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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

惨憺たる世界

 朝起きて歯磨きをしていると、口を濯ぐためのコップに蚊が卵を産みつけていたので母子共々排水管の中にぶち込んでやった今日この頃、皆さんはいかがお過ごしですか?

 猛暑の中、蚊の不法侵入が予測される場所での液体の放置はお控えください。でないと俺みたいになりますよ?


 by片割れA

 ここは内戦後の日本。政府の悪行が公になり、全てが狂った後の世界。人間の住んでいた場所全てが廃墟と化し、各地で緑が生い茂っている。まるで、日本の土地が緑あふれる元の姿に戻ろうとしているかのように。

 おれ、風太はそこで生きる十七歳の男だ。本当なら、今頃有意義な学生ライフを送っていたはずだった。着ていた服はボロ布になったし、片手には反政府軍時代のナイフが握られている。ライフルも持っていたが、弾がなくなったので捨てた。終戦後、不運にもおれが取り残されたのは政府側の人間が住む土地。良いように扱われないのは当然だった。


 廃墟を歩けば罵倒が飛び、一日に一度の配給をもらえば石が飛ぶ。生きている心地がしなかった。なぜそんな所から離れないのかと訊かれると、監視も兼ねてるからとしか言いようがない。


 そんなある日、おれは同い年くらいの政府側の人間達に半ば強制的に連れられてとある廃墟にやって来た。森の中にある大きな研究所。設備はボロボロに風化し、草木が生え放題となっていた。


「ここはな、誰もいないはずなのに、女の泣く声がするって噂だぜ」


 いじめっ子集団のリーダーが説明する。おれはこいつの事を落書き野郎と呼んでいた。街が今のような状況になってから、どこからかペンキを取り出してそこら中に落書きをして回るからだ。そのせいか、奴の手にはいつも乾いていないペンキが付いている。


「マジかよそれ」


「ヤベェのが出てきたらどうするんだよ」


 奴の仲間からは賛否両論あった。落書き野郎が、まあ待て待てと場を静める。


「そんな時のために()()()()()を連れて来たんだよ。な、()()()()


 呼び名に皮肉が込もっているのは明らかだった。あえて何も反応しないでおく。


「アッハッハ、こいつビビって声も出ねえらしいぜ」


「そんなので救世主が務まるのかよ。え?反政府軍様よぉ」


「ちげえねえ」


 一人の嘲笑を筆頭に、次々と笑い声が上がった。早くこいつらから離れたい。そう思いつつなんとかこの場を耐え凌ぐ。


「-----ほら、さっさと行くぞ」


 色塗り野郎の声掛けに反応し、研究所の方へ歩かされた。地面に倒れた『関係者以外立入禁止』の看板がある金網のフェンスを踏み越えて、入り口に立つ。電力を失って動かなくなった鉄の自動ドアをバールで無理矢理こじ開けて中に入った。薄暗いロビーが視界に映る。壁も床も真っ白で少し狭めの空間。奥へ続く廊下の先は、暗闇で何も見えなかった。


「ライトを貸してくれ」


 落書き野郎が仲間に言う。一人がすかさずライトを渡した。ライトの明かりを頼りにどんどん奥へと突き進んで行く。


 暗闇の中だ、こっそり逃げれば気付かれない。そう思ったが、奴らが何かにビビって逃げ惑う姿を思い浮かべると、直に見てみたいと思う自分がいた。自分をいじめていた奴らが恥をかく姿を面白く思うのは必然的だろう。ここはしばらく様子を窺う事にする。


 しばらく歩き続け、研究所の荒廃した姿を目の当たりにしていると、ふと妙な音が聞こえた。


「…何か聞こえなかったか?」先導していた落書き野郎が足を止め、聞き耳を立てる。彼も気づいたようだ。


「何が?」


「まさか、女の泣く声じゃないよな…?」


「は?バカ言うんじゃねえよ」


 仲間同士で脅し合い、ギャアギャアと騒いでいるが、これじゃあ物足りない気がする。もう少し待つべきか。って言うかさっきまでの威勢はどうした?


