妹と人生を入れ替えました
それから傷が治るまでの間、わたしは憂炎の宮殿で療養することになった。
本当ならば自宅で療養するべきなんだろうけど、それだと憂炎が会いに来れない。わたしの提案は敢え無く却下された。
当然、両親は恐縮しきりだった。華凛は妃でもなければ、女官ですらない。
けれど、『次期皇帝の命を守ったのだから』という憂炎自らの説得と、こちらの方が手厚い治療が受けられるという理由で、最終的には納得してくれた。
「――――後宮に通わなくて良いのか? 華凛が待ってるぞ?」
仕事もそこそこに、わたしの様子を見にやって来た憂炎にそう問えば、グリグリと思い切り鼻を摘ままれる。
「そんなの、おまえの気を惹くためのフェイクに決まってるだろ、バカ」
憂炎は唇を尖らせ、わたしを真っ直ぐに睨む。頬がほんのりと紅く染まっていた。
(そっか、フェイクなのか)
憂炎も男だ。少しぐらいは気持ちとか身体とか、色々揺れたんじゃないかなぁって思っていたけど、どうやら思い過ごしだったらしい。
憂炎はわたしのことを撫でながら、触れるだけの口付けをする。
それだけで、これまでちっとも分からなかった憂炎の気持ちが伝わってくるみたいだった。人っていうのは、変われば変わるもんだなぁなんて思う。
「……早く元気になってくれ」
「うん」
憂炎が、わたしが後宮に戻る日を、今か今かと待っている。それが恥ずかしくて、だけど、とても嬉しかった。
犯人はやっぱり、皇后一派だった。
あの後、すぐに実行犯を捕えた白龍が、口を割らせたのだ。
けれど、皇后が頑なに自分の関与を認めないため、彼女を罪に問うことは難しいらしい。
とはいえ、帝も思う所があったらしく、皇后の処遇は帝預かりとなっている。後宮から離宮へと移され、他人と関わることを一切禁じられているらしい。
譲位が済めば、後宮の内部は一掃される。彼女の手の者もやがて居なくなるだろう。
そうして傷口が塞がったある日、わたしは後宮を訪れた。
「姉さまが無事で、本当に良かった」
顔を見るなり、華凛は涙を流して喜んでくれた。後宮内に事件の詳細を知る者はいないし、きっと不安だったのだろう。わたしは華凛をそっと抱き締めた。
「ごめん。華凛には色々と苦労を掛けたね」
思えば華凛は、わたしたちに振り回された一番の被害者だ。人生の大事な時期を、わたしの我儘で台無しにしてしまったのではないか――――そう尋ねたら、華凛はキョトンと目を丸くして、それから花のように笑った。
「いいえ、わたくしはとても楽しかったです。姉さまのおかげで、本来ならば経験できなかった後宮生活を堪能できましたし、白龍とも出会えましたし」
「白龍?」
何故ここで白龍が出てくるのだろう。
そう思っていたら、華凛はクスクスと楽し気に笑った。
「わたくし、白龍のあの宝石みたいな瞳が好きなのです。あの顔、鍛え上げた肉体も、素敵ですもの。絶対、絶対手に入れて見せますわ」
(へぇーー、あの華凛がねぇ)
それはあまりにも意外なことだった。
華凛は立っているだけで男達を惹きつけるタイプだ。白龍のように、自分に靡かない男は珍しいのかもしれない。
(案外合うかもしれないな、あの二人)
白龍と華凛が二人でいるところを見たことは無い。けれど、二人の相性は悪くないように思う。感情の起伏が少ない白龍を華凛が上手く支えて、仲の良い夫婦になれるんじゃないだろうか。そう思うと、なんだか胸が温かくなる。
「華凛……改めて、今までありがとうね」
「ええ。憂炎の気持ちが届いて良かったです」
互いを抱き締め合いながら、感傷に浸る。この数か月間の記憶が胸を過り、目頭がグッと熱くなった。
「ふふっ……実は、憂炎が余りにも気の毒で、わたくし彼を誘惑してみたのです。けれど、憂炎は頑なでした。姉さまじゃなきゃ嫌だって…………一度も頷いてはくださいませんでしたの。姉さま、愛されてますね」
