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ツンツンで有名な美代ちゃんは、猫にはデレデレになるらしい。

作者: なずな

 俺のバイト先である、ピザーヨ。そこには、スタイル抜群、顔も申し分なし、頭も良いというまるで漫画の中から出てきたようなJKバイトがいる。

 名前は、美代ちゃん。俺の一ヶ月先輩で、ほぼ同期だ。

 そんな、どこを切り取っても完璧に見える彼女は、何故かモテない。いや、何故か──ではないか。理由はわかっている。性格がキツいのだ。勉強においても仕事においても完璧主義な彼女は、ツンデレのツンを濃縮したような性格をしている。

 故に、職場内での評価はこうだ。

「黙って立っていたら好き」

 気持ちはわかる。わかるが、俺は、美代ちゃんの常に一生懸命なところが好きだった。

 ピーク時に存在しているだけで安心感が違うし、キツいことを言われることもあるけれどそれはお店を思ってと理解している。それに彼女には、それに見合うだけの実力がある。

 俺は密かに、そんな美代ちゃんに対して「いいな」と思っていた。


 つまり、俺は、美代ちゃんのことが好きなのだ。


 しかし、冴えない俺に対して取りつく島などある訳もなく。

 今日も五時間一緒に働いたけれど、特に進展はなかった。


「はぁ……今日も何もなかったよ」


 そう言うわけで俺は、いつものように自室で飼っている猫に励ましてもらうのだった。

 猫は、こちらを一瞥し、ニャアと一つ鳴いただけだった。毎日毎晩、飼い主の情けない姿を見ているからきっと、俺のことなんて見飽きているのだろう。


「はあ……」


 俺は、帰ってきた姿のままベッドに寝転がる。

 あぁ、明日も朝から大学で講義がある。めんどくさくなる前にシャワーを浴びなくては。いやもうめんどくさいけれど。


「ん……? どうした?」


 普段は絶対にベッドの上に乗ってこない飼い猫が、寝転んだ俺を見下ろすようにして立っている。

 俺の問いかけに、猫はなにも答えない。その代わりに開けられる大きな口。猫の牙が、俺の目前に迫る。


「ちょ、ま……」


 猫の口は、ブラックホールのように大きく広がり、目の前を黒く染めていく。

 これはただならぬ事態だ。そう思って逃げようとしても、金縛りにあったように身体が動かない。ダメだ、俺はここで死ぬ。


 ──そして翌朝。目を覚ますと俺は床に寝転んでいた。もっと性格に言うならば、猫のベッドを枕にして寝ていた。何故ここに。昨夜の記憶はあるが、どうしてこうなったのかは皆目検討が付かない。そういえば、まだ風呂も入っていない。

 俺は、凝り固まった身体を解そうとして──今起きている事の惨状に気が付いた。


「にゃ!? にゃ!?!?」


 ──猫に、なっているのだ。

 信じられない。そんなこと、ある訳がない。いや、あるのか? というか、あるみたいだ。

 状況を理解した俺は、文字通り飛び上がった。流石猫の身体。身軽さが段違いだ。


「にゃ、にゃにゃ……」


 "なんだこれは"と言いたいのに、出るのは情けない声ばかり。

 俺は、ハッとしてベッドの上を見る。

 そこには、昨日帰ってきたままの姿で寝転ぶ俺の後ろ姿があった。


「にゃにゃ……」


 信じたくはないし、信じられないが──どうやら俺は、飼い猫と入れ替わってしまったらしい。

 その場で呆然としていると、スマホのアラームが鳴り響いた。布団の中の俺が、モゾモゾと動き出す。

 ……おい、猫じゃないんだからそんなだらしない格好で伸びをしないでくれ。

 そんな風に思いながら、俺が起きるのを待つ。が、いくら待っても起きる気配がない。

 いい加減痺れを切らした俺は、ベッドの上に飛び乗ってだらしない寝顔を晒している自分の顔にパンチを喰らわせる。


「……にゃー」


 ストレートパンチが効いたのか、ようやく起き上がる俺。

 ふわぁ、と大きくあくびをした俺に、俺は話しかける。


「にゃに、にゃ、にゃにゃにゃ!?」


 何が起きた!? それが通じたかは分からないが、俺は俺の毛繕いをしながらこちらをじっと見つめた。頼むからそんなこと、しないでくれ。


「にゃ!」


 ……うん、全くわからない。

 俺はこの状況を打破するため──外に出ることにした。

 しかし。中身が猫の俺は外に出すわけにはいかない。

 慣れない前足を使い、パソコンを立ち上げる。ワードを開き苦戦すること十分。

 俺はようやく、文字を打つことに成功した。


『ここから出るな!』


 ニャアニャア喚き、その文字を読ませる。俺は、それをじっと見ると満面の笑みで鳴いた。もうやめてくれ、頭が痛い。


 俺が街に出ると、通勤ラッシュらしく制服姿の学生やスーツ姿のサラリーマンで溢れていた。

 外に出てきても、特に何かが見つかるわけもなく。体感時間にして一時間ほどで途方に暮れた俺は、公園のベンチで休むことにした。


「あ! ねこだー!」


 暖かな日差しに照らされ、半分寝かけていた俺はその言葉で目を覚ます。目の前には、キラキラした視線をした男児が立っていた。

 面倒なことになっては困る、と判断し、撫でようとした小さな手を擦り抜けて草むらに逃げ込む。遠くから「にげちゃったー」という残念そうな声が聞こえた。


 ──今、何時だろう?