 刹那、前方から小石が蹴飛ばされる音がした。全員の背筋が凍りつく。ここにはおれ達意外誰もいないはずだから、そんな音なんてわけがない。目には見えないが、全員の耳に届くほど近くで女のすすり泣く声がする。


「ウ、ウソだろ……本当にいたのかよ!」


「こっちに近づいて来てる!」


「に、逃げよう!」


 手に持っていたものをおれに押し付け、さもおれが全ての元凶ですとでも言わんばかりに色塗り野郎とその一味は去って行った。対しておれは冷静そのもの。これでも少し前までは戦場という名の死の瀬戸際に立っていたのだ。これくらいで臆したりはしない。じっと身構える。

 足音さえも鮮明に聞こえるようになった何かに、ライトの光を当てた。そこで思わず目を疑う。目の前に立っていたのは、白い患者衣を身につけた十五歳ほどの少女だった。しかし、彼女は普通ではなく、肌がピンク色で、髪は表面が凸凹とした大きなヒトデの手足のようなっていた。しかもそれは本物のようにウネウネと蠢いている。


 少女は両手で目元を押さえ、泣きながら歩いていた。


「……大丈夫、ですか?」


 絞り出したような声で尋ねる。少女が驚いたように顔を上げた。目が充血し、涙を流している。それを悲劇のヒロインと印象付けるかのような整った可愛らしい顔立ちをしていた。


 おれを見た少女は表情を緩め、安堵の息を漏らす。が、別の場所へ視線を移すと同時に固まった。つられて同じ場所に視線を向けると、おれの手に握られたナイフがそこにあった。


「……いや…っ!」少女は怯えた表情で一歩後ずさる。


「あ、違う違う!」おれはナイフを後ろへ放った。金属がぶつかる甲高い音が響く。「おれは何もしないから、絶対っ…!」両手を広げて何もない事を示した。


 少女は少しの間訝しんだが、やがて言葉を溢す。


「ほん、とう…?」


「うん、本当だ。約束する」


 真剣な眼差しで、彼女に訴えた。


「やくそく…?」少女は一度小首を傾げたが、意味を理解したのか、「やくそく!やくそく!」とジャンプしながら喜んだ。

 ----なんだろうな、背丈は俺の二つ年下くらいなのに、園児と言うか、それくらい幼い子を相手にしてるような気分だ。


 その時、ジャンプの着地に失敗したのか、少女は突然床に崩れ落ちた。


「大丈夫⁉︎」


 おれはすぐに駆け寄る。ピンク色の顔は青ざめ、酷く衰弱しているようだった。あの一瞬で何が起きたんだ?思考を巡らせるが、検討もつかない。ただ少女に声を掛け続ける事しかできなかった。


「……み…ず…」


「水?」


 少女の口から漏れた言葉を反芻するように確認する。水が欲しいのか?


「あっ…ち……」


 彼女は自分が歩いて来た方角を指さした。真っ暗な廊下が続いている。


「わかった、今連れてくからな!」


 おれは衰弱した少女を負ぶるために手に持っていたライトを口に咥えた。正面の明かりを確保し、少女を負ぶる。四肢は力なく垂れ下がったが、頭の触手だけは落ちまいと巻きついた。二の腕と額に人肌じゃない何かが触れる。慣れない感覚に思わず悲鳴を上げそうになったが堪えた。今はそんな事をしてる暇はないんだ。ライトを落とさないよう顎の力を強め、少女が示した方向へ走り出した。


 研究所の廊下を道なりに駆ける。開いたままの自動ドアを潜ると、円柱状の広い研究室に出た。ドーム状の天井は崩れ、光が差し込んでいる。曲線の壁に沿って観測機器や液晶モニターが存在し、中央には部屋の大半を占める巨大な水槽があった。高さ四メートル程の強化ガラスを挟んでゆらゆらと揺れる無色の液体が見える。僅かに潮の香りが感じられるので中の液体は海水か。底にはサンゴ礁の海底が再現されていた。形だけで言うとまるでイルカショーの水槽だ。


「…み…ず……」


 再び少女が水を求める声を漏らした。しかも今度は水槽に向かって手を伸ばしている。


「ここで、良いのか?」


 横目で反応を確認すると、少女はコクリと頷いた。


「はいり……たい…」


 入りたい、飲みたいんじゃないのか?もしかして、少女の異様な身体と何か関係してるのか…?