「華凛……」
自己申告してくるあたりが華凛らしい。まぁ、華凛ならやるだろうなぁとは思っていたけど。
(そっか……憂炎の奴)
意志に反し、頬が紅く染まっていく。心臓がドキドキして、身体が熱くて堪らなかった。
「さぁ、姉さま。憂炎がお待ちかねですわ」
「…………うん」
華凛がわたしの背中をそっと押す。
妃として、初めて憂炎を迎え入れる。
こうしてわたしたちは、互いの人生を元に戻したのだった。
めでたし、めでたし――――。
「――――で? どうしておまえがここにいるんだ」
「……え?」
ここは憂炎の執務室。
わたしは妃の重い装束を脱ぎ、身軽で上品な華凛の服に身を包んでいる。
「――――――まさか、秒でバレるなんて」
「だから! 分かるって言っただろう!」
憂炎は声を荒げ、呆れた表情でわたしを見ている。
「今回の入れ替わりはわたしの発案じゃないのに。そんなに怒らなくたって良いじゃないか」
「……? おまえから言い出したんじゃないのか?」
「うん。華凛が白龍の気を惹きたいんだって。散々協力してもらったんだから、わたしも協力しないと」
そっと耳打ちすれば、白龍の眉がピクリと上がったのが分かる。白龍がわたしたちを見分けられるのか、それはわたしにはイマイチ分からない。
華凛からはただ、三日間入れ替わってくれれば良いと、そう言われている。
憂炎は唇を尖らせつつ、一応は納得してくれたらしい。
わたしのことをまじまじと見つめつつ、頬をほんのり紅く染めている。
「ほら? 何だかんだ言って、憂炎だって日中わたしと一緒にいられて嬉しいんだろ?」
「――――――当たり前だろう?」
嬉しくて、ついつい笑みが零れる。憂炎は恥ずかしそうに頬を赤らめつつ、わたしのことをまじまじと見つめた。
憂炎の妃に戻って分かったこと。それは、憂炎がありのままのわたしを、心底愛してくれているってことだった。気持ちを疑う暇なんてありゃしない。寧ろ嫌になるぐらい、心と身体に刻み込まれている。
「ねぇ、仕事が終わったらさ、久しぶりに街歩きに行ってみない? この辺の露店って全然回ったことないし、昔みたいに食べ歩きとかしたい! ……ダメ?」
それは、もしも憂炎と私が皇太子と妃じゃなくて、普通の夫婦だったら……って想像した時に、やってみたいことだった。
二人して昔みたいに気楽なお忍びファッションに身を包んで、仲良く手を繋いで歩けたら楽しいだろうなぁって。
だって、折角華凛と入れ替わるんだもん。後宮にいたらできないことを思いっきりやりたい。憂炎と二人で。
「それは良いけど…………ちゃんと戻ってくるんだろうな?」
憂炎はわたしの手を握り、困ったように笑う。
(手を放す気なんかない癖に)
あくまでもわたしの意志を問う憂炎に、胸がキュンと疼く。
憂炎を『可愛い』なんて思う日が来るとは、本当に人生は何が起こるかよく分からない。
「当たり前だろう? わたしはおまえの妃なんだから」
そう言ってわたし達は顔を見合わせて笑う。
物凄く遠回りをしたけれど、これがわたしの選んだ人生。
時に自由が恋しくなって、息抜きしたくなる時もあるかもしれない。だけど、それは全部憂炎の隣で。
二人で寄り添いながら、自分らしく生きていけたらきっと、めちゃくちゃ幸せだ。
温かくて優しい憂炎の口付けを受け入れながら、わたしは満面の笑みを浮かべたのだった。
このお話はこれにて完結となります。
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改めまして、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




