオレンダにスノーレが駆け寄る。

「はい。援護ありがとうございます」

 お礼と共にオレンダは彼女に笑顔を向けた。


 一方

「だからいらないと言っている」

 ルーラが差し出すバッグをスィーリーは執拗に拒絶した。しかし彼女は1歩も引かず

「受け取ってください。彼のためにも」

 さらにバッグを押しつける。

「俺達は自分たちの力で幸せになってやる。あいつの金なんかいらない」

「そうです。お金がなくても幸せになれます」

 あっさり肯定され、スィーリーの勢いが削がれた。

「でも、あなたたちは幸せになれても、リドゥさんは幸せになれません。あの人は言いました。自分の幸せな姿を想像すると、ロロさんの幸せな姿が浮かぶって。

 彼が幸せになるにはまずロロさんが幸せにならないといけないんです。彼はそのために何かをしたいんです。自分の援助が少しでもその役に立てばと思っているんです。だから受け取ってください。受け取らなければ彼はずっと苦しみます。それとも、それが二人の幸せなんですか? これを受け取ったら二人は幸せになれないんですか?!」

 まるで自分のことのように怒るルーラにロロもスィーリーも戸惑い、言葉が出てこない。

「二人とも」アバターを抱いてオレンダがやってくる。「あの結婚式の騒ぎで彼がどれだけ恥をかいたか知っているはずだ。これ以上、恥をかかせないでくれ」

 懇願するような彼の目をロロは見据え

「リドゥは?」

「治癒魔導を受け眠っています。1時間ほどで目覚めるでしょう」

 スノーレが答えた。治癒魔導はその生き物の治癒能力を魔導で増幅・誘導する。特に外傷に対して効果を発揮するが、1度効果が始まると肉体が治癒に専念するため、魔力が切れるか、ある程度回復するまで眠りについてしまう。

「目覚めるまで待ちますか?」

「いえ」

 ロロは静かに首を横に振ると、ルーラの差し出したバッグを受け取った。

「お、おい」

 それに戸惑うスィーリーの手を取り

「行きましょう。ここには嫌なしがらみが多すぎるわ」

 彼を引っ張るように遊歩道を去って行く。それを見送りながらオレンダがルーラに

「ありがとうございます。彼のために怒ってくれて」

 嬉しさを交えさせて言った。

「どういたしまして。あ、クインさん」

 クインが駆けてくるのをルーラが小走りで迎える。その背中を見ながらオレンダはそっと自分の胸を押さえた。それを横目で見たスノーレが

「いいの。ベルダネウスのこと、知ったんでしょ」

「知りました。けれど……」

 寂しげな、苦しげな彼を横目に

「本当、みんな幸せな終わりは難しいわ」

「チヨン教会にでも相談しますか」

 返すオレンダの微笑みはちょっとだけ明るさを取り戻していた。


   ×   ×   ×


 翌日。ウブの新聞の見出しに

「金をもらって痛めつけ。仕返し屋の本部を衛士隊強襲」

「マサラガルフ家。逃げた花嫁に暴行依頼」

 の文字が躍った。ロロ達襲撃の情報を得た衛士隊は予め目をつけていた仕返し屋の元締めゲーロ商会とマサラガルフ家、マサラガルフの縫製工場を強制捜査。仕返し契約書の押収に成功した。

 だが、それ以外の契約書は見つからなかった。もともと仕事を終え代金の受け取りが完了すれば双方、相手の目の前で契約書を破棄する習慣になっていたため証拠が残らない。

 それでもマサラガルフ家との契約書はあるし実行現場も押さえ、刺客達を捕まえた。

 有罪は確定。とはいえ立証できたのは1件だけ。それも衛士の働きにより未遂となった。となると罪の重さは……


「出て行け! 2度とこの家の門をくぐるな。親を売るような息子にやる財産など無い!」

 屋敷中にマサラガルフの怒号が響く。

 仕返し屋の一件が衛士隊に漏れたのがリドゥのせいと知り、彼も息子を見限った。

「彼は親を売ったんじゃありません。親がこれ以上闇に落ちるのを防ごうとしただけです」マサラガルフの前にオレンダが立ちはだかる。「あなたこそ、息子にいたわりの言葉の1つもかけたらどうです」