 思い当たる節がないとも言い切れないおれは、渋々彼女を水槽の中に入れた。海水が音を立て、波紋を作る。


 少女の身体は沈み切る事なく水中で止まり、四肢と触手は波に揺れていた。表情を窺うと、顔色が戻っており、眠っているかのように瞳を閉じている。大丈夫そう、なのか…?


 しばらくその状態を見守っていると、不意に少女が目を開けた。眠りから覚めたように大きく伸びをする。


「良かったあ…」


 安心した拍子に思わず胸を撫で下ろした。そのおれに気付いた少女がガラスに近寄ってニコッと笑顔を作る。おれは微笑を浮かべて小さく手を振り返した。愛らしく、守ってやりたくなる奴だな。


 そのあとは自己紹介も含め、他愛もない話をした。おれは風太と先に名乗って、少女はミアと名乗る。正しくは『美しい』に『亜』と書いてミアと読むらしいが、彼女は読み書きがそこまでできないのだと言う。なんでも、物心ついた頃からこの水槽の中にいて、白い服(白衣)の人達に検査(実験)をされていたのだとか。

 おれは表には出さず、絶句していた。彼女が語ったのは、おれ達反政府軍が破壊目標の一つとしていた生物兵器の研究所の事と酷似しているものだったから。薄々勘づいてはいたが、本当にここが生物兵器を作っていた場所だとは思わなかった。


「だいじょうぶ?」


 と、呆然としていたおれをミアは心配する。


「ああ、うん、大丈夫……心配してくれてありがとう」


 口をついて出たウソで誤魔化した。心配させたくない相手には癖でこう言う反応をしてしまう。同じ部隊にいた奴には、それが悪い癖だと何度も言われた。


「良かった♪」


 彼女は満面の笑みを浮かべる。その姿を見て、隠し切れない程の罪悪感に襲われた。



 あれからおれは、毎日欠かさずミアの元に出向いた。

 読み書きを学ばせるために、道中で拾った本を使って練習した。外でも動く事はできるけど、しばらくすると苦しくなるらしい。なので殆どはガラス越しのやり取りだ。

 昼には配給のパンを分けて食べた。昼寝もした。雑談も。一緒にお絵かきをしていると、下手ではあったが、おれを描いた絵をプレゼントしてくれた。いつの間にか彼女は、おれにとって妹のような存在となっていた。


 今日も彼女の下へ行こうと配給のパンが入ったポリ袋を片手に廃墟の中を歩く。


「おい」


 突然、後ろから声をかけられた。相手はわかっている。落書き野郎だ。立ち止まるが、振り向きはしない。


「お前、最近楽しそうじゃねえか」


 おれは無言を返す。


「俺達にも教えろよ」


 どうやらいつもの全員で来たらしい。取り囲まれると面倒だ。おれは徐に建ち並ぶ廃ビルの方へと走り出す。


「あ、おい!待て!」


 怒号と共に複数の足音が追って来る。


 奴らをまくには丁度いい場所を知っていた。内戦が始まってからずっと、政府側の兵隊から逃げ回るのに使っていた逃げ道を。



 大きな業務用ゴミ箱の裏に隠れ、肩で息をする。近くでは奴らの足音が響いていた。


「クッソ、見失った…!」


「どこに隠れたんだ?」


「仕方ない、今日は諦めよう。どうせ明日の配給時には出てくる」


「そうだな」


「たく、無駄な体力使わせやがって」


 最後に愚痴を残しつつ奴らは去って行く。おれは人知れず安堵の息を漏らした。一難去ったが、話を聞いた限りでは明日からも同じ事を繰り返す羽目になるだろう。配給なしじゃ生きられない世界だ。仕方ない事ではあるが、何としてでも避けたい事でもあるな。