 俺は時計を探しながら歩く。さっきの公園にあったかもしれないが、見そびれてしまった。

 住宅街の塀の上を歩きながら時間を確認できるものを探していると、不意に、若い女の子の声が聞こえてきた。

 そしてちょうど曲がり角に差し掛かった時──その声の主たちと、鉢合う。


「あっ、猫だ」


 そう言ったのは、制服姿の学生。見慣れたその制服は、美代ちゃんの学校のもので、つまり今は十六時くらいだろうとあたりをつける。


「猫?」

「ほら、塀の上」


 俺を指さす女子高生。その後ろから現れたのは──。


「にゃっ!?」


 思わぬ人物の登場に、変な声が出る。

 そんな俺を見て、女子高生は笑った。


「美代が突然顔出すから、驚いてるよ。怖くないよーよしよし」

「な、わたしのせい!?」

「美代は撫でなくていいの?」

「別にいらない。猫好きじゃないし」


 美代ちゃんは、そう言ってそっぽを向く。そうか、美代ちゃんは猫が嫌いなのか。俺は密かに肩を落とした。


「あっ、あたし塾の時間があるんだった。美代、ごめん。ここで!」

「うん、じゃあね」


 美代ちゃんとその友達は、手を振って別れる。

 美代ちゃんと二人きり。いつもなら色々と話しかけてしまうけれど、今の姿は猫。それに、美代ちゃんは猫が嫌いらしい。

 俺は、もう家に帰ろうと思い、歩き出す。


「あっ……行っちゃう、の……?」


 歩き出した俺の背後から聞こえる、いつもよりも高く可愛らしい美代ちゃんの声。

 俺は驚いて振り返る。

 そこには、デレデレに緩ませた表情の美代ちゃんが立っていた。


「猫ちゃん、撫でさせてくれる……?」

「……にゃあ」


 思わぬ展開に、気の抜けた返事をする。美代ちゃんはそれを肯定と取ったらしく、俺の背中に手を置いた。


「か、可愛い〜!」

「にゃ」


 美代ちゃんの手つきに、思わず全身の力が抜ける。気持ちいいポイントを絶妙な力で撫でる美代ちゃんは、どうやら手練れのようだ。


「猫ちゃん、可愛いね……はあ、わたしも猫が飼えたらなあ」


 困ったような、照れたような、そんな恍惚の表情を浮かべる美代ちゃん。

 俺は、そんな彼女を下から眺めながら「うちに来てくれたら……いくらでも撫でさせてあげるのに……っ」そんなことを考えていた。


「はぁ……えっ? 肉球も触らせてくれるの……?」


 美代ちゃんはそう言いながら、俺の肉球を優しく揉む。わかる、肉球は触りたくなるよな。


「し、写真……写真も撮っていい!?」


 カメラを向けた美代ちゃんは、シャッター音を連続で鳴らす。連写機能を使っているらしい。


「幸せ……幸せすぎる……あ、電話……? もしもし、店長?」


 俺と美代ちゃんの幸せタイムは、あろうことか店長によって強制終了させられた。


「え……一人、来てない……? わかりました。予定入ってないので、これから行きます」


 美代ちゃんはそう言って立ち上がり、キリッとした表情に切り替えると言った。


「ごめんね、猫ちゃん。バイバイ」


 急遽のシフト変更でも嫌な顔ひとつしない美代ちゃんは、責任感があってやっぱり素敵だと思う。

 しかし、誰だろう。シフトをバックれる不届き者は──……。


「にゃ、にゃにゃにゃ!」


 その正体は自分だ──そう気付いた俺は、その場でがっくりと項垂れる。

 間違いない、美代ちゃんには嫌われた。

 いっそ、このまま、猫の姿でいられたら──……。


 *


「美代ちゃん、おはよう。昨日はごめん」


 翌日。

 俺の願いは叶うわけもなく。

 家に帰り眠りにつき、朝目を覚ますと、元の冴えない人間の姿に戻っていた。


「体調不良とかですか?」

「えっと、まあ、そんな感じ?」

「全く、困ります」

「ご、ごめん……」


 いつにも増して重たい空気。

 そんな空気を打破しようと、俺は口を開く。


「あー……あのさ、美代ちゃんって猫好きなんだよね?」

「は!? なんでそれを……ストーカーですか!?」

「いやっ、ちが、その、たまたま知っただけ!」

「……」


 じろり、とこちらを睨みつける美代ちゃんのそれは、まるで不審者を見つめるようだった。


「でさ、昨日のお詫びに……えっと、猫カフェでも行かない?」

「猫カフェ……」


 キリリとした美代ちゃんの表情が一瞬緩む。

 俺は、チャンスだと思い畳みかけた。


「ほら、お詫びだから、お金とか全部出すし! どう?」

「……ま、まあそこまで言うのならいいですけど」

「じゃ、じゃあ決まりね? いつにしよっか──……」


 俺は、美代ちゃんと猫カフェに行く予定を立てながら、家で寝ているであろう飼い猫に感謝の念を送る。

 そうだ、ヤツにもお礼を買っていこう。いつもは買わない、とびっきり贅沢なおやつを。

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