「自分に恥をかかせた女を助けた息子にか。奴はバカがつくお人好しに過ぎん」

「お人好しは悪いことではありません」

「そんなことを言うからあの女みたいなのがのさばるんだ。お人好しなんてのは自己満足だけの馬鹿者に過ぎん。お前も衛士ならわかっているだろう」

「ええ。人が良すぎてひどい目にあったり破滅したりする人を何人も見ました。でも、だからと言ってお人好しが嘲られるような世界は……僕は嫌です」

「だが、それが現実だ」

「現実を諦めの理由にするんですか」

「話の通じん奴を相手するほど暇ではない。荷物をまとめてとっとと行け」

 追い出すようにリドゥとオレンダを部屋から追い出したマサラガルフは

「牢の仕返し屋達になにか差し入れをしてやれ。我々の名前を出さずにな」

 顔に青痣の残る執事に命じた。

「よろしいのですか」

「これぐらいはしておかないとな。出所した後に我々に仕返しされてはたまらん。それと時折リドゥの様子を調べて報告しろ」

「かしこまりました」

 執事は深々と一礼する。


「これからどうするんですか?」

 出て行くために荷物をまとめているリドゥにルーラが聞いた。荷物をまとめるとは言っても金目のものはみんなロロ達に渡してしまったので、着替えと身の回りの小物だけだ。

 家のものを持ち出さないよう、メイド達が見張っている。時折汗を拭くのは、この季節なのに暖炉に火が入っているためだ。

 縫製工場もクビにされたので彼には仕事もない。

「とりあえず僕の家に落ち着かせます。部屋も空いてますし。何日か休んで、落ち着いてから仕事を見つければ良い」

「厄介をかけるな。シェルマ」

 オレンダに頭を下げるリドゥの顔はむしろサバサバしている。

「まだいたのか。用意が出来たなら出て行け」

 のぞいたマサラガルフが強い口調で言う。

「少しは反省のふりだけでもしたらどうです。罰金刑とは言え、有罪になったんですよ」

「金は払ったぞ。ショボい罰金だったな」

 実際、マサラガルフ家にとってそれほど厳しくもない額だった。工場内に大きな敵もいないだけに地位も安泰。この一件で彼が受けたダメージは大したことはなかった。

 あえてダメージになりそうなことを上げるならば、リドゥを追い出すことにより跡継ぎがいなくなったことぐらいだ。

「すぐに出て行きますよ。これが済めば」

 リドゥは飾られた自分とロロの結婚画を壁から外すと額縁から取り出した。

 もう一度それを寂しげに見つめると、彼は振り払うよう、それを乱暴に丸めた。

 火の入った暖炉に歩みそれを放り込む。

 オレンダもルーラも黙ってそれを見ていた。

 暖炉の中、燃えながら丸められた結婚画が開いていく。ロロの花嫁姿が見えたが、すぐにそれは燃えて灰になった。


(第10話 終わり)


 ヒロインが主人公以外の男との結婚式当日、意を決して式場を抜け出し主人公の下に行く。割とという程多くなくとも、珍しいとも言えないラスト。これって、主人公とヒロインは良いですけど、式当日に花嫁に逃げられた花婿はたまったもんじゃないです。これらの作品では大抵視聴者や読者の同情を減らすため、逃げられる花婿についてはほとんど描写されないか、鼻持ちならない金持ちという描かれ方をします。そこでちょっと花婿側に肩入れした話を。ということで書いてみました。

 この話。難産でした。最初に書いた話は仕返し屋(ゲーロ商会)内部の描写が多く、そちらがメインっぽかったです。衛士隊の調査が間近に迫ったり、ロロ達の攻撃が1度失敗したのはリドゥからの情報漏れだからマサラガルフ家にも責任を取ってもらおうと、マサラガルフ家襲撃を目論んだところ待ち構えた衛士達に一網打尽にされる。という流れだったのですが、やはりロロとリドゥが中心から離れることにどうしても「これは違う」となって後半は全部ボツ。リドゥとロロの比重を高めて書き直しました。

 書き直し候補の中には彼とロロが裏で繋がり、父を蹴落としてマサラガルフ家と縫製工場の実権を握ろうとする。結婚式の騒ぎは二人の自作自演なんてのもありましたが、これではリドゥとロロが性悪すぎる。やはりリドゥは思いっきりお人好しにしようと思い直しました。

 リドゥもラストで新しい出会いをさせるとか、メイドの1人が彼に味方するとか何か救いを持たせたかったんですが、どうもよけいなシーンのようで止めました。クインをはじめとする衛士達のリドゥに対する見方もなくしました。

 書こうとする話が二転三転するというプロットの甘さを痛感する話でした。このネタ自体は書いてみようとごく初期から頭にあったんですけれど。


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