 おれは隠れるのをやめ、研究所が潜む森の方角へと足を向けた。



 案の定、翌日からいじめっ子集団による絡みが始まった。公園で配給をもらうたびに捕まり、事情聴取のように問い詰められる。もちろん、おれは話す事なんて持ち合わせてないので、入り組んだビル街の路地を使って追手から逃げ切る。その繰り返しだった。


 そんなある日、事件は起こった。

 おれがいつものように奴らを振り切って森に忍び込む。尾行されないよう、森の中を走って研究所に入った。薄暗い廊下を慣れた足取りで進み、ミアといつも会っている場所に着く。

 しかし彼女はいなかった。思考が停止する。心臓の鼓動が速くなるのがわかった。ミアは水槽の中で、ゆらゆらと揺れているいるはずだった。


「ミア!」


 彼女の名前を叫んで辺りを探す。ワークデスクの下、室内の給水タンク。彼女がいそうな場所を探してもいなかった。


「ミア……っ⁉︎」


 彼女は思いの外早く見つかった。-------見つかったのだ。


 無残な死体となって。


 入り口とは反対側の水槽の外でうつ伏せになり、背中を赤く染めて血を流している。


 -------ウソだ…


 頭を振った。目尻から熱い何かがこみ上げて来る。


「ミアっ!」


 配給のポリ袋を投げ捨てて、すぐに彼女の下へ駆け寄った。上を向かせて肩を抱く。触手も四肢も、全く動かない。


「ミア、ミア!」


 ただひたすらに彼女の名を叫んだ。だが、返事はない。


「…ウソだ、返事をしろよ!」


 薄々察していた。生死を確認する事もできた。だけど、受け入れたくなかった。おれにとってミアは、大きな存在となっていたから。受け入れてしまったら、何かを失ってしまう。そんな気がした。

 こぼれそうになる何かを必死で堰き止める。


「…ん」


 意想外な事に、ミアがゆっくりと目を覚ました。


「ミア…!」


 驚きの混じった声が出る。


「フウ…タ……?」


 かすれた弱々しい声と共に、優しい瞳を向けるミア。


「おれはここだ……一体どうしてこんな事に-----」


 なったんだ。その言葉を遮って、彼女は告げた。


「だいすき…」


 いつもの無邪気な声色だった。


 ミアはそのまま目を閉じ、安らかな眠りにつく。


「------ウソだ…ウソだ!」


 また、彼女の名前を呼び始めた。意味がないとわかっていても。その悲痛な嘆きは嗚咽へと変わり、二人が共に過ごした思い出の場所を木霊し続けた。



 気が付くと、眠っていた。知らぬ間に泣き疲れて寝ていたようだ。差し込んでいた光はオレンジ味が掛かっている。


 ふと横に目をやると、赤い患者衣を身につけたミアの身体があった。川の字に並んで寝ていたような構図になっている。茫然と、それを見つめた。

 散々別れを惜しんで、散々泣きじゃくったせいか、特に感じるものはなかった。強いて言うなら、心にポッカリと空いた穴を感じるくらいか。


 身体を起こし、改めて室内を見渡した。

 白を基調として床や曲線を描く壁、その壁に沿って設置された様々な計測機器。中央にはイルカのショーでもできそうな、暖かいサンゴ礁の海をイメージした大きな水槽。どれもが昨日までの記憶を懐かしく感じさせた。


 不意に、あるものが視界に入る。身体の全ての動きが時間でも止まったかのように停止した。同時にはち切れんばかりの怒りが込み上げまで来る。



 だってそれは----



 ------それは…



 刃が赤く染まり、持ち手に黄色の()()()が付いたおれのナイフだったから…

 正直言ってその後のコップで口濯ぐのはすっごい嫌だったわあ…


あ、前書きの話な?


 あと、週に一つは必ず投稿するつもりではいるのでそこんとこよろしく

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